東大寺二月堂

【東大寺二月堂】「修二会(お水取り)」で有名な空間では奈良屈指の「眺望」も味わえる

ごあんない

場所・基本情報

東大寺二月堂(にがつどう)は、東大寺大仏殿などのあるエリアからは少し離れた、東大寺の北東部に位置する大規模な国宝の仏堂で、火の粉を散らす「お水取り」で全国的に有名な存在となっており、東大寺境内では大仏殿に次ぐ人気観光スポットとなっています。

近隣には三月堂や四月堂もある中で、「二月堂」に「二月」という名が付けられている理由は、お水取りが旧暦の2月に行われることに由来しています。本尊としては堂内に2体の大観音、小観音と言われる十一面観音像が安置されていると言われていますが、絶対的な秘仏とされており、その姿を一般の方が目にすることは出来ません。

歴史

東大寺を代表する仏堂である二月堂の歴史としては、修二会(お水取り)の創始奈良時代中頃の「752年」にまでさかのぼると言われており、二月堂本体の正確な建立年代は不詳ですが、その時期に同じく創建されたものと考えられています。なお、修二会の創始者「実忠」と呼ばれる、東大寺創建に深く関わった「良弁」僧正の高弟となっています。

その後は大仏殿をはじめとする多くの建造物が焼失した、平重衡の兵火(南都焼討)や松永久秀の東大寺大仏殿の戦いなど苦難の歴史の中では焼損を免れましたが、江戸時代の1667年、お水取りの最中に起きた火災により焼失し、奈良時代からの建築は失われることになりました。

現在の二月堂は焼失後すぐに徳川家の支援も受けながら再建が行われ、1669年に復興されたものとなっています。

建築様式

山麓に建ち、市街地を眺める位置にある二月堂の存在は、しばしば同じようなロケーションを持つ京都の清水寺と対比されることがあります。

実際にこのような眺めの良い、斜面に突き出した独特の建築様式は、懸造と呼ばれ、二月堂のほか、清水寺、石山寺、長谷寺といった斜面に面し、また観音様を本尊とする寺院に共通して見られる様式となっています。

規模としては正面(間口)が7間、奥行きが10間となっており、垂直部分の高さを考慮しなければ、清水寺に匹敵するような規模を持っています。なお、内部については基本的に一般の観光客は一切立ち入ることが出来ませんが、3間×3間の内陣の他にも小部屋などで区切られた複雑な構造となっており、その中で「修二会」の主役である「練行衆」らが様々な祈祷、修行を行っています。

「お水取り」について

「二月堂」という存在を象徴するものと言えば、全国ニュースなどでもしばしば取り上げられる「お水取り(修二会)」と呼ばれる行事がその代表的な存在となっています。

「お水取り」は、2月ごろから準備がはじまり、一般の観光客向けの「お松明」を用いる行事は毎年3月1日から3月14日まで2週間に渡り行われ、正式には「修二会」と呼ばれます。修二会は、練行衆(れんぎょうしゅう)という選抜された11名の僧が執り行う複雑な過程、由来を持つ法要がその主たる内容となっています。一般的に有名な火の粉が飛び交う行事は、練行衆を先導する童子が振りかざす松明から火の粉を散らす3月の期間中毎日行われる「おたいまつ」と、修二会のクライマックスに行われる「達陀」において、練行衆が自ら松明を振りかざす儀式があり、「お水取り」の名の由来である「水取」は、二月堂前にある井戸、若狭井から水を汲み、十一面観音に捧げる儀式となっています。

絶対秘仏「十一面観音像」

さて、二月堂のご本尊としては、「大観音」・「小観音」の2体の十一面観音像を安置しており、これは「秘仏」ではなく、「絶対秘仏」となっています。

「絶対」ということはどういうことかというと、「修二会(お水取り)」の行事を最前線で行う「練行衆」と呼ばれる僧侶たちですらその姿を見ることが出来ないということであり、現在生きている人でこの秘仏を見た人はまずいないということにもなります。ちなみに、修二会の期間中は、3月1日から7日までが「大観音」が本尊として、8日から14日までは「小観音」が本尊として扱われるという独特の決まりが設けられています。

そのため、どのような仏像でいらっしゃるのかを知ることはおろか、その存在すら信じることでしか確かめようがないということになりますが、唯一の「証拠」として、東大寺ミュージアムにおいて、十一面観音像の「光背」だけは見学して頂けるようになっています。また、中世頃までは現在ほど厳格な秘仏ではなかったようで、「図像」として描かれたものが古文書として残されたりもしています。

