こちらの記事では、奈良県の「経済状況」というものにテーマを絞って、その特徴をなるべくざっくりと・わかりやすく解説していきます。
「奈良県」というと、一般的には「観光」や「歴史」のイメージを持たれる場合が多くなっており、大阪や京都・神戸のように全国的な経済拠点であるという印象を持つ人はいないと思います。
実際に奈良県の経済を見ていくと、特段の産業が存在しない・観光産業の規模もそれほど大きくない・第一次産業も活発でないといった「デメリット」ばかり見えて来る一方、「お金持ち=資産家」の多さという点では日本有数である等、他の都道府県と比べるとかなり特徴的な傾向が見えていきます。
以下、その独特の経済的構造について、順に見ていきたいと思います。
日本有数の「富裕層」が多い県
奈良県の経済を「資産」という観点から見ていくと、奈良県は日本有数、というよりはほぼ「日本一」の「富裕県」と言えます。
要するに「お金持ち」が多いのです。
奈良市・奈良県の富裕度の相対的な高さについては上記の記事で解説している通りですが、これはざっくり言えば、ベッドタウンに住む団塊の世代を中心とした世代の資産が比較的多い傾向があり、県全体の文化としても貯蓄文化・倹約精神が高めと言われていることから、余り目立たない形で「日本一・日本有数のお金持ち県」へと成長する結果をもたらしています。
各世帯に「資産家」が多いということは、奈良県の経済に大きく寄与しているか。とか県内の企業に勤めているか。とかは余り関係なく、ざっくり言えば「大阪の大企業など」で稼いだそれなりの年収水準が、そのまま各世帯の資産額に反映されているだけであり、言わば奈良県から労働力を輸出し、他の地域からその対価を稼いできたような構図とも言えます。
一方で「県経済そのもの」は日本最弱レベル
大きなベッドタウンとして発展した奈良は、大阪に多数の通勤者を毎日送り込み、結果として一定の資産を築き上げた世帯を多数生み出したという意味では「富裕度」の高い県と言えるものです。
しかし、重ねて言うようにそこにある「ベッドタウン奈良」は、あくまでもベッドタウンとしての「住む場所」や「住民税などを納める場所」としての機能でしかありません。
大阪に通勤する人は、奈良県内の事業所・奈良県内の経済活動とは比較的切り離された存在であり、奈良の場合「ベッドタウン経済」と「県経済そのもの」を分けて考える必要すらある訳です。
そして、その「県経済そのもの」を見れば、奈良県の経済規模というものは、全国ワーストレベル、下から数えた方が早い状況となっています。
具体的な数字としてみると、2019年の「奈良県県民経済計算」では、奈良県の総生産は県全体で3兆8,923億円とされており、1人あたりに換算すると272万8千円となっています。
この数字は、一人当たり換算ではかなりの差をつけて関西最下位であるのみならず、全国的に見ても最下位クラスの水準に留まるものです。データとしては「県民総生産」や「県民所得」・「県民雇用者報酬」など様々な指標がありますが、奈良が最下位となっているのは経済活動の生産・支出側の観点から見た場合の「県民総生産」です。
これは何故なのか。と言えば、ひとえに「ベッドタウン経済」に特化し過ぎた過去の歴史が、現在まで引きずられており、県内に大きな産業が存在しない・県内消費が弱い。ということに尽きます。
大阪であれば集中する人口に対応する「高度に発達したサービス業」を中心に、また京都であれば観光に留まらず工業地域として発展した歴史があります。また、兵庫であれば最先端技術から重工業まで幅広い産業が裾野を広げ内需も分厚く、滋賀県も内陸型の工業が発展し、和歌山の場合は第一次産業や一部重工業に強みがある等、周辺都道府県には奈良にはない基盤が存在します。
例えば数字で見れば、奈良県の工業生産額は、大阪や兵庫の15%にも満たない状況で、人口が少ない和歌山よりも更に少なくなっています。
小売販売額といった面からも、奈良の場合は「大阪への消費流出」が現在も続いており「奈良県消費流出実態調査(2011年)」では、消費額の23.4%・約4000億円の消費が県外に流出しているとされ、130万という人口規模と比較すると、現在も県内消費が少ないことは否定できません。
とはいっても、パナソニックにシャープ、森精機といった大きな工場はあるし、奈良に産業が無い。というのは言い過ぎだ。と思われる方もいるでしょう。
確かにそれは間違っていないのですが、比較した場合に「相対的」に奈良は産業規模・経済規模が人口に対して見てもかなり小さい。これ自体は揺るぎない事実なのです。
とりわけ大都市近郊の場合、高速道路の利便性と一体化した大規模工場や工業団地の整備が行われやすいのですが、奈良の場合そういった開発も「ない訳ではない」のですが、規模的にも・タイミング的にもスケールの限界や出遅れ感は否定できません。
今後奈良県の人口は大幅に減っていく中では、県経済の起爆剤として一般的な工業・農業(第二次産業・第一次産業)に過度に期待し過ぎるのはハイリスクと言えるでしょう。
観光産業はどのくらいの規模なのか?
