【勝軍地蔵尊(福智院)】甲冑を身に着け馬に跨ったお姿の珍しいお地蔵さま

観光のご案内 福智院「勝軍地蔵尊」は、巨大な地蔵菩薩の存在で知られる福智院の山門を入ってすぐの位置にある小さな地蔵尊です。 お祀りされている「勝軍地蔵」は、一般的には地蔵信仰が道祖神と習合した結果生み出され、鎌倉期以降に … Continued

【唐招提寺地蔵堂】毎年地蔵盆の時期のみ公開される地蔵菩薩立像を安置する空間

観光のご案内 唐招提寺「地蔵堂」は、唐招提寺境内の北側、開山堂・中興堂・御影堂などのすぐそばの位置にある小さなお堂です。 この地蔵堂は、お堂自体は簡素なものでありかつ基本的には公開されている建物ではありませんが、8月23 … Continued

【西大寺鐘楼】豪華な雰囲気を感じさせる「多田院」ゆかりの建築

観光のご案内 西大寺の「鐘楼」は、奈良・西大寺の本堂の南側、「東塔跡」を挟んですぐの位置にある立派な建物です。 鐘楼の建物は規模自体は一般的なお寺の鐘楼とそれほど変わりありませんが、軒下などに三手先の組物と呼ばれる建築様 … Continued

【井栗神社(春日大社)】本殿近くに祀られる「安産の神様」

観光のご案内 井栗神社は、春日大社本殿のすぐ南側に鎮座する境内末社の一つです。本殿特別参拝を行う際にまず最初にその前を通る(受付の裏手にあるので見落としやすい神社となっています)ことになる神社は、ご祭神としては高御産霊大 … Continued

【醍醐井戸(唐招提寺)】お寺の創建時に鑑真和上が掘ったと伝わる古井戸

観光のご案内 唐招提寺「醍醐井戸」は、唐招提寺境内の北西側、夏になると「蓮」が美しく咲き誇ることで知られる本坊周辺にひっそりと佇む古井戸です。 井戸は奈良時代に唐招提寺が創建される際に創建者である鑑真和上が自ら掘った井戸 … Continued

【元興寺講堂跡礎石】奈良時代の面影を今に伝える巨大な礎石

観光のご案内 元興寺講堂跡礎石は、元興寺本堂(極楽堂)の南側すぐ、また数多くの文化財が展示されている法輪館(総合収蔵庫)の北側すぐの空間に並べられた直径が1メートルを超える巨大な奈良時代からの「礎石」です。 この礎石は、 … Continued

【新薬師寺鐘楼】元興寺ゆかりとも言われる梵鐘を吊り下げる美しい鐘楼

観光のご案内 新薬師寺の鐘楼は、境内南東側、南門を入ってすぐ右手に見える比較的大きな鐘楼です。 鐘楼は下部が「袴腰」と呼ばれる広がりのある形式となっており、袴腰の部分は木材が露出せずに漆喰で美しく塗り固められているという … Continued

【法華寺横笛堂】『平家物語』ゆかりの法華寺境内最古の建築

観光のご案内 法華寺「横笛堂」は法華寺境内の南東側、拝観受付の裏手すぐの位置にある小さなお堂です。法華寺の建築は桃山時代末に豊臣秀頼・淀君の寄進で復興された時点以降のものが多くなっていますが、この横笛堂に関しては、重源や … Continued

【海龍王寺経蔵】「雪柳」の咲き誇る空間に浮かび上がる鎌倉時代からの建築

観光のご案内 海龍王寺「経蔵」は、光明皇后ゆかりの十一面観音菩薩で知られる海龍王寺の境内南側に位置する小さな寄棟造・高床式の蔵です。 重要文化財に指定されている建物は、海龍王寺が叡尊上人の力によって復興が図られた時期であ … Continued

【法華寺護摩堂】真新しいお堂の周囲には美しい花しょうぶが咲き誇る

観光のご案内 法華寺「護摩堂」は、法華寺本堂の南東側すぐの位置にある真新しいお堂であり、室町時代に失われたとされるものを、平成17年(2005年)に再び建立したものとなっています。 護摩堂はその内部には不動明王坐像が祀ら … Continued

【法華寺慈光殿】国宝「絹本着色阿弥陀三尊および童子像」などがご覧頂ける収蔵庫

観光のご案内 法華寺「慈光殿」は、法華寺の本堂の南西側すぐの位置にある建物で、歴史的建造物ではなく、法華寺の所蔵する文化財の収蔵庫として用いられています。 この建物は毎年秋の正倉院展の期間に合わせて本堂の本尊十一面観音菩 … Continued

【白毫寺御影堂】江戸時代の白毫寺復興に尽力した「空慶上人」の坐像をお祀りする

観光のご案内 白毫寺「御影堂」は、花の寺「白毫寺」の本堂の北東側すぐの場所に位置するごく小さなお堂です。お堂は基本的に立ち入ることは出来ませんが、格子越しに内部の様子をうかがうことが出来るようになっており、堂内には江戸時 … Continued

【霊山寺鐘楼】室町時代に建立された奈良でも指折りの「優美な鐘楼」

観光のご案内 霊山寺「鐘楼」は、バラ庭園で有名な「霊山寺」の本堂の南東側すぐの位置にある重要文化財に指定されている鐘楼であり、室町時代に建てられたものが現在も残されています。 鐘楼は下の部分が「袴腰」と呼ばれる末広がりに … Continued

