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【奈良・田原】光仁天皇の父親=志貴皇子が眠る「春日宮天皇陵」ってどんなところ?【田原天皇】

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春日宮天皇陵(奈良・田原地区)

ごあんない

奈良の奥座敷、「田原」エリアの入り口にある御陵

春日宮天皇陵(かすがのみやてんのうりょう・田原西陵)は、奈良市街地からは数キロ離れた大和高原の山中、標高500メートル近い冷涼な「田原」エリアにある立派な古墳(御陵)です。

御陵は田原エリアの中では奈良市街地から最も近い場所にあり、本数は少ないですが奈良交通バスの「田原御陵」バス停を起点として、まず春日宮天皇陵から「田原エリア」のみどころを巡るという歴史散策ルートを組み立てやすくなっています。

万葉歌人として知られた「志貴皇子」は「田原天皇」とも

御陵の名前は、「春日宮天皇陵」と呼ばれていますが、この「春日宮天皇」は、歴代天皇として数えられる存在ではない、万葉歌人としてよく知られ、天智天皇の第7子である「志貴皇子(しきのみこ)」の御陵となっています。志貴皇子は、壬申の乱などの影響で皇統が「天智系」から「天武系」に移ってしまったこともあり、長らくの間朝廷の要職などに就くこともなく、また霊亀2年(716年)に没するまで生涯に渡り皇位に就くことはなく、むしろ「石ばしる 垂水の上の さわらびの 萌え出づる春に なりにけるかも」などの美しい自然情景を詠う万葉歌を残した「文化人」として知られた存在になっています。

その後、時代は変わり奈良時代後期になると、宝亀元年(770年)には再び皇統が天智系に戻り、こちらも田原エリアに御陵を有し、志貴皇子の第6子である「光仁天皇」が実際の天皇として即位することとなりました。その際には不遇であった志貴皇子に「春日宮御宇天皇」という称号が追贈されることになったため、その結果現在こちらの御陵も「春日宮天皇陵」と呼ばれるようになっています。なお、この「田原」エリアの地名にちなみ、春日宮天皇は「田原天皇」とも呼ばれており、隠れた山里の名前が通称とは言え冠されることもある珍しい「天皇」となっています。

大和高原のさわやかな自然を体感できる空間

天皇陵本体は、バス停近くから細く伸びる参道を抜けて、更に田んぼや畑が広がる空間を通り抜けた先にあり、立派な杉の木が立ち並ぶ御陵の姿は近隣の光仁天皇陵にも近い雰囲気を漂わせています。お茶が名産品の田原エリアらしく、参道からは茶畑が広がる風景も眺めることが可能となっており、奈良市街地では味わえない自然を体感できる気持ちの良い空間となっています。なお、バス停が近いものの、本数がかなり少ないため交通アクセスはかなり不便となっていますので、ご訪問の際はあらかじめバスの時刻などをご確認の上訪れて頂くことが無難です。

春日宮天皇陵の風景

春日宮天皇陵の入り口付近

バス停のすぐそばから北東方向に伸びる天皇陵への参道。木々に覆われた細い道は、夏場は虫などに注意が必要ですが、なんだかジブリの作品世界に登場しそうな幻想的な雰囲気も漂わせています。

春日宮天皇陵への参道

木々に覆われたエリアを抜けると、今度は田畑の中を突っ切るような形で参道が続きます。この風景は同じく田原エリアにある「光仁天皇陵(春日宮天皇・志貴皇子の息子=光仁天皇の御陵)」とそっくりになっています。

春日宮天皇陵(奈良・田原地区)

参道をしばらく進むと、御陵本体のあるエリアに到着します。天皇陵の雰囲気自体は他の御陵と大差ありませんが、周辺に堂々と生える立派な杉木立が特徴的な風景を生み出しています。

春日宮天皇陵の杉木立

春日宮天皇陵周辺の茶畑

天皇陵からは、一般の田畑のみならず、茶畑の広がる美しい風景も味わって頂けるようになっています。

アクセス

各駅からのアクセス

奈良交通バス

JR、近鉄奈良駅から「北野」・「下水間」行き乗車、「田原御陵」バス停下車、北東に徒歩2分

近隣スポット

春日宮神社から北西に徒歩約25分、松本家住宅から西に徒歩約25分、太安万侶墓から南西に徒歩約40分、光仁天皇陵から南西に徒歩約50分

春日宮天皇陵周辺地図

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