冬の関東で「雪」が降る・積もる際に必ず話題になる存在である「南岸低気圧」。
こちらでは、「南岸低気圧」とは結局何なのか?どういった特徴を持つ低気圧なのか?どういう時に呼ぶのか?といった点について、基本的な知識を解説してきます。
南岸低気圧の「定義」
南岸低気圧は、その「用語」としてみた場合、気象関係者・メディア関係者・その他一般の方も含めごく一般的に用いられている言葉です。
一方で、「このような条件を満たせば南岸低気圧」といったような「決まり・定義」が、はっきり「設定」されているような用語とは言えません。
近年は大雪の報道が多く、「南岸低気圧」が一般的な言葉となったため、辞書にも登場するようになっていますが、その説明はかなり幅広な意味で記されており、必ずしも厳密な意味合いを持つものでもありません。
例えば「温帯低気圧」や「熱帯低気圧」など気象学的な意味合いが厳密に存在する用語であれば科学的な位置づけが分かりやすいですが、「南岸低気圧」と呼ばれるケースは、あくまでも後ほども詳しく解説していく通り、「雪」が降って一定の影響を及ぼす可能性があるような場合に、特定のコースを通る低気圧に対し呼ばれるような名称となっています。
大まかには、以下の2つの条件を満たさない場合は、「南岸低気圧」の用語が使われることはほぼ見られません。
雪の有無 | どこかで雪が降る可能性があること(概ね日ごろ雪が少ないような場所で降る場合) |
通過するルート | 日本の南海上(九州~四国~近畿~東海~関東沖・伊豆諸島方面)周辺を通るルートであること ※途中で低気圧が陸地に上陸する場合もあり |
南岸低気圧の発生する「時期」
南岸低気圧は、基本的に冬から春先にかけて、日本列島の太平洋沿岸部を通る低気圧を指す名称です。
厳密に言えば、日本の南海上を低気圧が通るようなことは、1年を通して「あり得る」現象ですが、例えば梅雨時や秋雨前線の時期に、低気圧が太平洋側を通っても、それは「南岸低気圧」とは言いませんし、台風(熱帯低気圧)が南海上を縫うように通ったとしても、それは「南岸低気圧」は言いません。
南岸低気圧は、基本的にどこかで「雪」の可能性があるようなケースにおいて呼ばれる名称で、山地も含め雨しか降らないような場合に「南岸低気圧」の用語が使われるケースはほぼないと言えるでしょう。
南岸低気圧が発生する可能性がある時期と、その基本的な傾向は下記の通りです。
時期 | 特徴 |
---|---|
11月 | ・日本の南海上を低気圧が通ることは時折見られる ・但し「南岸低気圧」と呼ばれるケースは少ない ・2016年11月24日のように東京で「雪」となるケースも極めてまれにあり |
12月 | ・南海上を低気圧が通ることが少ない時期 ・雪をもたらす「南岸低気圧」は過去に存在するものの、まれな事例 |
1月 | ・2月ほどではないものの、南岸低気圧が次第に増える ・首都圏で「雪が積もる量(過去のデータ)」で見た場合、2月と大差ない |
2月 | ・現象としての「南岸低気圧」は最も多い時期 ・過去の大雪は2月の発生が多い ・100年単位で見てもまれな「2014年2月14~15日の大雪」が典型例 |
3月 | ・気温が上がり雪の可能性は減るものの、「南岸低気圧」自体は比較的多い ・3月の後半も含め首都圏で雪(みぞれ)が降る、積もる場合あり |
4月 | ・気温が高くなり「南岸低気圧」と呼ばれるケースは減る ・極めてまれとは言え、4月以降に首都圏で雪(みぞれ)となる場合もあり |
通常、南岸低気圧の名称は1月~3月にかけて頻繁に見られるもので、過去の事例から考える場合、12月・4月、また極めてまれに11月にも「雪」をもたらす南岸低気圧が通過する可能性はありうると言えます。
南岸低気圧の通る「ルート」
南岸低気圧は、その名の通り日本列島(九州・四国・本州の南側)の南岸沿いを進むルートが特徴の低気圧です。
低気圧のルートは、詳しく見て行くと個々の低気圧によって微妙な違いがありますので、「南岸低気圧=このルート」という厳密な定義はありませんが、太平洋側の地域に雨・雪・みぞれをもたらす形で日本列島南岸を進む場合に「南岸低気圧」の用語が用いられていると言えます。
