【元興寺町(奈良市)】ってどんな所?【かつての境内・かつての大商店街】

市内名鑑

世界遺産に指定されている「元興寺」の名を冠する奈良市の「元興寺町」。こちらでは、地域の歴史や由来、地理などに関する基本的な情報をご案内していきます。

地理・概要

読み方がんごうじちょう
交通近鉄奈良駅から南に徒歩約13~15分
JR奈良駅から南東に徒歩約18~20分
奈良交通バス「田中町」バス停から北に徒歩約2~5分
人口約90人(2021年現在)
校区春日中学校・済美小学校
郵便番号630-8332

奈良市の「元興寺町」は、観光客が多く行きかう「ならまち」エリア、地名に用いられている「元興寺」の現在の境内地からは南西にやや離れた位置に広がる地域です。

町内はかつての「上街道」に沿う地域であり、現在も古い町家建築が一部で残されるなど「ならまち」らしい風情を感じられる空間です。なお、近年は観光客向けの店舗も増加していますが、一般的な住宅も数多く立ち並ぶ地域となっています。

地形としては、現在はその姿は見られませんが、飛鳥小学校方面から流れ下る小川(飛鳥川とも)が地下を流れており、その面影として川筋に沿ってやや窪んだ地形になっています。

歴史・由来・みどころ

元興寺町は、地名はその名の通りならまちエリアを代表する寺院「元興寺」に由来するもので、かつては元興寺の南大門などがあった場所(参考『奈良町風土記』)ともされています。但し、元興寺は中世以降急速に衰退したため、この地域が市街化された時代も比較的早く、現在は元興寺関連の敷地は全て町外(元興寺極楽坊・元興寺塔跡・元興寺小塔院跡)にあり、町内に具体的な痕跡がある訳ではありません。

戦後すぐまでの歴史を見て行くと、この地域は街道沿いということもあり、奈良市内でも有数の商店街・商業地として栄えた時代があり、現在はその面影を探すことは難しくなりつつありますが、老舗の『砂糖傳増尾商店 本店』『京勘中井酒店』が現在も営業しており、観光客が立ち寄る姿も多く見られます。

なお、先述したように、かつては町内の中央部を東西に流れる小川があり、現在とはまた違った風景が広がっていました。川は「飛鳥川」と呼ばれることもありましたが、これはルーツをたどれば元興寺が飛鳥の地から移転(法興寺=飛鳥寺)してきた歴史につながるものであり、現在も「飛鳥小学校」など一帯の地名として残されています。

町内の歴史的なみどころとしては、厳密には町家建築ではなく「町家復元建築」となりますが、多くの観光客が訪れる「ならまち格子の家」もあり、観光ルートの一部にもなっています。

また、格子の家のすぐそばには「藤岡家住宅」があり、こちらは一般の住宅のため外観のみ見学可能ですが、江戸時代中頃に建てられた市内でもとりわけ古い町家建築となっています。

また、町内の神社としては元興寺鎮守との歴史もある「率川神社」、また保存樹であるイチョウの木が目立つ場所にある「白山神社」がありますが、いずれも参拝は出来ません。

元興寺町周辺地図・交通

元興寺町は、北側を薬師堂町・芝新屋町・西新屋町、西側を鳴川町・三棟町、南側を花園町・井上町・築地之内町、東側を納院町と隣接しています。

町内は、近鉄奈良駅・JR奈良駅から徒歩によるアクセスも可能な範囲であり、特に近鉄奈良駅からは15分程度で訪れることが出来るため、散策を楽しむ観光客の姿も多く見られます。

バスについては、南に徒歩約2~5分ほど離れた位置に奈良交通バス「田中町」バス停があり、市内循環(外回り・内回り)がそれぞれ昼間時約15分おきに運行されています。JR奈良駅からのアクセスは、バスのご利用もおすすめです。

道路についてはならまちエリアということで決して広い道ではなく、町内の一部には通行が難しいほど狭い道もあります。観光で訪れる場合は、基本的に車で乗り入れることは避けて頂く必要があるでしょう。