奈良・興福寺の「国宝」にはどんなものがある?一覧形式でわかりやすくご紹介

近鉄奈良駅から近い場所にあり、「五重塔」や「中金堂」をはじめとするみどころで有名な世界遺産「興福寺」。

興福寺は境内の各仏堂に留まらず、有名な「阿修羅像」をはじめ日本最大級の「国宝の宝庫」としても知られており、東大寺よりもかなり小さな境内でありながら、所蔵する国宝などの文化財は東大寺・春日大社などを上回る件数となっています。

本ページでは、興福寺が所蔵する「国宝」及び本尊など一部の重要文化財について、拝観可能(一部期間限定を含む)なものをなるべくわかりやすく「一覧形式」でご紹介していきます。

興福寺の「国宝」概要

興福寺は、東大寺や薬師寺・唐招提寺などと比べ境内地は決して大きいとは言えませんが、多数の国宝を所蔵しています。

拝観可能な国宝は境内の国宝館・東金堂・中金堂・北円堂・南円堂にそれぞれ所蔵・安置されていますが、半数を超える国宝を仏像・文化財を展示するために設けられた「国宝館」でご覧頂けるようになっています。

また、建造物としては東金堂五重塔北円堂三重塔が国宝に、南円堂大湯屋は重要文化財に指定されています。

なお、国宝銅造梵鐘などを所蔵する「仮講堂」については基本的に公開はされていません。

「国宝館」所蔵の国宝

文化財年代特徴
乾漆八部衆立像
・阿修羅(あしゅら)像
・五部浄(ごぶじょう)像
・沙羯羅(さから)像
・鳩槃荼(くばんだ・くはんだ)像
・乾闥婆(けんだつば)像
・迦楼羅(かるら)像
・緊那羅(きんなら)像
・畢婆迦羅(ひばから)像
全て奈良時代・旧西金堂に祀られていた仏像
・阿修羅像で特に有名
・阿修羅像の「表情」は仏教美術の極致とも言われる
・五部浄像は破損し、現在は頭部周辺のみ残される
・像高は五部浄像を除き高さ1.5m程度
乾漆十大弟子立像
・富楼那(ふるな)像
・迦旃延(かせんえん)像
・羅睺羅(らごら)像
・舎利弗(しゃりほつ)像
・目犍連(もくけんれん)像
・須菩提(すぼだい)像
全て奈良時代・旧西金堂に祀られていた仏像
・6躰のみ興福寺に現存、残り4躰は近代になってから流出
・それぞれが個性豊かな顔立ちとして表現
・像高は1.4~1.5m程度
木造金剛力士立像鎌倉時代・旧西金堂に祀られていた仏像
・像高は1.5m程度と「阿吽」の金剛力士像としては小さめ
木造天燈鬼・龍燈鬼立像鎌倉時代・旧西金堂に祀られていた仏像
・燈籠を頭上や手の上に乗せたユニークな像
・龍燈鬼については1215年(建保3年)仏師康弁作
・像高は80cm程度
木造千手観音菩薩立像鎌倉時代・1229年(寛喜元年)頃・旧食堂のご本尊
・像高5mを超える興福寺最大規模の仏像
・像内から多数の納入品が発見されたことで有名
板彫十二神将立像平安時代・東金堂本尊、薬師如来像の周囲に貼りつけられていたものと推定
・ヒノキの板に浮き彫りされる形式
・どこかコミカルな雰囲気を感じさせる表現も魅力
銅造仏頭飛鳥時代・685年(天武14年)・旧山田寺講堂(飛鳥)ご本尊の頭部
・興福寺に持ち込まれ東金堂本尊薬師如来像として安置
・1187年(文治元年)に被災し頭部のみ残されるも、昭和期まで発見されず
・ふくよかで豊かな表情を見せる白鳳美術の代表作とも
中金堂鎮檀具
・銀製鍍金唐花文脚杯(ぎんせいときんからはなもんきゃくはい)
・銀製鍍金唐花文鋺(ぎんせいときんからはなもんわん)
・銀椀
・水晶念珠玉
奈良時代・奈良時代の初代中金堂建立時に埋納されたもの
・一部は東京国立博物館に所蔵
・種類の多さと豪華絢爛さが特徴
銅造華原馨奈良時代・唐代中国から持ち込まれた工芸品
・旧西金堂に飾られていたと推定
銅造燈籠平安時代・816年(弘仁7年)・創建当初の初代南円堂に由来する唯一の文化財
・高さ約2.4m
・東大寺金銅八角燈籠に次ぐ古い灯籠
燈籠火袋羽目平安時代・弘法大師の撰、橘逸勢の筆ともされる銘文が記される

国宝館は、興福寺が所蔵する国宝の半数以上が収蔵されており、興福寺を象徴する「阿修羅像」もこちらでご覧頂けます。

阿修羅像の他には飛鳥時代の白鳳美術の典型とも言われる「銅像仏頭」やスケールの大きな木造千手観音菩薩立像も有名であり、国宝館はその他の仏像も含めまさに「国宝の宝庫」となっています。

