元興寺(極楽坊)

【元興寺(極楽坊)】ならまちの町並みに囲まれる「世界遺産」は飛鳥時代からの歴史を今に伝える

ごあんない

概要

元興寺(極楽坊)は、奈良町の中心部に位置する真言律宗の寺院(西大寺の関連寺院)で、奈良町エリアに現存する3つの「元興寺」関係スポット(元興寺極楽坊・元興寺塔跡・元興寺小塔院跡)の中で最大規模のものとなっています。現在、寺院は「東大寺」などと同じく奈良の「世界遺産」にも登録されており、奈良町エリア、奈良市を代表する観光スポットとして年間を通して多くの観光客でにぎわっています。

歴史-ルーツは約「1400年前」にさかのぼる

元興寺の歴史は大変古いもので、元々のルーツは、蘇我馬子が創建した日本最初の本格的伽藍を持つ仏教寺院「法興寺(飛鳥寺)」にさかのぼるものとなっており、飛鳥にあった時代を含めると創建時期は推古元年(593年)まで遡るという壮大な歴史を有しています。

この奈良のまちにおける「元興寺」の誕生は、飛鳥の地から平城京への遷都に伴い法興寺が現在の地に移転(飛鳥の法興寺も移転に際して廃寺となることなく残されました)したことがきっかけとなっており、その後奈良時代には南都七大寺の一つとして東大寺や興福寺、西大寺などと並ぶ大寺院として繁栄を極め、現在の奈良町エリアを覆うような大伽藍を有し、南北400メートル、東西200メートルを超える広々とした空間に金堂・東西の塔・講堂などが立ち並んでいたとされています。

しかし、その他の奈良のお寺と同様、中世以降は次第に衰退する歴史を辿ることになります。幾度にも渡る災害や戦災などで多くの建築が失われ、かつては広かった次第に伽藍も縮小し元興寺も阿弥陀信仰、大師信仰や聖徳太子信仰をはじめとする身近な「庶民信仰」の拠点として変化する中で、周囲に多くの人家が建設された結果、現在の「奈良町」が生まれることにもなりました。また、その過程で現在における3つの「元興寺」であるこの極楽院・観音堂(元興寺塔跡の周辺)・小塔院に分立することになったとされています。

なお、現在の世界遺産「元興寺」である極楽院は、江戸時代までは庶民信仰の拠点として栄えましたが明治以降はひどく荒廃し、昭和の終戦直後になって以降もしばらくは「お化けが出る」と頻繁に噂されるほどの状況でしたが、昭和の中頃以降は急速に復興が進み、観光寺院としての整備が図られることになりました。

文化財-「五重小塔」や「飛鳥時代の瓦」など多数

上記のような、壮大な歴史の中で発展と衰退を経験した「元興寺」ですが、元興寺(極楽坊)の現存する「極楽坊本堂」・「禅室」の建物は、鎌倉時代にかつての「僧坊」を改築する形で建設されたものであり、部材や屋根瓦の一部に飛鳥時代・奈良時代のものが使用されており、かつての巨大寺院「元興寺」の唯一の面影を示す貴重な建築となっています(禅室の木材は日本最古の木造建築である法隆寺の建築木材よりも古いという調査結果もあります)。なお、この極楽坊も昭和初期まではひどく荒廃していたとも言われていますが、戦後復興が行われ、現在は世界遺産としてその堂々とした姿を示しています。

現在も残る文化財としては、その精緻な技術で知られ、ミニチュアながら建造物としての国宝指定を受ける「五重小塔」木造阿弥陀如来像・木造聖徳太子立像・木造弘法大師坐像・南無仏太子像をはじめとする多数の仏像、またユニークなものとしては江戸時代などの庶民信仰を示す貴重な資料などがあり、いずれも本堂南側の「法輪館(総合収蔵庫)」において見学することが可能です。(各文化財の詳細はこちらから)

また元興寺を代表する存在としては「智光曼荼羅」と呼ばれる極楽浄土の姿を描いた絵図がありますが、こちらは特別公開期間のみ法輪館(総合収蔵庫)などでご覧いただけるようになっています。

ちなみに、現在の元興寺(極楽坊)の運営母体は所有する文化財の保全も兼ねて「元興寺文化財研究所」を運営しており、寺院とは別に大規模な研究施設を有するなど、全国的にも名高い文化財保存のパイオニアとして、単なる「観光」寺院の枠に留まらない活動を行っています。

「萩」や「桔梗」の美しい「花の寺」です

多数の文化財を有する元興寺は、その境内が年間を通して季節ごとの美しい花々で彩られることでも知られ、ならまちエリアでは貴重な「花の寺」にもなっています。

特に萩や桔梗、また蓮、彼岸花などの美しさは有名であり、春には少ないながらも桜が咲き誇り、飛鳥時代の瓦と桜の共演も楽しめるなど世界遺産でありながら「花の寺」としても人気を博しています。

