2021年3月、近畿日本鉄道と奈良県・奈良市は近鉄奈良線の大和西大寺駅間~近鉄奈良駅間の区間について、現在の「平城宮跡」内を通らないルートに移設する(実質的には新線建設)ことを目的とする「地方踏切道改良計画」を国に提出しました。
近鉄奈良線の平城宮跡内からの移設は長年議論されてきましたが、この度の計画提出で鉄道事業者と自治体が「実施する」方向性で名実ともに一致したことになり、空想上の計画のように言われていた移設計画が、突如現実味を帯び始めました。
こちらのページでは、計画の基本的な内容や各種の現状、本当に事業が行われるのか?といった問題なども含め、移設を巡る計画の概要を解説していきたいと思います。
ルート・概要
近鉄奈良線の移設計画は、各地で行われている「高架化」や「地下化」・「立体交差」事業とは性質が異なり、現在走っている近鉄奈良線大和西大寺駅~近鉄奈良駅間の線路とは全く異なる場所に事実上の新線を建設し、根本的な形で「移設」を行うものです。
計画されているルートは近鉄大和西大寺駅を出発すると一旦南方向に急カーブする形で進み、1キロほど南下した場所からは大宮通りの地下をひたすら東に進み、現在の近鉄奈良駅まで進むというルートです。
特徴的なポイントとしては、平城宮跡朱雀門ひろば近く・現在の新大宮駅南側・JR線と交差する油阪町付近にそれぞれ地下駅の建設が予定されているという点が挙げられます。仮に計画通り駅が設置された場合、現在の中間駅が新大宮駅1駅である一方、移設後は3つの中間駅を持つ路線に変わるということになります。
また、計画においては、大和西大寺駅そのものを高架化する事業も行われることになっています。これに伴い奈良線菖蒲池駅~大和西大寺駅・京都線平城駅~大和西大寺駅・橿原線大和西大寺駅~尼ヶ辻駅間の線路、また近鉄最大級の西大寺検車区(車庫)周辺に関しても工事が行われることが予想されますので、移設事業によって風景が変わる範囲はかなり広いと言えます。
要は、一般には「移設計画」と言われている一方で、平城宮跡という存在だけをターゲットにしたものというよりも、大和西大寺駅周辺の抜本的な改良を含めた「立体交差化」巨大事業として見るのが妥当と言えるのです。
事業の目的は?
平城宮跡を通る線路を移設し、新たな駅を設け、大和西大寺駅も高架化する。このような巨大事業を行う「理由」については、複数の理由が考えられます。
公式的な理由としては、「地方踏切道改良計画」に記しているように現在一般の道路と交差している踏切を廃止することで、道路交通上の支障を取り除く。というものが最大の理由です。
平城第2号・平城第3号・平城第4号・平城第5号・平城第6号・菖蒲池第3号・菖蒲池第4号、菖蒲池第5号・菖蒲池第7号・菖蒲池第8号・西大寺第1号・西大寺第2号・西大寺第3号・西大寺第4号・新大宮第1号踏切
上記のように、具体的には合計14か所もの踏切を廃止することが計画されています。
これについては、特に大和西大寺駅周辺の「開かずの踏切」問題が全国的に見てもトップクラスに深刻であるという事情があり、今後電車の本数が人口減少で一定程度減ったとしても根本的な改善に至るまでには相当な時間が掛かると見込まれることから、一定程度合理的な理由と言えます。
また、よく言われている「平城宮跡」からの移設という意味においては、一般論としては平城宮跡の真ん中を電車が通るのが「景観上よろしくない」という立場からその移設を肯定する意見も見られます。そして、事業そのものも少なからずその改善を企図している側面があります。
しかしながら、事業の主な内容を見ていくと、最も「肝」となる部分は「平城宮跡の景観改善」というようには見えません。
やはり主要な理由としては、上記の交通障害の改善が目的であると考えるのが無難ですし、新駅の設置により、大宮通り周辺エリアの公共交通利便性を高めようとしている側面も大きいと言えるでしょう。
建設期間・いつ完成予定?
