【万葉集の基礎知識】内容・構成・成立・代表的な歌人などごく基本的な内容を解説 | 奈良まちあるき風景紀行

【万葉集の基礎知識】内容・構成・成立・代表的な歌人などごく基本的な内容を解説

奈良の歴史解説

文学史を学ぶ際には、最も重要な存在として取り上げられることも多い古代の『万葉集』。しかしながら、実際にそれがどのようなものか。と言うと忘れてしまっていたり、そもそも余り知らなかったりすることも多いかもしれません。

こちらでは、『万葉集』について、ごく基本的な知識と言える内容をなるべくシンプルに解説していきます。

そもそも、万葉集って何?

『万葉集』とは、非常に簡単に言えば、日本で現在残っているものとしては「最古の和歌集」です。

『万葉集』の「和歌」とは、後述するように現在もなじみの深い「短歌(5・7・5・7・7)」と、この他・長歌・旋頭歌を含む3種類の歌が多数収録されています。

収録されている和歌を詠んだ人物には、天皇や貴族といった奈良時代の歴史を彩る存在に留まらず、下級の役人や九州の防人(さきもり)といった人物、または東歌と呼ばれる平城京から離れた地方(関東)の人々が呼んだ和歌も収録されているなど、必ずしも身分が高い存在だけではない、様々な階層の人々に関わる和歌が収録されています。

成立の時代は?編纂者は?

『万葉集』は、奈良時代の後半に成立したことは一般的に理解されていますが、具体的にいつ刊行されたのかといった詳細な歴史・編纂の過程はよくわかっていないのが実情です。

収録されている和歌を見ると、概ね飛鳥時代の舒明天皇の次代(629年頃~)から759年(天平宝字3年)頃までの歌が収録されていますので、成立は少なくとも759年(天平宝字3年)以降であると考えられます。

編纂に関わった人物については、天皇が関わった・橘諸兄(たちばなのもろえ)が編纂した、などの説もありはっきりとしたことはわかりませんが、4000ほど収録されている和歌のうちおよそ1割程度を奈良時代の貴族大伴家持(おおとものやかもち)の歌が占めているため、大伴家持自身が万葉集の編纂に深く関わった、編纂したのではないか。という解釈も見られます。

但し、万葉集の全20巻は必ずしも統一的・首尾一貫した編集のなされ方がされているようには見えないことから、1人の編纂者によるものではないと考えることも一般的です。

なお、現存するものについては、奈良時代の「原本」ではなく鎌倉時代の『西本願寺本万葉集』などの写本(「古点本」・「次点本」・「新点本」に区分され、多数存在する)となっています。

和歌の形式や書き方について

『万葉集』については、和歌の形式(歌体)・内容に基づく種類・表現の方法などを区分すると、概ね以下のような形になります。

歌体(歌の形式)
短歌(5・7・5・7・7)
長歌(5・7を長く繰り返し、最後を5・7・7で結ぶ
旋頭歌(せどうか、5・7・7・5・7・7の形式)
※この他「仏足石歌」と「漢詩」がわずかに含まれています。

内容に基づく区分
雑歌(ぞうか) :下記2つの歌以外の歌。風景を詠んだものや宮廷社会の歌など様々な和歌が該当
相聞歌(そうもんか) :男女間の恋愛についての歌
挽歌(ばんか) :亡くなった人を悼む歌

表現の形式
・寄物陳思(きぶつちんし):恋愛感情を物にたとえて表現
・正述心緒(せいじゅつしんしょ) :直接的な感情表現
・詠物歌(えいぶつか) :季節の風景などを表現
・譬喩歌(ひゆか):様々な思いを物にたとえて表現(寄物陳思との区分がややあいまい)

現在もなじみが深い「短歌」の形式も多いですが、長歌や旋頭歌といった少し変わった形式の和歌も見られました。また、詠まれた内容は多岐に渡りますが、相聞歌といった恋愛感情を詠んだものを含め、余り格好を付けずにシンプルな感情表現が多いといった特徴が見られます。

万葉集の構成は?和歌の数は?

全20巻で構成

『万葉集』は、書物としては「全20巻」で構成されています。

非常に大まかな内容の区分は以下の通りです(あくまでも概要であり、詳細にはこの通りでない部分もあります)。

巻1:天皇の時代ごとに編集した雑歌(宮中の歌が多い)
巻2:天皇の時代ごとに編集した相聞歌・挽歌(宮中の歌が多い)
巻3:雑歌・譬喩(ひゆ)歌・挽歌など
巻4:大伴家持などの「恋」に関わる相聞歌
巻5:大伴旅人・山上憶良など太宰府関連の雑歌など
巻6:行幸時など宮廷関連の雑歌が多い・山部赤人の和歌も
巻7:詠み人知らず=作者不明のものが多い雑歌・挽歌・譬喩歌など
巻8:四季ごとに分けて編集した雑歌・相聞歌
巻9:年代ごとに編集した雑歌・相聞歌・挽歌
巻10:四季ごとに分けて編集した雑雑歌・相聞歌など(七夕の歌が特に多め)
巻11:旋頭歌・相聞歌など(恋に関わる歌が多い)
巻12:作者不明の歌や恋に関わる歌が多め
巻13:長歌・反歌を合わせた形式が多め
巻14:東歌(武蔵・相模・上総・下総・常陸・信濃・駿河・伊豆をはじめとする東日本の人々の歌)
巻15:新羅に派遣された人々の歌・中臣宅守と狭野弟上娘子の恋に関する歌など
巻16:伝説歌・面白おかしい歌(滑稽歌)など
巻17:以降の巻は大伴家持の歌日記の性質を持つ(年代順)・家持の若い時代の歌など
巻18:大伴家持の歌が多め(越中国に在任時に詠んだ歌など)
巻19:大伴家持の歌が多め(孝謙天皇時代の歌)
巻20:九州の「防人の歌」など