例えば、確かに日本の南側を通ったとしても、陸地から離れすぎていて降水がない(雨・雪・みぞれが降らない)ような場合にあえて「南岸低気圧」という表現が使われることはほぼありません。
低気圧が進むルートは、どのような事例でも西方向から東方向への動きがあることは当然ですが、より詳しく見て行くと、概ね3つの方角へ動く傾向があります。
東北東 | ・最も一般的なルート ・ある程度発達しながら進むことが多い ・関東で大雪になる場合、概ねこのルートが多い ・最初から最後まで「雪」がしっかり降り続けるようなケースも通常このルート |
東 | ・西日本で雨や雪を降らせ、東日本(首都圏)では何も降らない場合あり ・低気圧が発達せずに、むしろ弱まっていくケースで見られやすい |
北東 | ・低気圧が急発達する場合などに見られる ・温暖な気流が陸地にも入りやすいため、雨になりやすい(雪でも途中で雨に変わりやすい) |
いわゆる「南岸低気圧」と呼ばれるケースの典型は、台湾や南西諸島周辺、または九州・四国沖から日本の南の太平洋を「東北東」に発達しながら進むルートで、最初から最後まで「雪」がしっかり降り続けるようなケースでは、このルートが多くなっています。
また、低気圧が余り発達しない、または逆に弱まりながら進む場合には、東北東ではなくほぼ「真東」に進むケースも見られます。こういった事例では、東京など首都圏では大雪になりにくい傾向で、そもそも何も降らない、雪が降っても少ししか降らないような状況になりやすいと言えるでしょう。
なお、「南岸」と言っておきながらも、結果として関東などに低気圧の中心が「上陸」してしまうようなルートを取る低気圧もあります。
これらは主に北東方向へ進む場合に見られ、2014年2月14日~15日の記録的大雪の際も、最終的には低気圧が東京付近に上陸し、関東平野を縦断するようなルートで進んだため「南岸」とは言えない低気圧の動きを見せました。なお、「上陸」するようなケースでは、上陸前は雪であっても、上陸後は周辺では雨となり、低気圧の中心の南側では急激に気温が上昇する(一気に5~10℃くらい上がる)ような場合もあります。
南岸低気圧で「降るもの」
南岸低気圧という用語は、南海上を通る低気圧で天気が崩れる際に、通常どこかで「雪」が降る可能性があるような場合に用いられる用語です。
先述したように、山沿いも含めどこでも必ず「雨」しか降らないような状況で、あえて「南岸低気圧」という表現が用いられることは基本ありません。
南岸低気圧は非常に微妙な存在で、雨が降っていても、少し離れた場所ではみぞれに変わり、更に雪に変わるようなケースも少なくありません。また、平地では単なる雨でも、山沿いではかなりの大雪になるようなケースも少なくありません。
南岸低気圧と言えば、どこでも必ず雪が降る訳ではなく、雨・みぞれ・雪が様々な強さで降る可能性があり、時には雨から雪へ、雪から雨へと変化しながら降ることもある。雪が積もる場合もあれば、降るだけの場合もある。また、山沿いの一部以外は全て雨の場合もあれば、沿岸部まで雪がしっかり降る場合もある。
そういった「捉えどころのない」存在であるというのが実情と言えます。
南岸低気圧で降る「雪の量」・「予測」
南岸低気圧は「雪」が懸念される場合に使われることが多い用語ですが、仮に雪をもたらすとしても、低気圧の勢力やスピード、気温の状況などによって「降る量・積もる量」には大きな差が生じます。
積もらない程度の「降るだけの雪」・一瞬白くなる程度(雪化粧)の雪・数センチ程度の雪・10cm以上の雪・20cm以上の大雪・50cm以上の豪雪、地域の環境にもよりますが、よくある「積雪ゼロ」から積雪1m(2014年の事例)以上まで、南岸低気圧は「一度の通過」でかなり幅広い「降雪量」となる可能性を持つ存在です。
一般論として、「気温」に関わる内容にしても、「雪雲の広がり方(どこまで降るのか)」に関わる内容にしても、南岸低気圧に関する気象予測はかなり難しいとされており、近年でも予報が必ずしも当てはまらないようなケースもあるなど、いわゆるプロフェッショナルの方であっても「手こずる」日本の気象現象の中でも特にややこしい存在となっています。
