奈良を「気象」というテーマから見て行く場合、どうしても「盆地」ということもあり「穏やかなイメージ」で片づけられる場合が目立ちます。一方で、本来の奈良県は地域によって自然の条件が極端に違い、気候も様々な特徴があるなど一概には穏やかとは言えません。
こちらでは、一見イメージの薄い「奈良の台風事情」について、過去の被害なども見ながら考えていきたいと思います。
奈良は「内陸だから」と侮るなかれ
奈良県内は、基本的には「内陸県」であるということから、一般的な理解としては「台風の被害」を受けにくいというイメージを持たれている傾向があります。
一方で、後述するように奈良県には時折大きな被害をもたらす台風が来襲しており、台風被害とは無縁と言えません。
奈良県については、内陸部であることから「風」への備えは必ずしも重要視されているとは言えず、例えば台風が来る事を想定して暴風対策をしている沿岸部や九州・沖縄の一部地域のような備えはほとんどありません。
また、台風は「風台風」のみならず「雨台風」となるケースも多々あります。奈良県内で大雨となるケースについては、半数以上で台風が絡んでおり、台風が真上を通過しない場合でも「雨」による甚大な被害が生じる事があります。
紀伊半島一帯は台風常襲地帯
そもそも、奈良県も含む紀伊半島エリアは、台風の来襲頻度は決して低い場所ではありません。日本の場合は北東北や北海道・北陸といったややリスクが低い場所を除き、全国どこを見ても台風の接近・上陸頻度は高くなっていますが、紀伊半島の場合比較的発達した台風が接近・上陸したりするケースが多々見られます。
戦後大きな被害をもたらした台風の代表格である「伊勢湾台風」・「第二室戸台風」・「2018年台風18号」等はいずれも紀伊半島に直撃したり、紀伊水道から大阪湾に抜けたりと、奈良県に大きな影響を及ぼすルートを通っています。
台風被害といっても様々
台風の被害は単に「台風の勢力」だけではなく、風の場合は台風のスピードや微妙な進路の差、雨の場合はスピードに加え前線を刺激する度合いや台風本体の雨雲のまとまり方や流れ込み方など、様々な要因が重なり合って生じます。
例えば2011年の紀伊半島大水害は、台風の勢力自体はそれほど強い訳ではなかったものの、ノロノロ台風が長時間同じ場所に豪雨をもたらしたことで、極端な大災害になりました。
また、1961年の第二室戸台風は、勢力の強さや暴風の被害は過去に類を見ないレベルでしたが、雨自体は平均的な台風と比べても少なく、風の被害に特化した台風となっています。
雨については、県南部と県北部での降水量の差も極端で(例:南部は数日で1000ミリ前後、北部は少ない場所で100ミリ前後ということもある)、災害が起こるレベルの降水量も全く違います(南部は1日300mm以上にも状況によっては耐えることがあるが、北部は1日200ミリも降れば災害クラス)。
一概に「台風」とか「大雨」と言ってみても、その台風の性質や地域ごとに被害をもたらす度合いや条件はかなり異なります。特に奈良県の場合、地域ごとの自然環境が大きく異なるため「奈良の~」という括り方で気象について議論するのは、ややリスクのある方法でもあります。
奈良に大きな被害をもたらした台風は?
伊勢湾台風
最低気圧:950.7ヘクトパスカル(奈良地方気象台)
戦後を代表する台風としては、伊勢湾一帯に高潮で甚大な被害をもたらした伊勢湾台風が挙げられます。こちらは勢力が弱まらないままに紀伊半島周辺を直撃し、奈良県内では大雨に伴う山津波や土石流などにより、100人程度の死者・行方不明者を出すなど大きな被害をもたらしました。
第二室戸台風
最低気圧:946.5ヘクトパスカル(奈良地方気象台・過去最低気圧)
最大瞬間風速:42.4m/s(奈良地方気象台)※途中で風速計故障のため、実際の風速は更に強いと推定
戦後を代表する風の被害としては、1961年に大阪湾周辺を930ヘクトパスカル台という記録的な勢力で通過した第二室戸台風が挙げられます。この台風は奈良市内などでは雨はほんの少ししか降らなかった一方で、記録的な暴風をもたらしました。
こちらでは奈良地方気象台の風速計が途中で故障したため、本来の風速が計測されておらず、実際には気象台の歴史上で最も強い風が吹いたものと推定されます。人的被害は雨の被害が少ないため伊勢湾台風よりも大幅に少なくなりましたが、1万棟を越える建物などで被害が生じるなど、物的損害は非常に大きなものでした。
1998年台風7号
最大瞬間風速:37.6m/s(奈良地方気象台)・59.5m/s(西葛城消防組合消防本部)
奈良県の南部だけではなく、北部も含めて大きな被害をもたらした近年の台風としては、1998年(平成9年)の7号台風が挙げられます。
この台風は勢力は960ヘクトパスカルと、強いながらも一般的な勢力でしたが、非常にスピードが速かったことで見た目の勢力以上の暴風をもたらしました。
風速は奈良地方気象台(当時は風が弱く観測されやすい条件)でも最大瞬間風速37.6m/s秒と記録的な風が吹いたほか、各消防本部の観測ではそれ以上の風が吹き、一部では60m/s近い暴風が観測された場所もありました。
風によって県内各地では倒木や建物被害、電柱の倒壊なども続出し、室生寺の五重塔が大規模損壊するなど文化財の被害も多くなりました。
2011年台風12号(紀伊半島大水害)
期間降水量:1814.5ミリ(上北山アメダス)・1358.5ミリ(風屋アメダス)・2436ミリ(国交省大台ケ原観測点)
2011年の台風12号では、雨台風として県南部の多い場所で数日で2000ミリ前後に及ぶ降水量となり、100年に1度クラスの大雨をもたらしました。被害は甚大で各所で土砂崩れや土石流のみならず、山自体が崩れ落ちる山体崩壊が発生し、せきとめ湖が発生してその対応に追われることになったほか、上空から見ても地形が大きく変わるほどの被害となりました。
土砂災害は一部では人家を押し流し、五條市大塔町宇井地区や十津川村野尻地区、長殿地区や天川村などで人的被害が発生しました。
なお、この台風は勢力自体はそれほど強くはなく、風の被害はほぼ一切ありませんでした。しかし前線を刺激し、台風のスピードも異常に遅かったことで台風本体の雨雲も掛かり続けたことから、とてつもない被害をもたらした台風として知られています。
まとめ
奈良県は、一見すると内陸部のため台風被害が少ない地域と誤解されがちですが、必ずしもそうではありません。
奈良県を含む紀伊半島一帯は「台風常襲地帯」とも言える地域であり、台風が来ることは珍しくありません。
台風は暴風をもたらす台風、大雨をもたらす台風、いずれの被害ももたらす台風など様々なパターンがあり、様々な条件や地域の特性によって影響の受け方・被害も異なります。
奈良県に被害をもたらした戦後の主な台風としては、1959年の伊勢湾台風・1961年の第二室戸台風・1998年の7号台風・2011年の12号台風(紀伊半島大水害)などがあります。