経済が「弱い」奈良県ですが、一般的な「観光地」として京都などに匹敵する知名度を持っている事から、「観光産業」が非常に盛んなのではないか。と思われる方もいるかもしれません。
しかし、奈良県における観光消費額は極端に少ない訳ではありませんが、多いと言うには少し物足りない数字であることは確かです。
わかりやすい指標としては「観光消費額」というものがありますが、奈良県は人口約130万に対して2018年では約1,786億円(平成30年奈良県観光客動態調査報告書)、京都府は人口約260万に対し約1兆3,025億円(令和元年京都府観光入込客調査報告書)と、はっきり言えば雲泥の差があります。人口1人当たりで考えれば、奈良県にとっての観光経済の比重は、未だ京都の3分の1以下となっているのです。
観光消費額を、県内総生産とそのまま比較できるかは微妙な所ですが、仮に多めに見積もっても、奈良県の経済に占める「観光産業」の比重は5%少々と言えるでしょう。
近年の傾向を見ると、新型コロナウイルスの感染拡大までの期間は、ほぼ一貫して観光産業は成長し続けており、観光消費額は2019年までの5年で500億円単位の伸びを見せる等、コロナ禍以前の奈良にとっての観光産業は「まだ比重は低め」ながら、人口減少時代の「救世主」であったことは否定できません。
但し、既に小規模な「県経済」の中ですら、京都のような経済的比重を観光産業が獲得できていない以上、観光が「主産業」とはまだまだ言えない状況です。言い換えれば「伸びしろ」が残されている環境とも言えるのです。
今後の見通し・まとめ
これまで、世帯ベースの資産規模は大きいが、県内の経済活動という意味では全国ワーストに近い状況にある「奈良県の経済」を解説して来ました。
奈良県の経済について、その「今後・将来」を考えるという作業は大変重要なものですが、その見通しを立てる・何かを断言するのはそう容易ではありません。
しかし、いずれにせよ奈良県経済の今後を考える上で、押さえる必要がある要素には、これまで解説してきた内容の「まとめ」も兼ねると以下のようなものがあるでしょう。
奈良県の人口は急減を続けており、強い学歴志向等も起因する「少子化」は全国平均よりも更に深刻である。
「ベッドタウン経済」は今後は縮小する見通ししかない一方、既存のベッドタウン住民の築き上げた「資産規模」は奈良県にとって極めて重要な存在でもある。
奈良県の経済規模の小ささは、ベッドタウンの歴史と周辺他府県のような産業上の優位性を獲得出来なかった点に起因し、短期的に克服・奪還できるような地位ではない。
2019年までの間急速に成長を続けた観光産業は、経済規模の5%程度を占める規模に達した可能性もあり、コロナ禍の3年間で停滞したものの、その後再び成長の余地がある。
各種データや構造的な現実を前にすると、奈良県の経済というものは、元からかなり厳しいものがあり、今後の見通しも正直に言えば相当程度に「暗いイメージ」が描かれうるという実態があるでしょう。
一方、コロナ禍までのデータからは、現実的にはまだ規模は小さいものの、観光産業の伸びだけはやはり著しく、奈良にとって一筋の明るい光であったことも確たる事実として示されています。
しばしば地域経済の動向については、「観光からの脱却」といったフレーズが語られることが多いですが、観光を廃してそれ以外の内需型産業や農工業を拡大すると言っても、規模の経済といった観点からも、他の都道府県と比べて特筆すべき「優位性」を何か一つでも「人口減少時代の競争」の中で確保できるのか。というと、今まで優位性を持ってこなかった奈良県はなかなか厳しいものがある訳です。
そんな中では、やはり最も都合が良い・手っ取り早い経済対策は「観光」である。という結論にしかなりません。様々な批判を浴びながら、政府や各自治体がインバウンドをあれほどに促進していた理由は、内需が分厚い大都市ではなく、比較的小規模な地方経済の活性化にはかなり有効であったという現実がある訳です。
その意味では、コロナ禍を乗り越えたその先には、インバウンドなどを含め、それが良かれ悪かれどういう形であれ「観光振興」に精を出すしかない。という奈良県経済の将来像は既にまた、透けて見えて来ていると言えるのではないでしょうか。