観光で全国的な知名度を誇る奈良県ですが、「奈良県民」という観点からその社会・生活のあり方を見て行った場合、一般的な地方部とは異なり奈良県は「県外就業率」が非常に高く、必ずしもローカルな・土着のライフスタイルが色濃い地域ではない。という大きな特徴が見えて来ます。
こちらでは、そのような奈良県の特性について、各種データなども参考にしながら歴史・現状などを見て行きたい思います。
「奈良府民」とは
奈良県の社会構造が議論になる際に、時として揶揄的に用いられるキーワードとして「奈良府民」という単語があります。
すなわち、一般的に首都圏で言われる「埼玉都民・神奈川都民・千葉都民」といった用語と意味内容はほぼ同じであり、平日のみならず休日のお出かけ先や買い物拠点も大阪都心であったりするなど、ライフスタイルの面でも大阪の影響力が強く、政治的にもローカルな関心がやや希薄な無党派層が多く流動性が高い。概ねこういった解釈をされることが多い状況です。
データから見る県外就業率
奈良県の県外就業率について、具体的なデータを見て行くとどういった状況が見えて来るのでしょうか。
全国的には、奈良県のこの数字はトップである埼玉県とほぼ同率で全国2位となっており、極端に高い数字と言って差し支えありません。
なお、このデータはあくまでも「全県」でのデータですから、地域によっては一層高い数字となっている所も多数あります。
奈良県内の各自治体ごとの県外就業率については、以下の通りとなります。
自治体名 | 県外就業率 |
---|---|
生駒市 | 53.7 % |
王寺町 | 44.3 % |
三郷町 | 43.1 % |
香芝市 | 41.5 % |
平群町 | 38.3 % |
上牧町 | 35.7 % |
河合町 | 35.0 % |
斑鳩町 | 34.8 % |
奈良市 | 34.0 % |
自治体名 | 県外就業率 |
---|---|
安堵町 | 28.6 % |
広陵町 | 27.9 % |
山添村 | 27.7 % |
大和高田市 | 25.1 % |
大和郡山市 | 24.0 % |
葛城市 | 23.4 % |
橿原市 | 19.9 % |
御杖村 | 19.5 % |
曽爾村 | 19.0 % |
宇陀市 | 16.8 % |
川西町 | 16.4 % |
田原本町 | 16.2 % |
三宅町 | 15.7 % |
桜井市 | 15.4 % |
御所市 | 15.1 % |
明日香村 | 13.7 % |
五條市 | 13.4 % |
高取町 | 12.8 % |
天理市 | 10.2 % |
自治体名 | 県外就業率 |
---|---|
大淀町 | 8.4 % |
下北山村 | 6.2 % |
下市町 | 6.1 % |
吉野町 | 4.8 % |
東吉野村 | 3.6 % |
野迫川村 | 3.0 % |
黒滝村 | 2.9 % |
川上村 | 2.5 % |
上北山村 | 2.0 % |
十津川村 | 1.4 % |
天川村 | 0.9 % |
最も高い生駒市では5割を越え、これは全国の市町村でも最も高い水準となっているほか、奈良市も含め、就業者の3人に1人は県外へ通勤しておられる自治体が複数見られます。これらは大阪に近い地域、また近鉄線・JR線の利便性が高い地域となっており、公共交通機関の利用というものが重要な役割を果たしています。
県内では10%を切る自治体は大峰山地一帯の自然環境の厳しい山村、また吉野川沿いといった他県からの距離がある地域に限られています。
奈良盆地一帯では全自治体が1割以上となっており、必ずしも都市化が進み切ってはいないエリア・ローカル色が一見強そうなエリアも含め、実際には一定数の県外就業者がお住まいであることがほとんどです。
なぜ奈良は県外就業率が高いのか
他県が近い
当然ながら、県外就業率が高いということは、他県への移動が容易ということでもあります。
奈良県民の大半が住んでいる奈良盆地は、奈良県全体から見ると1割にも満たない広さであり、その区域としては大阪府に非常に近接した場所に位置します。
主要なベッドタウン地域は大阪都心部からの距離は20キロ前後といったところで、やや離れた場所でも30キロ程度と、それほど遠くはありません。首都圏で例えれば、さいたま市・越谷市と東京都心、松戸市・柏市と東京都心、横浜市青葉区と東京都心、京阪神で言えば川西市・猪名川町と大阪都心、泉北ニュータウンと大阪都心といったような距離感が「大阪~奈良」にもあてはまります。
