夏の札幌というと、そもそも気温が本州よりも低く、比較的過ごしやすい環境である特徴がある地域ですが、そんな「涼しい札幌」とされる環境の中でも、時には真夏日が連続する暑い年もあれば、涼しさが肌寒さに変わりそうなくらい気温が下がることもある「冷夏」年もあります。
こちらでは、札幌の「冷夏」というテーマに着目して、その要因や過去の具体的な冷夏年の状況などをデータに基づいて見ていきたいと思います。
冷夏の要因はほぼ例外なく「オホーツク海高気圧」
札幌・北海道で夏の気温が低くなる「冷夏」となる際に、その最大の要因となっている存在は、基本的に「オホーツク海高気圧」と呼ばれる冷たい空気を持った高気圧です。
この高気圧は、春から夏にかけて時折出現するもので、オホーツク海気団と呼ばれる「寒冷・多湿」な空気の塊で構成されています。
オホーツク海高気圧は、その名の通りオホーツク海付近に停滞することが多く、高気圧の特徴として中心方向から風が「吹き出す」というものがありますので、オホーツク海方面から北海道へ向かって冷たい空気がどんどん流れ込むことになり、その結果気温が大幅に下がってしまいます。
また、湿った気流を伴っているため、特に北海道のオホーツク海側ではその空気をもろに受け、どんよりと雲が広がり小雨・霧雨が降ったりするような悪天候が続くこともあります。
高気圧の影響による天候不順は、真夏というよりも6月などに「蝦夷梅雨」と呼ばれる現象として特に起きやすい傾向があります。
札幌はオホーツク海側に位置する訳ではなく日本海側の都市ですが、やはりこの高気圧が強まると、冷たい空気が流れ込み気温が下がってしまうほか、状況によっては天気が悪くなる場合もあります。但し、農作物に大きな被害をもたらす「やませ」で知られる東北地方と比べると、冷夏の際に雨が特別に多くなったり、晴れる日が極端に減ったりする傾向は見られません。
北海道の冷夏は、全体的には東北地方と比べた場合は「日照不足」よりも「気温の低さ」のみがよりはっきりしやすいタイプの冷夏と言えるでしょう。
冷夏が生じる条件
冷たい空気を伴った「オホーツク海高気圧」の影響で冷夏となることがある北海道・札幌ですが、オホーツク海高気圧の影響を受けやすい状況は一体どのような条件で生じるものなのでしょうか。
これについては、時期やより広い範囲の大気の状況に応じ微妙に異なるため、いつも同じ条件・パターンという訳ではありませんが、一定の典型的な条件というものがあります。
最も典型的なパターンは、太平洋高気圧の勢力が弱くなり、オホーツク海高気圧の勢力下に広く覆われるというものです。
太平洋高気圧がとても弱い状況というものは、これまでに例えば1993年・2003年などに起きており、オホーツク海高気圧の勢力が相対的に強くなり、梅雨前線・秋雨前線が長期間日本付近に掛かるパターンとなることで、北海道・札幌に限らず全国的な冷夏が発生します。
この場合、北海道・札幌一帯では、オホーツク海高気圧の勢力が強い余り、夏の空気との境目で発生する前線が掛からず(本州付近に停滞する)湿った気流も東北より南側により集中し、冷夏にありがちとされるぐずついた天気だけではなく、一部の時期ではすっきりとした秋晴れになることすらあります。
全国的な冷夏の年は、本州一帯の雨の多さ・日照時間不足が顕著となり、北海道・札幌はどちらかと言えば気温の低さ・雨の少なさが特徴になると言えるでしょう。
また、もう一つのパターンとしては、西日本などでは冷夏にならず普通の暑い夏となる一方で、東日本・北日本と北側へ行くほどに冷夏となる「北冷西暑」という冷夏のパターンがあります。
このパターンは、西日本が暑いということからも分かるように、太平洋高気圧・夏の空気が弱すぎる。とう状態ではなく、北日本や東日本一帯のみオホーツク海高気圧の影響が及ぶパターンです。
要因としては、西から東へと上空を流れる偏西風の向きが日本付近で蛇行し、オホーツク海高気圧が同じ場所で停滞しやすい状況となること、またその影響やシベリア一帯で高温となる影響で、上空に「ブロッキング高気圧」と呼ばれる強い高気圧が発生し、それがオホーツク海高気圧の動きを抑えることなどが挙げられます。
北冷西暑型の冷夏は、1998年・2002年などに発生しており、全国的な冷夏となる年と比べ、冷たい空気と暖かい空気の境目が北に上がりやすいため、北海道・札幌の雨量はやや多く、日照時間は少なくなる傾向が見られる年もありますが、年ごとのぶれが大きくはっきりした傾向は断定できません。
冷夏になるとどうなる?