巻ごとに時代順・季節順・地域性(東歌)を帯びた歌集など様々なものがありますが、必ずしも統一性を感じるものではなく、後半には大伴家持の歌日記と推定されるものも含まれるなど、『万葉集』全20巻を通して一貫した編纂の方針があるようには見えません。

歌は約4500首収録

『万葉集』の中に収録されている和歌の数については、概ね4500首となっています。

数え方については、写本の関係上や数え方の問題で複数の解釈がありますが、いずれにせよ4500首程度に収まるようになっています。なお、このうち編纂者である可能性がある大伴家持が詠んだものが470首程度あり、1割を超えています。

有名な歌人・代表的な万葉歌は?

額田王(ぬかたのおおきみ)

飛鳥時代の皇族であり、『万葉集』の時代区分では初期を代表する歌人として知られる人物です。

◇代表的な和歌
熟田津(にきたつ)に船乗りせむと月待てば潮もかなひぬ今は漕ぎ出でな(1巻8番)
三輪山をしかも隠すか雲だにも心あらなも隠さふべしや(1巻18番)
茜指す紫野行き標野(しめの)行き野守(のもり)は見ずや君が袖振る(1巻20番)

大伴家持(おおとものやかもち)

『万葉集』の編纂者である可能性が指摘される奈良時代の貴族で、歌集全体の1割程度を自身の歌が占めています。また、17巻以降は事実上家持の歌日記としての性質を持っています。

◇代表的な和歌
春の野に霞たなびきうら悲しこの夕影に鴬鳴くも(19巻4290番)
我が宿のいささ群竹(むらたけ)吹く風の音のかそけきこの夕かも(19巻4291番)
うらうらに照れる春日にひばり上がり心悲しも独し思へば(19巻4292番)

柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ)

詳細な経歴は不明ながら、『万葉集』に多数の和歌を残した日本古代を代表する(飛鳥時代~奈良時代初頭)歌人です。枕詞や対句など、独創的な技法を駆使したことでも知られます。

◇代表的な和歌
東の野にかぎろひの立つ見えてかへり見すれば月かたぶきぬ(1巻44番)
笹の葉はみ山もさやにさやげども我れは妹思ふ別れ来ぬれば(2巻133番)
近江の海夕波千鳥汝(な)が鳴けば心もしのにいにしへ思ほゆ(3巻266番)

山部赤人(やまべのあかひと)

奈良時代前半の下級役人と推定される人物で、風景を美しく表現する手法などから「歌聖」として後世評価されるなど、古代を代表する歌人として知られています。

◇代表的な和歌
田子の浦ゆうち出でて見れば真白にぞ富士の高嶺に雪は降りける(3巻318番)
み吉野の象山(きさやま)の際(ま)の木末(こぬれ)にはここだも騒く鳥の声かも(6巻924番)
ぬばたまの夜の更けゆけば久木(ひさぎ)生(お)ふる清き川原に千鳥しば鳴く(6巻925番)

山上憶良(やまのうえのおくら)

奈良時代前半の貴族であり、太宰府に赴任して大伴旅人とともに独自の「筑紫歌壇」を作ったことで知られます。

◇代表的な和歌
憶良らは今は罷らむ子泣くらむそれその母も我を待つらむぞ(3巻337番)
銀(しろがね)も金(くがね)も玉も何せむにまされる宝子にしかめやも(5巻803番)
士(をのこ)やも空しくあるべき万代に語り継ぐべき名は立てずして(6巻978番)

志貴皇子(しきのみこ)

天武天皇の皇子でありながら、皇位とは無縁で文化人として生涯を送った皇族として知られています。『万葉集』には6首残されており、

◇代表的な和歌
采女の袖吹きかへす明日香風都を遠みいたづらに吹く(1巻51番)
葦辺行く鴨の羽交(はが)ひに霜降りて寒き夕は大和し思ほゆ(1巻64番)
石走る垂水の上のさわらびの萌え出づる春になりにけるかも(8巻1418番)

まとめ

『万葉集』は、現存する日本で最古の「和歌集」です。規模としては全20巻飛鳥時代から奈良時代の中頃にかけての4500首もの和歌を収録した壮大なスケールの歌集となっています。

編纂の歴史については不明点が多くなっていますが、全和歌の1割程度を「大伴家持(おおとものやかもち)」の歌が占めていることから、編纂者を大伴家持とする考え方もあります。

収録されている和歌は、現在もなじみのある短歌に加え、長歌・旋頭歌(せどうか)と呼ばれる形式も含んでいます。また内容についても様々な情景を詠った雑歌(ぞうか) に加え、恋愛感情をうたった相聞歌(そうもんか)、追悼の意を込めた挽歌(ばんか)など、様々な内容の和歌が見られます。

歌人については、代表的な存在としては大伴家持のほか額田王・柿本人麻呂・山部赤人・山上憶良・志貴皇子などが挙げられ、この他天皇・皇族など地位の高い人物の和歌も多く見られますが、「防人歌」や「東歌」のように必ずしも高位の人物ではない存在の歌も含んでいます。