「東金堂」所蔵の国宝

文化財年代特徴
木造文殊菩薩坐像鎌倉時代・仏師定慶の作と推定
・繊細な意匠を用いつつ、どっしりと若々しい表現
・像高94cm
木造維摩居士坐像鎌倉時代・1196年(建久7年)・仏師定慶の作と推定
・法会「維摩会」の本尊として造立
・老齢の維摩居士の姿を緻密に表現
・像高88.1cm
木造四天王立像平安時代前期・須弥壇の隅に安置
・一部で彩色が残される
・当初安置されていた仏堂は不明
・像高約1.5~1.6m程度
木造十二神将立像鎌倉時代前期・慶派の仏師複数人が手掛けたものと推定
・像高1.1~1.3m程度
※重要文化財
銅造薬師如来坐像
室町時代・東金堂本尊(重文)
・像高255cm
・現在の本尊は3代目
※重要文化財
銅造日光・月光菩薩立像
飛鳥時代・本尊薬師如来の脇侍
・飛鳥山田寺から持ち込まれた貴重な白鳳美術
・銅造仏頭の薬師如来よりは後の造立と推定
・像高は約3m程度

東金堂にも多数の国宝仏像が安置されています。東金堂には奈良時代の仏像はありませんが、鎌倉時代や平安時代のものなど、繊細な表現を感じさせる仏教美術をご覧頂けるようになっています。

なお、本尊とその脇侍である薬師如来、日光・月光菩薩立像に関しては、国宝ではなく重要文化財指定となっています。

本尊は3代目にあたり、初代の本尊は平安末期に失われ、その後2代目は飛鳥山田寺から持ち込まれた薬師如来を本尊としていましたがそちらも失われ、現在は「銅造仏頭」のみが残されています。

「中金堂」所蔵の国宝

文化財年代特徴
木造四天王立像鎌倉時代・2017年までは南円堂に安置
・造立当初安置されていた場所は不明
・力強さの一方、一部で復古的表現も見られる
・像高約2m程度
※重要文化財
木造薬王・薬上菩薩立像
鎌倉時代・1202年(建仁2年)・旧西金堂本尊の脇侍
・像高約3.6mと大き目の仏像
※重要文化財
厨子入り木造吉祥天倚像
室町時代・1340年(暦応3年)頃・吉祥会の本尊
・極彩色の彩色が現在もしっかり残される
・像高64.3cm、厨子高約102.0cm
※重要文化財
木造大黒天立像
鎌倉時代・荒削りな仕上げ
・福の神ではなく、かつての「守護神」としての佇まいを表現
・像高93.8cm
木造釈迦如来坐像江戸時代・1811年(文化8年)・仏師赤尾右京の作
・像高283.9cm

2018年に落慶し、拝観が開始されている中金堂

こちらは国宝館や東金堂と比べると仏像の数は少なく、本尊の釈迦如来坐像は国宝・重要文化財には指定されていませんが、国宝としては南円堂から移された四天王立像がある他、重要文化財の仏像も複数も安置されています。

「北円堂」所蔵の国宝

文化財年代特徴
木造弥勒如来坐像鎌倉時代・1212年(建暦2年)頃・運慶一門の作
・造像当初の美しさをよく残す
・像高141.9cm
木造無著・世親立像鎌倉時代・1212年(建暦2年)頃・法相宗の祖ともされる北インドの僧侶・兄弟「無著・世親」の像
・日本における仏教美術の頂点ともされる圧巻の表現
・像高約1.9m
木心乾漆造四天王像平安時代・791年(延暦10年)・大安寺四天王像として造立されたものを後に興福寺に移転
・頭部、胴体よりも下半身に比重を置いた表現が特徴
・像高約1.3~1.4m

春・秋の期間限定で特別公開される北円堂は、国宝4躰を安置しており、日本の仏教美術を語る際にその最高傑作と言われることも多い木造無著・世親立像などをご覧頂くことが可能です。

「南円堂」所蔵の国宝

文化財年代特徴
木造不空羂索観音菩薩坐像鎌倉時代・1189年(文治5年)頃・運慶の父である康慶一門の作
・奈良時代の初代像の意匠を受け継ぐ
・像高336cm
木造四天王立像鎌倉時代・1189年(文治5年)頃・運慶の父である康慶一門の作
・中金堂に移転した国宝四天王像に代わり仮講堂から移転
・中金堂の像と異なり、全身の均整を重視した表現
・像高約2m
木造法相六祖坐像鎌倉時代・1189年(文治5年)頃・運慶の父である康慶一門の作
・法相宗の祖にあたる6人の僧侶の像
・寺伝としては善珠、玄賓、行賀、常騰、玄昉、神叡の像とされる

南円堂は、原則として毎年10月17日のみ特別公開(2019年は北円堂とともに25日間公開)され、仏像をご覧頂ける機会が少ない空間となっています。

安置されている仏像としてはいずれも康慶一門が同時期に造立した国宝像が安置されており、美麗な鎌倉時代の仏教美術をご覧頂けるようになっています。

まとめ

興福寺は境内地の規模に比して文化財が多く、国宝指定を受ける仏像の数は東大寺を大きく上回ります。

通年拝観可能な国宝仏像は国宝館・東金堂・中金堂に、一部期間のみ拝観可能な国宝仏像は北円堂・南円堂に安置されています。なお、銅造梵鐘などを所蔵する仮講堂は基本的に公開されていません。

とりわけ有名な国宝としては国宝館の「阿修羅像(乾漆八部衆立像)」や「銅造仏頭」、北円堂の「木造無著・世親立像」等があります。

建造物としては東金堂・五重塔・北円堂・三重塔が国宝に、大湯屋と南円堂は重要文化財に指定されています。