冷夏となった場合、その影響は多岐に渡ります。札幌など都市部における日常生活としては、大冷夏となった年は真夏日になることがほぼなく、最高気温が20℃台前半に留まることが頻繁にあるため、半袖では肌寒く、真夏でも長袖が必要となる期間が長くなるなど、暑い年と異なった服装になるなど「体感できる変化」に見舞われます。
北海道全体で見た場合、農業が非常に盛んですので、気温が下がることで農作物への影響が懸念され、明治以降の北海道の農業史を見た場合、長年冷夏との闘いであったという側面もあります。
お米の作況指数(通常を100としてその年の収穫状況を表す数字)を見ると、大冷夏であった1993年の北海道は40、2003年の北海道は73と、いずれも大幅に低くなるなど甚大な影響が生じています。
なお、これらの大冷夏年は、北海道では気温こそ低くても晴れ間の多さは平年並み程度(日照時間は確保されていた)でしたので、真夏の気温が2℃ほど低くなるということが、各種の農作物の生育にどれほど大きな影響を与えるかが良く分かります。
他方、近年では寒冷地に強い品種への改良も進み、以前と比べると気温の低下に対し強靭な農業の体質も形成されつつあります。また、近年は冷夏が減少し、代わって猛暑や突発的な大雨・豪雨、降雪量の減少といった異なる気候変動による影響が多くなりつつある側面もあります。
依然として冷夏は、その発生時は大きな問題を引き起こしますが、それが最も大きな気候上の問題であったような時代ではなくなりつつあるのかもしれません。
【データから見る】過去の冷夏年の状況
過去に気象庁の区分において、北海道を含む北日本地域が「冷夏」と判断された年について、札幌の気象データを見てみると、以下のような状況となっています。
年 | 平均気温 | 平年比 | 降水量 | 平年比 | 日照時間 | 平年比 | 冷夏の区分 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
1992年 | 19.2℃ | -1.0℃ | 240.5mm | 86% | 459.5時間 | 89% | 全国的冷夏 |
1993年 | 18.2℃ | -2.0℃ | 169.5mm | 61% | 504.9時間 | 98% | 沖縄・奄美を除き大冷夏 |
1996年 | 19.0℃ | -1.2℃ | 203.0mm | 73% | 461.9時間 | 89% | 東日本・北日本のみ冷夏(北冷西暑) |
1997年 | 19.4℃ | -0.8℃ | 290.0mm | 104% | 484.0時間 | 94% | 全国的冷夏 |
1998年 | 19.0℃ | -1.2℃ | 242.5mm | 87% | 423.3時間 | 82% | 東日本で冷夏・北日本は大冷夏(北冷西暑) |
2001年 | 19.5℃ | -0.7℃ | 288.0mm | 104% | 525.5時間 | 102% | 北日本のみ冷夏(北冷西暑) |
2002年 | 18.8℃ | -1.4℃ | 295.0mm | 106% | 427.0時間 | 83% | 北日本のみ冷夏(北冷西暑) |
2003年 | 18.5℃ | -1.7℃ | 188.0mm | 68% | 555.9時間 | 108% | 沖縄・奄美を除き大冷夏 |
2008年 | 19.9℃ | -0.3℃ | 159.5mm | 57% | 528.6時間 | 102% | 北日本のみ冷夏(北冷西暑) |
2009年 | 19.6℃ | -0.7℃ | 300.5mm | 108% | 372.0時間 | 72% | 沖縄・奄美を除き冷夏 |
一覧で見て行くと、1990年代から平均2年に1回のペースで冷夏となっていたものが、2010年以降冷夏が突如消え、2021年に至るまで冷夏と判断された年はありません。
冷夏となっている年を見ると、先述した通り全国的な大冷夏となった年である1993年・2003年は、札幌では気温はかなり低いものの、雨は大幅に少なく、日照時間は平年並みかむしろ多くなっており、全国的な冷夏でイメージされやすい悪天候・日照不足とは異なる「秋らしい陽気」となっていることが伺えます。
一方で、北冷西暑型の年や、大冷夏ほどではない冷夏年では、年によるぶれが極端に大きいですが、雨量がやや多く日照時間が少ない年も見られます。
全体的に見ると、札幌における冷夏は、東北地方の冷夏のイメージのように「冷夏=晴れない」であるとか「冷夏=毎日曇り・雨」といったわかりやすい形ではその傾向をまとめにくい環境です。冷夏年によっても差が大きく、気温が低いというむしろ晴れ間が多く雨が少ない年も、逆に日照時間が少なく雨が多い年も、様々な特徴が出やすいと言えるでしょう。
冷夏が消えた?
先の項で近年の「冷夏の一覧」を見てきましたが、2009年を最後に2021年現在まで10年以上「冷夏」と判断されるような夏は北海道に訪れていません。
2010年以降は、気温が平年並みまたが平年より高い夏が概ね続いており、日照時間には目立った変化は見られませんが、冷夏があった時期と比べると、むしろ夏の雨量が「増えている」傾向があるなど、オホーツク海高気圧の影響というよりは、夏の空気と梅雨前線・秋雨前線・低気圧などの影響がよりはっきり出やすい気候へと変化しています。
当たり前のようにあった冷夏が、急速に減って来た理由は一般には地球温暖化による気候変動が一つの要因として挙げられますが、それだけではこれほど一気に減ることは説明しづらく、必ずしも解明されていない様々な地球規模の気候変動、一定の周期を持った環境の変化などが関係しているとも推測されます。