【多門町】地域の基本情報【武家屋敷】

市内名鑑

奈良駅周辺からの市街地・住宅地の北側に位置する「多門町」。こちらでは、地域の歴史なども含め、多門町に関する基本的な知識・情報をご紹介してまいります。

概要

読みたもんちょう
交通近鉄奈良駅から北に徒歩約12~15分
JR奈良駅から北東に約25~30分
奈良交通バス「法蓮仲町」・「手貝町」バス停
人口約100人(2021年現在)
校区若草中学校・佐保小学校
郵便番号630-8112

「多門町」は、近鉄奈良駅北側の「きたまち」地域に含まれる地域です。一帯は駅周辺の市街地・住宅地から続く概ね平坦な場所の北限であり、これより北側は佐保山・般若寺・奈良阪方面の丘陵地・高台となっており地形が異なります。

町内は非常に閑静な住宅地となっており、そもそも3階建て以上の建物は一切なく、賃貸物件も少な目です。なお、一般的な戸建て住宅に加え、後述する「武家屋敷」の面影を残す住宅建築や区割りが残されており、歴史ある風情を感じられる地域でもあります。

交通については、近鉄奈良駅からは徒歩圏で、約15分少々でアクセス可能です。JR奈良駅からはバスの利用が無難で、町内西側は「法蓮仲町(加茂駅・高の原駅・大和西大寺駅行きが停車)」バス停、町内東側は「手貝町(青山住宅・州見台八丁目行きなどが停車)」バス停が最寄りとなっています(バス停からは少し離れています)。

歴史

多門町に残る武家屋敷

多門町は、その地名の由来は一般的に松永久秀の「多聞城」に由来すると考えられます。多聞城は、現在の多門町の北側一帯(主に若草中学校の敷地や聖武天皇・光明皇后陵一帯)に広がっていたとされますが、現在はその面影はほとんどなく、遺構などを見学することも出来ません。

町内については、当初は一乗院門跡の土地であったものが、近世には奈良奉行所の与力・同心といった役人の住居などが設けられ、奈良では珍しい武家屋敷街(多聞屋敷)であった歴史を持ちます(参考『奈良町風土記』)。また、近くには明治維新までは「眉間寺」と呼ばれる眺めの良いお寺もあったとされています。

武家屋敷の面影を残す区域については、登録有形文化財である川瀬家住宅など、聖武天皇・光明皇后陵と隣接する場所に現在も複数残されており、広い敷地・風情ある築地塀・立派なお屋敷が見られますが、あくまでも一般の住宅であるため、見学などをすることは出来ません。

地図

多門町は、北側と西側を法蓮町、南側を西包永町、東側を川上町と隣接しています。