そのため、実際にどのくらい降るか・積もるかはある程度予測はあっても「その時になってみないとわからない」側面があることも確かです。
近年の南岸低気圧に関する「主な事例」を見ても、予報が次第に変わったり、前日の予報の傾向から外れてしまったりすることは決して少ないとは言えず、「積もる・降る雪の量」を予測することがいかに難しいかがよく分かります。
2022年2月14日 | 気象庁により大雪が予測されていたものの、結果として東京都心は積雪せずに推移 |
2018年1月22日 | 当初から大雪の傾向が予測され、結果として予報を更に上回るような大雪(東京23cm)を観測 |
2014年2月14日 | 当初は雨の可能性が高いとされていたものの、次第に雪寄りの予報に変化し、結果東京27cm、甲府114cmといった記録的大雪・豪雪に |
2013年1月15日 | 気象庁は東京都心は「雨主体」と予報していたものの、結果として湿った重い雪がまとまって降り東京でも8cmの積雪に |
南岸低気圧で雪が降る「仕組み」
南岸低気圧が通過する際に降るものが「雪」となる要因は、非常に大まかに言えば「低気圧が引き込む『寒気』」によるものです。
低気圧は、一般論として北側には冷たい空気を、南側には暖かい空気を持っていますが、南岸低気圧の場合陸地より南側に低気圧の中心があることが基本ですので、「降る」時には「冷たい空気」の側となることが多くなります。
もちろん、「冷たい空気(寒気)」といっても色々で、雪になる寒気から雪・みぞれ・雨の境界を行き来するような寒気・「冷たい雨」で済む程度の寒気など、状況は様々ですが、通常広く言われている基準として「上空1,500m付近で-3~-4℃」未満の寒気が入り込むと、関東平野で南岸低気圧による雪が降りやすいとされています。
「寒気」というものは、ただ単にそこにある。というものではなく、地形の影響なども強く受けるものです。次項で述べる通り南岸低気圧による雪の頻度にはかなりの「地域差」がありますが、これは「寒気が入りやすい・溜まりやすい」地理的条件と、そうではない条件の差によるものです。
雪の頻度が多いとされる関東地方は、北側や西側にかなり標高の高い山地があることなど地形の影響でで、寒気が溜まる「滞留寒気」が生じやすいほか、北東側から冷たい空気が入りやすいという特徴を持つため、寒気の影響が限定的な近畿・東海・西日本の平地とは環境が全く異なっています。
南岸低気圧と「地域」
南岸低気圧は、一般に首都圏をはじめ日頃雪が少ない地域に、突然まとまった雪をもたらす可能性のある低気圧として知られています。
但し、各地域ごとに見た場合、雪の可能性や量、雪となる頻度はかなりの差が見られます。
太平洋側や内陸部の主な地域ごとに見た、南岸低気圧の過去の「傾向」は下記の通りです。
東北 | ・南岸低気圧が北西方向などに進む場合、福島・仙台方面でまとまった雪となる場合あり ・低気圧のコース上、「何も降らない」ケースも多い |
関東(首都圏) | ・南岸低気圧の影響を「頻度」として最も受けやすい地域 ・郊外で雪が少し積もるくらいであれば、ほぼ毎年観測 ・平均数年に1回程度、東京都心や横浜でもまとまった積雪が観測 ・頻繁に影響を受ける年は、数回積雪する場合も |
甲信 | ・積雪の頻度は首都圏の山間部と同じくらい多め ・山梨県は特に影響を受けやすい(雪雲が掛かりやすい) ・富士山麓(北側)一帯は南岸低気圧で最も積雪が多くなる地域 ・長野県は気温が低いため、降れば積雪の場合が多い |
東海 | ・中京圏の平地で積雪となる頻度は近畿と同等かやや多い程度 ・静岡市、浜松市など静岡県の海沿いの平地で積雪となることは「ほぼゼロ」 ・東三河の山間部、静岡市や浜松市の山間部、中津川や恵那方面などは一気に雪の頻度が増える |