移設計画は、計画が国に提出されたからと言って、今すぐ具体的に何かに取り掛かりはじめる。という訳では全くありません。
計画によると、建設の開始は2041年(令和23年)を予定、完成は2060年(令和42年)を予定するとされており、はっきりいって遠い未来の話です。
コロナ禍や建設の進捗の関係で不透明感が増す「リニア中央新幹線」ですら、奈良を経由して大阪まで開業するのは最短で2037年、遅くともその後なるべく早いうちに開業することを目指している訳ですので、この時間的なスパンの長さが際立ちます。
また、建設期間に20年という時間が設定されていることも、主要な大通り沿いで事業を行うという困難さ・大和西大寺駅周辺という土地の狭い地域でどうやって高架線路の建設と地上線路の運行を両立するか、といった非常にハードな建設環境が存在ことを考慮したものと思われます。
準備・建設に対し現実的な判断として長い準備期間を設定したことはやむをえませんが、そうは言っても少し類を見ない長さであることは否定できません。
建設費・建設
準備期間に約20年、建設期間に約20年を要するとされている近鉄奈良線の移設・立体交差化事業は、建設費としては「約2000億円」が想定されています。
2000億円という金額は、奈良市内で平成中頃にかけて建設された近鉄けいはんな線の延伸区間(生駒駅~学研奈良登美ヶ丘駅)の建設費である約600億円の3倍以上、神戸と奈良を直結した阪神なんば線の建設費である約900億円の2倍以上と、近畿地方における各種新線建設事業の建設費を上回る、奈良県では近年類を見ない巨大公共事業となっています。
なお、現時点では建設費の費用負担を巡っては、下記のような負担区分となっています。
・大和西大寺駅周辺の立体交差化のみ近鉄が一部の財政負担を行う(建設費の7%)
・西大寺駅方面から南下して大宮通りへ至る区間は全額行政の財政負担
・大宮通りの地下を通って近鉄奈良駅まで進む区間は、受益額・受損額を考慮の上近鉄(鉄道事業者)側の負担を今後協議
費用負担については全区間で決定したわけではなく、今後は地下区間における近鉄側の負担をどの程度とするかが検討されることになります。
今後の流れ・将来像は?
これまで、近鉄奈良線大和西大寺駅~近鉄奈良駅間の移設事業(連続立体交差化事業)の概要を解説してきました。
計画の内容を見れば見るほどに、奈良という都市にしては近年稀に見る「スケールの大きな公共事業」であること、また時間的なスパンが極端に長く、なかなかリアリティを持って「自分ごと」として捉えにくい内容であることが分かるこの事業。
今後の展望などを考える際には、まず「本当に実現されるのか」という一点が最も重要なポイントと言えるでしょう。
建設に要する20年間の前にさらに立ちはだかる約20年間という「準備期間」については、知事や市長の代替わりによって、その間に政治的な判断がガラリと変わる可能性や、人口減少や都市の衰退が現実のものとなる中で機運がしぼんでいく可能性、近鉄グループを取り巻く状況の変化で企業としての判断が変わる可能性などが否定できません。
特に、奈良というまちの規模を考えた場合、今現在このように「事業計画」を提出する段階における各利害関係者の判断は、様々な状況を考慮しているとは言え、結局は「人口35万人の県庁所在地・奈良市」という現状を前提としていることは否定できません。
今後次第に人口減少は深刻化し、通勤・通学利用もほぼ間違いなく一層の減少が見られる中、また道路交通量も着実に減少することが見込まれる中、本当にこの計画が実現するのかは、はっきりいって見通せないようにも思われます。
他方実施された場合、奈良県史上でも有数の規模の公共事業・都市再生につながる大プロジェクトと言えますので、ひとまずは今後の動向を慎重に見ていく必要があろうかと思われます。