また、年中行事としては「火渡り」や「豆まき」に参加できる「節分会」や夜間にほのかな灯りが石仏を照らす「地蔵会」などで知られており、当日は多数の観光客や地域住民でにぎわいを見せます。

元興寺(極楽坊)のみどころ・風景

東門

元興寺「東門」

拝観受付の近くにある現在の元興寺の山門である「東門」。この門は、鎌倉時代に東大寺の塔頭寺院から移築されたものとなっており、鎌倉時代の建築らしい重厚感を漂わせています。

【元興寺東門】かつての「東大寺塔頭」から移築された重厚な門

本堂

元興寺の「本堂」

元興寺の東門を入ってすぐに堂々たる姿を見せる「本堂」の建物。こちらは隣接する禅室と同様、鎌倉時代にかつての僧坊を改造する形で建てられたものとなっていますが、建築部材には僧坊時代以前からのものが多数使用されており、西側の屋根瓦は奈良時代になる前の「飛鳥時代」から1300年以上に渡り使用され続けているものとなっています。

【元興寺本堂(極楽堂)】飛鳥時代から使用される「日本最古の屋根瓦」で有名な建物はかつての「僧坊」

禅室

本堂の西側に位置する長細い建物「禅室」はかつては本堂と同じ僧坊の一部でしたが、僧坊を現在の本堂の建物へと改造する際に、2つの建物に分離する形でこちらも改造が行われました。元興寺文化財研究所の研究成果によると、使用されている木材には世界最古の木造建築である法隆寺で使用されている木材よりも更に古い木材を使用しているともされ、静かな佇まいながらも、想像をはるかに上回る歴史を有する存在となっています。

【元興寺禅室】世界最古?の建築木材を使用した建物は本堂と同じルーツを有する

浮田図

元興寺を拝観する中での最大の見どころの一つとも言える圧巻の石仏・石塔群である「浮図田」。こちらは鎌倉時代~江戸時代にかけての石仏・石塔などを昭和になってから一か所に集める形で整備されたものですが、本堂・禅室を背景に石仏たちを望む風景は元興寺の定番「写真撮影スポット」としてすっかり定着しています。

【元興寺浮図田】奈良市内最大級の石仏群は飛鳥時代の瓦屋根の真横に広がる

法輪館(総合収蔵庫)

元興寺総合収蔵庫

本堂の南側、浮図田のすぐ近くには元興寺が所蔵する国宝・重要文化財などの大半を収蔵・展示するスペースである「法輪館(総合収蔵庫)」があります。内部では小さな五重塔を精巧に再現し、ミニチュアながら「建造物」として国宝指定を受ける「五重小塔」をはじめ、中世以降の「庶民信仰」の拠点として栄えた時代を物語る仏像や史料も安置・展示されており、巨大寺院から「奈良町」の身近なお寺へと変化していく歴史の流れを感じることも出来ます。

【元興寺総合収蔵庫(法輪館)】国宝「五重小塔」をはじめ多数の文化財(仏像)が一堂に会する空間

講堂跡礎石

元興寺講堂跡礎石

法輪館(総合収蔵庫)の正面には、かつての「巨大寺院」時代に存在した建物である「講堂」跡の礎石が置かれています。直径1メートルを超える礎石が重厚感があり、往時の規模が偲ばれるものとなっています。

【元興寺講堂跡礎石】奈良時代の面影を今に伝える巨大な礎石

小子坊

元興寺小子房

禅室・浮図田の南側には、仏堂というよりはお屋敷の一部のような雰囲気も感じさせる休憩スペース「小子坊」があります。この建物は僧坊や庫裏など様々な役割を果たして来た建物であり、何度も改造・改修を経ているものの、現在もかなり古い部材が残されています。

【元興寺小子房】僧坊の一部や庫裏など時代ごとに様々な役割を有してきた建築

かえる石

元興寺「かえる石」

豊臣秀吉の「お気に入りの石」とされ、大阪城の敷地に長らく置かれてきた一方で、「殺生石」と呼ばれたり「淀君の霊」がこもる不吉な石としての伝説も有する奇石「かえる石」。昭和中期以降は元興寺の境内に置かれており、現在は「福かえる」といったような「幸運」をもたらす石としてお祀りされています。

【かえる石(元興寺)】かつては秀吉の「お気に入りの石」として大阪城に置かれた奇石

弁天社

元興寺「弁天社」

知名度は低い存在ですが、浮図田の南側には「弁天社」と呼ばれる小さな神社も設けられています。

歴代住職墓標

浮図田の近くの少し高台になっているスペースには、歴代住職の墓標が並べられています。

旧肘塚不動堂石造物

旧肘塚不動堂石造物

拝観受付の南側(拝観料不要)には、少し離れた「肘塚町」周辺から近年移転してきた石仏・石碑「旧肘塚不動堂石造物」が多数並べられており、中世から近世にかけての庶民信仰のありようを今に伝える貴重な存在になっています。