もちろん、近年は都心回帰などで尼崎・西宮・吹田市といった都心周辺地域の人気が高まっていますが、昭和から平成にかけて勢いよく開発された時代には、ちょうどよい距離間の「郊外」として大きな人気を集めた訳なのです。
また、山間部の大和高原エリアは三重県方面へ、南和地域の一部は和歌山県方面へすぐにアクセス可能なことから、険しい山間部を除いては都市部以外でも「他県」との関係性が強く、これは全国的に見ても比較的珍しい傾向となっています。
近鉄王国としての歴史
他県に近いというメリットは、昭和以降に急速な「ベッドタウン」開発を促しました。
ベッドタウンから通勤するには交通手段が必要ですが、奈良県の場合「田舎」と言われがちでありながら戦前期より近鉄電車(近畿日本鉄道・かつては大阪電気軌道・関西急行鉄道)の路線網が張り巡らされてきました。
既にあった路線網を活かし、一層利用者を増やすためには住宅開発が進むのも当然のことで、近鉄沿線では昭和の中頃から平成のはじめ頃にかけては極端なペースで開発が進み、奈良市やその周辺のみならず、遠くは宇陀市や大淀町方面といった地域も含めて一定のベッドタウン開発が進みました。
京阪神周辺でも、鉄道の利便性が低い場所は開発が進んでいない地域も多くありますので、奈良県の場合も近鉄線が通っていなければ、ベッドタウン開発はこれほど進んでいなかったことは容易に想像できます。
ベッドタウン開発が全国的に進み始める時点(昭和の高度経済成長期)で近鉄線の路線網が完成していた「近鉄王国」であったという歴史が、他県に比較的近い奈良県のベッドタウンとしての急速な発展を促した訳なのです。
なお、「奈良盆地」一帯への公共交通機関による利便性は、現在に至るまで首都圏のそれに匹敵するレベルが確保されています。奈良市や生駒市・西和地域などでは通勤時間帯には駅からの「奈良交通バス」への乗り継ぎもスムーズで、郊外からバス・電車などを乗り継いで都心へ移動する。という通勤・通学の人の動きは首都圏のそれと非常に似通っています。
県内産業は現実的に乏しい
ベッドタウンとしての発展が極端に進んだ昭和~平成の奈良県ですが、これほどにまで県外就業率が高くなった理由としては、その地の利・近鉄王国としての性質もさることながら、「他県」と比べて経済規模が小さく、県内の主業産業と言えるものに乏しい。という現実的な特徴も関係しています。
奈良県の経済規模は現在に至るまで人口に対して小さい傾向が続いており、工業生産額が周辺他地域と比較するとかなり少なく、観光業も平成の終わりには一定程度発展したものの決して京都のような大きな産業規模ではありません。また、農業も各地で行われているものの、耕地面積が広くないこともあり決して農業県と言えるほどの規模ではなく、これといった突出した産業が無く、各種の生産額がそれほど大きくないのが奈良県経済の特徴となっています。
県内に突出した大きな産業がなく、全体的に経済規模が小さいということは、「奈良県内で就業する」ために「奈良県内で住む・移住して来る」人は少なくなるということに直結しますので、結果として発展したベッドタウンとしての地位・役割が目立つ形になったという訳なのです。
今後はどうなっていくの?
県外就業率が現在も高い奈良県ですが、将来的な見通しを見て行くと、その構図は次第に縮小することも想定されます。
現在の奈良県は急速な人口減少局面に入っており、ベッドタウンとして古い時期に開発された地域などは軒並み「オールドニュータウン」化が進み、極端な少子高齢化社会が訪れています。近年も香芝市・葛城市など人口増加・横ばいを維持している地域もありますが、既に大半の地域は人口急減に転じており、大まかに言えば「退職者」が居住者の多くを占める時代へと移り変わってきています。
移住者や通勤・通学者が減り、退職後の高齢者の比率が高まって行くと、当然ながら県外就業者数は減っていきます。また、近年はシニア世代の就労なども多く、それらは必ずしも大阪都心での勤務にこだわる傾向が強いとは言い切れません。
また、経済規模は小さいながらも近年は工業立地などを積極的に進めていることから、県外就業者の減少に対する県内就業者の減少率は抑えられる傾向があり、その効果もプラスされることで、県外就業率は今後次第に低下していくことが想定されます。
実際に、既に国勢調査のデータでも県外就業率の微減傾向は見えて来ており(2010年29.9%から2015年28.8パーセント)、かつては全国1位であったものが埼玉県を下回りほぼ同率で2位になっています。