周辺にも数多くの関連スポットを持つ

二月堂は「修二会」に用いられる東大寺の最重要施設の一つでもあることから、二月堂本体と深いかかわりを持つ「付属施設」や神社なども周辺に多数あることが特徴になっています。

具体的には二月堂周辺には参籠所、賓頭盧尊者(ぴんずるそんじゃ)像及び訶梨帝母(かりていも、鬼子母神)像を安置する食堂、「お水取り」で霊水として用いられる「若狭井」を覆う閼伽井屋、お供え物を調理したりする場所である仏餉屋、また湯屋などが設けられており、「修二会(お水取り)」を遂行するための様々な設備が完備された状態になっています。

このほか、近隣には鎮守社である興成神社(こうじょうじんじゃ)、遠敷神社(おにゅうじんじゃ)、飯道神社(はんどう・いいみちじんじゃ)があり、二月堂の西側正面には文楽や歌舞伎の演目として題材となった「良弁杉」もそびえ立っています。

参拝・見学は無料かつ24時間可能!

以上のように、深い歴史と数多くのみどころのある二月堂ですが、このお堂はそもそも内部が拝観できないこともあり、舞台などの外側の部分は24時間見学可能となっています。また、舞台からは大仏殿や奈良市街、生駒山方面への大パノラマが広がり、朝のすがすがしい風景から、夕焼け、夜景まで、あらゆる時間の眺めを楽しむことが可能です。二月堂は有名な観光スポットとして観光客の姿は絶えませんが、人でごった返すことは行事の時を除いて少ないため、特に早朝などに訪れると、大変静かな風情を味わうことが可能です。

東大寺二月堂周辺のみどころ・風景

二月堂前の広場・石段周辺

東大寺二月堂

二月堂に登るには、北側の「登廊」と南側の石段の二通りのアクセスルートがあり、このうち南側の石段周辺は比較的広々とした空間となっており、二月堂の堂々たる全体像を一望して頂ける場所になっています。

石段の近くには多数の石灯籠も並べられており、燈籠の隙間から望む二月堂は実に風情あるものとなっています。

石段付近からは、二月堂の舞台を下から見上げるダイナミックな風景をご覧いただけます。二月堂の舞台の高さは、「清水の舞台から飛び降りる」ほどの垂直方向のスケールはありませんが、それ故に建物全体から均整の取れた美しさが感じられるものになっています。

石段の近くには手水舎が設けられていますが、石段を登った先には一層豪華な手水舎も設けられています。

三月堂と隣り合わせの位置にある小さな門。門自体は周辺に建つそれ以外の建築の存在感が強いために比較的地味な雰囲気を漂わせています。

南側の石段付近には「龍王の滝」と呼ばれる小さな水の流れがあり、行場のような独特の風景を生み出す空間となっています。

【龍王の滝】二月堂近くにある小さな小さな水の流れ

南側広場・手水舎周辺

石段を登ると、二月堂本体の建つエリアに入ります。石段を登った南側には小さな広場が広がっており、御守りの販売や御朱印の授与が行われているスペースも設けられています。

二月堂近くから大仏殿方面を望む風景

広場の東側、「飯道神社」に向けて登る石段の上からは大仏殿の背景になだらかな生駒山を望む風景が広がります。特に夕方は日差しの加減により、黄昏時にかけて言葉には言い表せないような穏やかな風情が広がります。

二月堂の手水舎

広場の東側、飯道神社へ登る石段の脇には重厚感ある手水舎が設けられています。なお、「このみずはのめます」と記されていることから、飲用可能なお水となっています。

【二月堂手水舎】参拝者を清める場は思いのほかの豪華な佇まい

二月堂の「舞台」

二月堂の「舞台」

広場の西側には、二月堂の「舞台」が広がります。日中は観光客たちが舞台の上で思い思いの時間を過ごし、写真撮影をする方も大勢おられます。

二月堂から見る奈良の夕焼け

【二月堂「舞台」】奈良で一番美しい眺めをしみじみと味わえる贅沢な空間

二月堂の「裏側」

二月堂の周囲は、四方を見学することが出来るようになっており、人通りはまばらですが、山側にあたるお堂の「裏側」を歩くことも出来ます。

壁面には、様々な絵柄の奉納されたと思われる巨大な絵馬が飾られています。

登廊

二月堂「登廊」

二月堂の北側にある屋根の付いた石段は、「登廊」と呼ばれ二月堂本体と参籠所・食堂方面を結ぶルートとなっています。お水取りの際には、この登廊を松明を持った練行衆らが駆け上る姿を見ることが出来ます。