近畿 | ・平地で積雪の場合もある一方、首都圏と比べると頻度はかなり少ない ・奈良や大津など内陸ではやや雪の可能性が上がる ・大阪、神戸、京都での積雪はかなりまれ ・低気圧の状況によっては、名阪国道沿いなど山間部で大雪のケースも |
四国 | ・平地で雪のケースはかなりまれ(特に高知・松山などは「ほぼゼロ」) ・四国山地一帯の標高の高い地域では、積雪がまとまるケースあり |
九州 | ・平地で雪のケースは極めて少ない ・但し、宮崎県や大分県の山間部では積雪がまとまるケースあり |
要するに、どの地域であっても山間部なども含めれば「雪の可能性」はあるものの、寒気の影響を受けやすい関東甲信を除いては、「平地」で雪となる可能性は一気に下がるということになります。
南岸低気圧の「影響・被害」
南岸低気圧で雪が降るエリアは、山間部のみならず関東の平野部・東京都心部といった「通常雪が余り降らない場所」を含んでいます。
そのため、実際に雪が降った場合には、「積雪の量」が少ない場合でも影響が大きくなりやすいという特徴があります。
例えば、当たり前といえばそれまでですが、東京の積雪3cmと、富山の積雪3cmであれば前者の方があらゆる面で影響が大きくなりやすいことは明らかです。
降る時間帯にもよりますが、朝は曇りで夕方から雪が積もるような場合、わずかな積雪でもマイカー通勤をした車の「帰宅」に大きな困難が出ることもあり、全くもってあなどれない存在です。首都圏は公共交通機関の利用が多いといっても、人口規模が極端に多いため、雪がひとたび積もれば道路交通に与える影響は甚大なものがあります。
転倒事故などもかなり多く、積もった後に「冬型の気圧配置」に変わって晴れた場合、夜間の冷え込みで路面の凍結が悪化し、特に多数の負傷者を出す場合があります。
その他の被害としては、さすがに一般の建物の倒壊などはほぼ見られませんが、大雪となった場合は山間部・郊外も含めカーポートや農業用ハウスなどに大きな被害を出すこともあります。場所によっては「1日で1m」程度の雪が降った2014年の「豪雪」では、山梨県内で農業用ハウスの過半数が倒壊するなど甚大な被害が発生しています。
南岸低気圧による「過去の大雪」
南岸低気圧により発生した「過去の大雪」事例は過去100年単位で見ると非常に多くなっています。
21世紀以降で最も有名な大雪の事例としては、2014年2月14~15日の「豪雪」があり、首都圏郊外でも50cm以上、山梨県内では1m以上の積雪となり、長期間交通がマヒするなど大きな影響が生じました。
2021年~ | 1回 |
2011年~2020年 | 3回 |
2001年~2010年 | 0回 |
1991年~2000年 | 5回 |
1981年~1990年 | 5回 |
1971年~1980年 | 2回 |
1961年~1970年 | 4回 |
一方で、東京で10cm以上の大雪となったような事例を見て行くと、長期的にはやや減少しているようにも見えます。都心部は気温上昇の影響も受けやすいため、その影響も大きいと考えられますが、関東全体を見た場合でも「南岸低気圧で積雪となる頻度」は、温暖化が進むとされる中で、少なくとも増加の傾向が見られないことは確かです。
ポイント・まとめ
【南岸低気圧の定義】用語としての厳密な「決まり・定義」はない
【時期】通常冬から春先・但し「雪」となれば時期は問わないため「11月・4月」の事例もあり
【ルート】日本列島(九州~関東)の南海上を進む・東北東に進むことが多い
【降るもの】雨、雪、みぞれなど様々・但し「どこかで雪が降る可能性」がない場合「南岸低気圧」の語は通常使われない
【雪の量】積もる場合、積もらない場合など様々・積もる場合もうっすら~山間部で最大1m以上まであらゆる可能性を持つ
【降る仕組み】「寒気」がある場合に雪となる・関東平野は寒気が溜まったり、入ったりしやすい環境
【地域】雪になりやすいのは「関東甲信」・九州など西日本でもまれに雪の場合あり
【影響・被害】関東では少しの雪でも道路交通等への影響大・転倒事故も・農業用ハウス等の被害も多い
【過去の大雪】かなり多くの事例あり・2014年は代表的な事例・長期的には積雪頻度は減少傾向