【大安寺の「竹林(いのちの小径)」】光仁天皇の生涯に思いをはせる涼やかな空間

観光のご案内 大安寺境内、本堂の南東側すぐの位置には奈良のお寺としては珍しく境内に立派な「竹林」が広がっています。現在は「いのちの小径」として小さな散策ルート・石碑なども整備された空間は、本堂や山門を竹林の中から望むとい … Continued

【霊山寺奥の院】長い山道を進んだ先の谷筋に静かにお祀りされる「霊山寺の守護神」

観光のご案内 霊山寺「奥の院」はバラで有名な「霊山寺」の境内、本堂や三重塔などが設けられているお寺の中心部からは1キロ程度離れた山の中に単独で設けられている小さなお堂などのある空間です。歴史は古く、かつて弘法大師が霊山寺 … Continued

【招魂社(氷室神社)】西南戦争以下の戦没者等をお祀りする境内社

観光のご案内 氷室神社「招魂社」は氷室神社の境内西側、駐車場脇にある境内社の一つであり、氏子の祖先の霊をお祀りする神社として明治10年に創建されました。以降は西南戦争以下の戦没者をお祀りするようにもなり現在に至ります。 … Continued

【元興寺小子房】僧坊の一部や庫裏など時代ごとに様々な役割を有してきた建築

観光のご案内 元興寺「小子坊(しょうしぼう)」は、元興寺境内の南側、浮図田の近くにある現在は拝観者などの休憩スペースとして用いられている建物(県指定文化財)です。 建物の歴史はやや複雑で、そのルーツを奈良時代に境内が整備 … Continued

【白毫寺地蔵十王石仏】実に穏やかな表情のお地蔵さまは光背に地獄の「十王」が描かれる

観光のご案内 白毫寺「地蔵十王石仏」は、白毫寺の本堂の北東側、「宝蔵」の東側すぐの位置にある高さ130センチほどのお地蔵さまです。 室町時代に造立されたと考えられるお地蔵さまは、右手で阿弥陀の来迎印を結ぶ「矢田型」と呼ば … Continued

【喜光寺行基堂】「経年の美」をも再現した真新しい行基菩薩坐像を安置する空間

観光のご案内 喜光寺行基堂は、喜光寺の開基(創建者)行基菩薩を祀るために平成26年(2014年)に建立された大変真新しいお堂です。 堂内にはこちらも新しい平成11年(1999年)に造立された行基菩薩坐像が安置されており、 … Continued

【般若寺笠塔婆】宋にルーツを持つ石工が生み出した供養塔

観光のご案内 経蔵の近くには、どこか異国情緒を感じさせる石塔である「笠塔婆(かさとうば)」が建っています。笠塔婆形式の石塔としては日本最古とも言われるこの塔は中国からの渡来人であり奈良に存在するその他の石仏の造立などにも … Continued

【二月堂湯屋】修二会において実際に僧侶らが利用する「お風呂」

観光のご案内 二月堂湯屋は、二月堂の「裏参道」の終点付近にあり、二月堂へと登る「登廊」、修二会(お水取り)において儀式を執り行う「練行衆」と呼ばれる僧侶らの寝る場所である「参籠所」、また練行衆が食事をする空間である「食堂 … Continued

【鏡池(氷室神社)】桜に囲まれた水辺はスイレンが美しい

観光のご案内 氷室神社「鏡池」は氷室神社境内の南側、市内循環バスの通る道沿いに広がる小さな水辺です。池は春になると桜に囲まれ、夏には美しいスイレンの花が水面に咲き誇るなど季節ごとに美しい表情を見せる「オアシス」的存在とな … Continued

【かえる石(元興寺)】かつては秀吉の「お気に入りの石」として大阪城に置かれた奇石

観光のご案内 元興寺の「かえる石(蛙石)」は、元興寺境内の北側、本堂の裏手にひっそりと佇む「かえる」の形をした巨石です。 この石は、昭和期に元興寺に移されてきた歴史を有していますが、元々は「大阪城」の敷地に長らくあったも … Continued

【旧肘塚不動堂石造物】「元興寺」の山門近くで拝観者をお迎えする石仏たち

観光のご案内 旧肘塚不動堂石造物(きゅうかいのづかふどうどうせきぞうぶつ)は、ならまちエリアの世界遺産「元興寺」の拝観受付などのある空間、山門の南側すぐの位置にある石仏・石碑群です。 比較的多数並べられた石仏・石碑は、必 … Continued

【興福寺曼荼羅石(十輪院)】かつての「興福寺境内」の様子が描かれた大変ユニークな図像

観光のご案内 十輪院「興福寺曼荼羅石」は、ならまちにある「十輪院」の境内の南東端に位置するユニークな石造物です。 曼荼羅石は立派な覆屋で覆われているためにご覧いただけない場合も多くなっていますが、覆屋内部で保存されている … Continued

【興福寺南大門跡】かつて平城京「朱雀門」等に匹敵する規模の門があった空間

観光のご案内 興福寺南大門跡は、興福寺境内の南側、平成30年完成の「中金堂」の真正面に位置する空間です。 南大門は中金堂などと同様、奈良時代の創建後何度も被災と再建を重ねてきた歴史を持っていますが、江戸時代中頃の1717 … Continued