【旧肘塚不動堂石造物】「元興寺」の山門近くで拝観者をお迎えする石仏たち

その他境内の風景

講堂の「礎石」とは別に境内の南西端には「講堂址」と呼ばれるスペースもあり、古い石材や石仏などが多数並べられています。

浮田図の近くには、昭和に活躍した歌人「香川進」氏の歌碑が設置されているほか、本堂の北東側には杉本健吉氏の書による万葉歌碑も設置されています。

境内の北西側には「石舞台」と呼ばれるスペースもあり、年中行事の会場として用いられることもあります。

主な年中行事・儀式

元日「修正会」

・新年を迎えるにあたって行われる修正会は深夜に行われますが、開門は9時のため見学して頂くことは出来ません。

2月3日「節分会」

・元興寺の1年で最もにぎわいを見せる行事の一つといっても過言ではない2月3日の「節分会」。節分会では修験者による「星祭り」、炎の中に「不動明王」さまを勧請し護摩木を焚き上げる「柴燈大護摩供」、また一般の方でも参加して頂ける「火渡り」、「福は内、鬼は内」の掛け声とともに行われる「豆まき」など躍動感のある行事・儀式が立て続けに行われ、当日は大勢の参拝者で小さな境内は大変なにぎわいを見せます。

※法要12時頃~・柴燈大護摩供及び火渡り13時頃~・豆まき16時頃~

春分の日「春季彼岸会」

・本堂(極楽堂)内陣において、軸装智光曼荼羅を掛けて塔婆を供養し法要が実施されます。

5月8日「花まつり」

・お釈迦さまの誕生日に合わせ、本堂正面に美しいお花で彩られた「花御堂」を飾り、その誕生を祝う「灌仏会」を行います。なお、当日はその他のお寺と同様「甘茶」の振る舞いも行われます。

5月27日「中興開山忌」

・泰圓大和尚・興正菩薩・智光法師をはじめとする元興寺の復興、発展に尽力した先師の遺徳を偲び、顕彰を行う法要を行います。

7月7日「かえる石供養」

・秀吉お気に入りの石とされつつも、不吉な伝説を数多く有する奇石「かえる石」の前で「施餓鬼法」を実施する形で供養を行います。

7月28日「肘塚不動尊供養」

・境内の外側に並べられている石仏、石碑群である「肘塚不動尊」において供養を行います。

8月23日・24日「地蔵会万灯供養」

・本堂で智光曼荼羅を前に地蔵菩薩様をお祀りし、法要が実施されるほか、境内の「浮図田」周辺においてはほのかな灯明が美しい万灯供養が行われ、塔婆供養、音楽演奏なども行われます。なお、両日とも特別に境内が午後9時まで開放され、縁日のお店も多数出店するため地域の子どもたちも含めて大にぎわいを見せます。

※法要17時頃~

秋分の日「秋季彼岸会」

・春と同様、本堂(極楽堂)内陣において、軸装智光曼荼羅を掛けて塔婆を供養し法要が実施されます。

12月8日「仏足石供養」

・本堂近くの浮図田の一角に近年設けられた仏足石の前でお釈迦さまを讃える供養が行われます。

毎月第二日曜日「是心会」

午前10時~11時45分 参加費500円

・通常は拝観することが出来ない国宝の「禅室」において「禅定体験」を行うことが可能となっています。

毎月28日「御祈祷護摩」

・境内南側に位置する「小子坊」の北向き不動尊において護摩供養が行われます。

拝観情報

拝観料

大人500円(秋季特別展期間中600円)、中高生300円、小学生100円

20名以上の団体の場合大人400円(秋季特別展期間中540円)・身障者は手帳呈示により半額・奈良市ななまるカード(高齢者)持参の場合無料

拝観時間

午前9時~午後5時(入場は午後4時30分まで)

※地蔵会開催時は午後9時まで延長

リンク 元興寺公式サイト

アクセス

各駅からのアクセス

近鉄奈良駅から南東に徒歩15分

JR奈良駅から東に徒歩20分

奈良交通バス

・JR奈良駅、近鉄奈良駅から「天理駅」「下山」「窪ノ庄」行き乗車、「福智院町(元興寺東口)」下車、西に徒歩5分

近隣スポット

一帯は奈良町エリア・奈良町にぎわいの家から北東に徒歩3分・猿沢池から南に徒歩5分・御霊神社から北に徒歩5分・元興寺塔跡から北に徒歩5分・元興寺小塔院跡から北東に徒歩5分・名勝旧大乗院庭園から西に徒歩5分

元興寺周辺地図