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【京終】飛鳥時代からの歴史を持つ古社「飛鳥神社(京終天神社)」ってどんなところ?【写真多数】

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飛鳥神社(京終天神社)

ごあんない

「京終エリア」を代表する歴史ある神社

飛鳥神社(京終天神社)は奈良町の南側に広がるもう一つの古めかしい町並み「京終」エリアの中央部に位置する歴史ある神社です。

神社は現在の明日香村周辺に位置するとされる「真神ヶ原」に鎮座していた「飛鳥神社」にまで遡る由来を持ち、その「飛鳥神社」を平城京へ遷都する際に国家鎮護の神社として平城京内左京四坊へと移転させ、最終的に現在の地には応安2年(1369年)に遷座されたという歴史を持っています。

5つの主祭神をお祀りする神社はならまちエリアともつながりが深い

現在の社殿は、江戸時代の文政9年(1826年)に春日大社の末社「水谷神社」の旧殿を当地に移築したものとされています。またこの際事代主命 (ことしろぬしのみこと)・加夜奈留美命 (かやなるみのみこと)・宇須多岐比女命 (うすたきひめのみこと)・不足留比女命 (ふたるひめのみこと)の四祭神に菅原道真を増祀して、現在は五つの主祭神を祀る神社となっています。 また境内社も複数あり、このうち末社である金刀比羅神社は元興寺小塔院、大国主神社の祭神はかつて存在した禅定院境内に鎮座していたものを移してきたものであり、現在の奈良町エリアとのつながりも深い神社であるとも言えます。

周辺の町並みと調和した素朴な雰囲気の風景を

深い歴史を持つ神社の境内は小ぶりなものですが、美しく整備された本殿などは京終エリアの町並みにはなくてはならない存在として地域の象徴的存在となっており、ならまち周辺散策の折に平城京を守る神であった歴史に思いを馳せるようなスポットとして、観光客が時折ふらりと立ち寄る姿も見られます。また、周辺は京終エリアの中でも特に町家建築が多いエリアとなっており、神社と古い町並みが調和する風景は、「ならまち」エリアと同じような風景でありつつ、少しだけ素朴さが見られるような、実に「京終」エリアらしい風景となっています。

飛鳥神社(京終天神社)のみどころ・風景

鳥居周辺

飛鳥神社(京終天神社)の鳥居

京終駅からも、市内循環バス「北京終町」バス停からもすぐの位置にある飛鳥神社(京終天神社)。古い町並みの中にひょっこりと神社が現れる様子は、奈良町の御霊神社を少し小さくしたような雰囲気も漂わせています。

拝殿・本殿

飛鳥神社(京終天神社)拝殿

鳥居を抜けるとすぐの位置には、立派な「拝殿」がまず現れます。

飛鳥神社(京終天神社)本殿

拝殿と直結する形で、北側には神社の規模にしてはかなり大きな5つの祭神をお祀りする「本殿」が建っています。この本殿は春日大社境内の「水谷神社」のかつての本殿を移築したものとされており、確かに現在の水谷神社本殿にも酷似したものとなっています。

本殿はさすがに古さも目立ちますが、ならまちエリアの御霊神社の本殿を上回る大きさとなっており、京終エリア散策時には必見のスポットとなっています。

小ぶりな境内を持つ飛鳥神社(京終)

境内地は比較的狭い空間に、コンパクトに様々な施設が配置された構造となっており、現在に至るまで美しく行き届いた管理・整備がなされた神社となっており、地域の信仰の深さが伺えます。

境内社

宗像神社(飛鳥神社)

本殿裏手には市杵島姫命 (いちきしまひめのみこと)をお祀りする宗像神社が設けられています。

大国主神社(飛鳥神社)

本殿の東側には、大国主命 (おおくにぬしのみこと)及び 事代主命 (ことしろぬしのみこと)をお祀りする大国主神社が設けられています。

金刀比羅神社(飛鳥神社)

また、境内西側には、木花開夜比売命 (このはなさくやひめのみこと)をお祀りする金刀比羅神社が設けられています。

月原明神社(飛鳥神社)

金刀比羅神社のそばには、月原大明神と呼ばれる神様をお祀りする月原明神社(七弁天社)もあります、

また、境内には天穂日命をお祀りする小社も別途設けられています。

案内板など

アクセス

各駅からのご案内

奈良交通バス

JR、近鉄奈良駅から「市内循環内回り」乗車、「北京終町」下車、南に徒歩2分

JR京終駅から北に徒歩5分

近隣スポット

京終地蔵院から北西に徒歩2分、奈良町南観光案内所から南西に徒歩3分、璉珹寺から西に徒歩5分、崇道天皇社から西に徒歩5分、徳融寺から南に徒歩5分、ならまち格子の家から南西に徒歩6分

飛鳥神社(京終天神社)周辺地図

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