奈良の「水害・土砂災害」を考える(これまでの災害史から) | 奈良まちあるき風景紀行

奈良の「水害・土砂災害」を考える(これまでの災害史から)

奈良の基礎知識

奈良県は、一般的にはなんとなく「穏やか・ゆるやか」な地域というイメージを持たれる方が多いようですが、県内全体を見渡すと各地域ごとの環境は大きく異なります。

とりわけ文化ではなく「地理」的な条件から見て行くと、奈良は「水害」や「土砂災害」に関してはむしろ南部へ行くと多い傾向となり、荒々しい自然の脅威と隣り合わせの環境とも言える地域です。

こちらのページでは、そんな奈良県の「水害」や「土砂災害」の状況について、「災害史」の観点も含め、全体を見渡しながら解説していきたいと思います。

地域による環境が大きく異なる「奈良県」

奈良という場所は、県全体として見た場合、「平坦な土地」が広がるのは北西部の奈良盆地一帯のみとなっています。

残りの地域は北東部の大和高原、そして南部は紀伊山地(大峰・大台など)の分厚い山々がそびえ立っており、地理的な環境が極端に異なります。

とりわけ南部には標高2000m近い山々もあり、急峻な渓谷・断崖とも言える場所や流れの早い沢や河川等、荒々しい自然を感じさせる風景が一面に広がり、一般的な「可住地」ではないような地域が大半を占めます。

災害リスクという点で見た場合、県内のどこであっても災害リスクが「ない」場所はありませんが、現実的には南部の山岳地帯周辺が「土砂災害」との戦いを繰り返して来たとも言える大変条件の厳しい地域となっており、全国的に見ても「災害多発地帯」と言っても過言ではありません。

一方、奈良盆地エリアについては、大和川水系の氾濫が繰り返されて来た歴史はありますが、南部のような荒々しい土砂災害が起きやすい環境とは言えず、どちらかと言えば災害リスクに比較的無頓着な地域も多い状況です。

要するに奈良県は「北」と「南」で大雨・土砂災害・水害に関する歴史・意識・対策が大きく違うという特徴がある訳なのです。

奈良県内で発生した大水害の例

奈良では、小さなものも含めれば毎年のように何らかの土砂災害や浸水害が発生することはありますが、数十年に1度程度、極端な被害をもたらすような大水害が発生して来た歴史があります。

こちらでは明治以降の奈良県で発生した「3大水害」とも言える水害の概要を見て行きたいと思います。

1889年十津川大水害

発生日1889年(明治22年)8月18日~8月20日
被災エリア十津川村を中心とする南部の広範囲
被害状況死者250人程度・全壊や流出戸数は500棟以上・深層崩壊を含む大規模な土砂崩落が1000か所以上で発生

1889年(明治22年)の8月に発生した十津川大水害は、2011年の紀伊半島大水害と並び、奈良県南部地域に壊滅的な被害を及ぼした大水害です。1日の降水量は1000ミリを越えたとされています。

この被害では特に十津川村が極端な被害を受け、村民の生活基盤の大半が破壊された事から、現地での生活復旧を断念し、村民13000人程度のうち、2500人程度の人々が北海道の「新十津川」に移住するという結果となりました。

1982年大和川大水害

発生日1982年(昭和57年)7月31日~8月3日
被災エリア大和川流域・奈良県南東部の一部エリア
被害状況死者14人・行方不明2人、床上浸水・床下浸水は1万棟以上

1982年の大和川大水害は、南部のみならず奈良盆地一帯を襲った最大規模の水害です。その名の通り大和川水系の各所で氾濫が発生し、とりわけ西和地域の拠点である王寺駅周辺がかなりの深さまで浸水し、大量の鉄道車両が廃車となる等、都市インフラへの影響も大きな水害でした。

2011年紀伊半島大水害

発生日2011年(平成23年)8月30日~9月4日
被災エリア奈良県南部のほぼ全域
被害状況死者15人・行方不明9人(奈良県内)、全壊及び半壊130棟程度
深層崩壊16か所をはじめ、数千か所で土砂災害が発生

2011年の紀伊半島大水害は、速度の遅い台風11号の影響で数日間に渡り降り続いた大雨によって、奈良県南部に壊滅的な被害をもたらしました。総降水量は1500~2000ミリ以上に及んだ場所も多く、明治の十津川大水害以来の被害となり、人的被害も多数発生しました。

南部の各地では、山の形が変わってしまう程の土砂崩れ(深層崩壊)が各地で発生し、川をせきとめて土砂ダムが生じたり、道路が寸断される等の物理的な被害も大きく、復旧・二次的な被害を防ぐための工事がその後長期間に渡り実施されました。

奈良市内の状況は?

奈良市内については、土砂災害との戦いとも言える紀伊山地の厳しい環境とは異なり、大雨に伴う「災害」の発生は歴史記録を見ても、極端に多いとまでは言えません。

しかしながら、1953年には佐保川が氾濫し法蓮町周辺の広い範囲が浸水したり、1965年にも佐保川・岩井川一帯で氾濫が発生したりする等、100年の歴史を見れば数回程度「一定以上の被害」が発生している事例もあります(紀伊半島大水害のように、多数の死傷者が出る水害は記録されていません)。

また、河川については奈良県の治水対策は大河川である大和川一帯に集中しており、奈良市内の佐保川(上流域にあたる)も含め、市内を流れる河川では根本的な洪水対策が出来ているとは言い難い側面があります。昭和の洪水以降、佐保川流域で根本的な改善策が取られたとは言えず、決して「洪水とは無縁」とは言えません。

近年でも、例えば秋篠川流域の一部や市内南部の一部水路、JR奈良駅の高架下スーパー周辺等、地形の特性から雨に弱い場所では、短時間の大雨(夏の夕立も含む)ですぐに小規模な浸水が発生する事が常態化している場所もあり、災害が少な目である=根本的な治水・排水機能の整備には消極的なことが、かえって「ちょっとした雨」へのリスクへの弱さを露呈している側面もあります。

浸水ではなく「土砂災害」のリスクという観点から見ると、奈良市の東部は山間部(大和高原)となっており、人家のあるエリアも含め傾斜地が多い為、多数の「土砂災害警戒区域(一部は特別警戒区域)」が設定されています。一方で市内西部の郊外から奈良駅周辺については、ごく一部を除き警戒指定はなされていません。

土砂災害については、小規模なものは大雨の度に発生していますが、人的被害を及ぼすような大災害は奈良市内では記録に残るものは近年ありません。しかし、山間部に近い場所を中心に注意は必要です。

まとめ

奈良県の「水害」・「土砂災害」を巡る環境は、急峻な山岳地帯であり、土砂災害が頻発してきた南部エリアと、南部程の過酷な自然環境ではない盆地エリアに概ね二分されます。なお、奈良盆地一帯については土砂災害は少な目である一方、「大和川水系」の水害が時折発生して来た歴史があり、リスクがゼロの場所はありません。

明治以降の歴史を振り返ると、1889年の十津川大水害・1982年の大和川大水害・2011年の紀伊半島大水害の3大水害が特に大きな被害をもたらしており、特に十津川大水害・紀伊半島大水害では地域の風景が一変したりする程の壊滅的な被害が発生しています。

「奈良市」に限って見ると、土砂災害・水害ともに頻度が高いとは言えませんが、佐保川上流域等が氾濫した歴史があり、それ以降も根本的な治水が行われて来たとは言えませんので「一定のリスク」は常に存在します。また、地域の排水環境が悪い場所も多い為、毎年のように夏の夕立レベルで冠水する場所が複数ある等、はっきり言えば「雨に弱い都市」となっています。