【二月堂登廊】「修二会」でお松明を持った童子に先導された「練行衆」らが登る石段

裏参道

二月堂を語る上で外せない存在と言えば「裏参道」。「大仏池」方面から真っすぐ伸びる石畳を進んでいくと、最終的には重厚な二月堂の建物に突き当たる道である「裏参道」は、奈良で最も風情ある風景の一つといっても過言ではありません。

【二月堂裏参道】土塀に囲まれた美しく静かな「石畳」の道

良弁杉

月堂の正面に堂々とそびえ立つ巨大な杉の木。こちらは「良弁杉」と呼ばれ、東大寺初代別当である「良弁」僧正が小さなころに、トンビにさらわれた後、この木に引っかかっていたところを救助されたエピソードに由来しています(現在の木は4代目)。

【二月堂良弁杉】東大寺初代別当ゆかりの杉の巨木は二月堂の正面に堂々とそびえ立つ

閼伽井屋

閼伽井屋(東大寺二月堂)

良弁杉の近くには、「閼伽井屋」と呼ばれる小さな建物があり、こちらは「お水取り」の行事でまさに「水を取る」場所である「若狭井」という神聖な井戸を厳重に保護する建物となっており、内部は一切見ることが出来ません。

なお、「お水取り」は、若狭国の「遠敷明神」由来の儀式であり、現在でも福井県小浜市から「お水送り」という儀式で送られた水が、10日ほどしてこの若狭井にやってくるというユニークな前提の下行われる儀式となっています。

【二月堂閼伽井屋】お水取り儀式の舞台となる「若狭井」のある神秘的空間

参籠所・食堂

「登廊」の下にある「参籠所」及び「食堂」の建物。登廊から伸びる通路を境に南側が食堂となっており、食堂には賓頭盧尊者像(ぴんずるそんじゃ)及び訶梨帝母像(かりていも・鬼子母神)がお祀りされています。

【二月堂参籠所・食堂】「練行衆」らが寝泊まり・食事をする空間

湯屋

食堂などの西側正面にあるのは、「湯屋」。こちらは江戸時代の建物となっており、その名の通り「修二会」では練行衆たちが体を清める場所として用いられています。

【二月堂湯屋】修二会において実際に僧侶らが利用する「お風呂」

お松明の「竹」

二月堂・お松明の竹

二月堂の代表的行事「お水取り」の前になると、お水取りの松明で使用される竹が京都府などから集められ、二月堂周辺に設置されます。

二月堂鎮守社

遠敷神社

二月堂には「鎮守神」が3社設けられており、二月堂北東側の斜面には「お水取り」に登場する「遠敷明神」をお祀りする「遠敷神社」が設けられています。

【遠敷神社(東大寺)】「お水取り」の由緒に深い関わりを持つ若狭国ゆかりの神社

飯道神社

二月堂の南東側にある手水舎の脇にある石段を登った先には、東大寺建立の際に大量の木材を現在の滋賀県、甲賀エリアから調達したことに由来し、甲賀にある「飯道神社」を総本社とする小さな「飯道神社」が設けられています。

【飯道神社(東大寺)】眺めの良さも魅力の「甲賀国」ゆかりの二月堂鎮守社

興成神社

二月堂の正面、「良弁杉」のすぐそばには、閼伽井屋にある「若狭井」から水が湧き始める際に「鵜」が地面を突き破って出て来たというエピソードに由来し、その「鵜」をお祀りする神社として設けられた「興成神社」があります。

【興成神社】「良弁杉」のすぐ近くにある二月堂鎮守神の一つ

その他風景

アクセス

各駅からのアクセス

奈良交通バス

・JR、近鉄奈良駅から「市内循環外回り」・「中循環外回り(近鉄奈良駅からのみ)」・「山村町」・「藤原台」・「鹿野園町」・「奈良佐保短期大学」行き乗車、「東大寺大仏殿・春日大社前」バス停下車、北東に徒歩15分または「春日大社本殿」行き乗車、「東大寺大仏殿」バス停下車、北東に徒歩14分

・JR、近鉄奈良駅から「青山住宅」・「州見台八丁目」行き乗車、「今小路」バス停下車、東に徒歩15分

ぐるっとバス(土日祝日・観光シーズンのみ運行)

・JR奈良駅、近鉄奈良駅から「ぐるっとバス奈良公園ルート」乗車、「手向山八幡宮・二月堂前」バス停下車、北に徒歩5分

近鉄奈良駅から東に徒歩25分

JR奈良駅から北東に徒歩35分

近隣スポット

三月堂(法華堂)から北にすぐ、四月堂(三昧堂)から北西にすぐ、手向山八幡宮から北に徒歩2分、大湯屋・二月堂供田から東に徒歩4分、東大寺大仏殿から東に徒歩5分

二月堂周辺地図