奈良の「観光ステレオタイプ」を地元の目線から考える | 奈良まちあるき風景紀行

奈良の「観光ステレオタイプ」を地元の目線から考える

奈良の基礎知識

歴史の教科書では「奈良時代」は必ず勉強し、修学旅行の行き先としても人気の奈良は、日本全国でも一定の知名度を有する地域です。

そんな奈良については、「観光」のイメージについて、「奈良と言えば~」というような形でいくつかの典型的な「ステレオタイプ」が出回っています。

こちらのページでは、そんな観光に関わるステレオタイプについて、奈良市民の目線からその内容や実際の状況との比較等を考えていきたいと思います。

※以下の議論はあくまでも一市民としての見解に過ぎません。必ずしも断定するものではないことをご理解下さい。また新型コロナウイルス感染症の影響については加味しておらず、通常時の観光経済に関する議論でありますこともご承知下さい。

なんといっても「鹿・大仏」:奈良市内ではある程度の「現実」

古都「奈良」というと、今も昔も京都などに次ぐ修学旅行の「定番観光地」という側面があります。

その影響もあり、奈良に観光に訪れた人がまず最初に必ず訪れるとも言える「奈良公園」にいる「奈良の鹿」、そして東大寺の巨大な「大仏様」。この2つが奈良の典型的ステレオタイプとして当然のように知られています。

奈良と言えば何を思い浮かべますか。と言えば、奈良に行った事がない人ですら「鹿」とか「大仏」といった単語を示す場合すらあるようですので、それ単独の知名度は相当なものです。

しかしながら、奈良の一部の人々は、「鹿」や「大仏」だけのイメージで奈良を語られる事を余りよしとしておらず、「もっと色々な魅力がある」と残念がる方もいらっしゃいます。

これについては、どちらが「正しい」とか「適切」であるとは断定しにくい問題です。

現実問題として「鹿」や「大仏」は、確かに奈良を訪れる多くの観光客にとって一番身近なものですし(SNS上などで活動するコアな「奈良ファン」はあくまでも絶対数としては少数です)、例えば奈良市民でも「奈良と言えば鹿」とか「奈良と言えば大仏」であるといったイメージで奈良を語る人がごく普通にいたりします。

そもそも、奈良はベッドタウンとしての側面も強く、市民の大半は観光産業とは無縁ですので、住民全員が歴史・文化・観光に精通している訳でもありません。

少なくとも、「数字」の面で「鹿よりも・大仏よりも」有名で人を集める「何か」が奈良市の観光にとって存在するか。と言えばそれは「正倉院展」等を除き現実的には存在しない訳です。

歴史的に見ても、奈良市内の観光産業についても、功罪はあっても「鹿さま」と「大仏さま」の恩恵をこれまで少なからず受けてきた側面があります。

鹿と大仏しか見ないから、他の場所で「お金を落としていかない」という議論も近年は見られますが、もし「鹿」と「大仏」を丁寧に取り扱わない奈良市になってしまえば、もっと観光消費額は減ってしまうかもしれません。

鹿と大仏については、「奈良は何もそれだけではない」という事には違いないのですが、固定観念・ステレオタイプではなく実際に「奈良の象徴」と化している側面があるので、一概に否定的に捉えるものではありません。

もっとも、鹿と大仏が象徴であるのはあくまでも奈良市のみの話です。例えば飛鳥エリアや山の辺の道エリア、吉野方面のイメージまで「鹿」や「大仏」となってしまうとそれは物理的に大間違いであり、単なる事実誤認・ステレオタイプであるという事になります。

裏返せば、いつの時代も人気であり、奈良の象徴となっている「鹿と大仏」から、より深い奈良の魅力や他地域への観光へも興味を持ってもらえるような方向性を考える事こそが重要な事と言えるでしょう。

要するに、最初の「取っ掛かり」は「鹿」でも「大仏」でも問題ない訳です。極端に歴史や文化・仏像に精通している人でもない限り、奈良のイメージを「鹿と大仏」で連想すること自体は、実際に良かれ悪かれそれが象徴化している以上、決して大きな間違いとは言えないのです。

むしろ、「それ以外の魅力」に目が向けられにくい理由を「鹿」と「大仏」だけのせいにする方が問題かもしれません。

奈良は「グルメに乏しい」:概ね過去の話です

奈良に対する観光イメージの典型例としては、「グルメ」に関する問題も有名です。

端的に言えば、「奈良にうまいものなし」というステレオタイプです。

「奈良にうまいものなし」というフレーズは、かつて文豪志賀直哉が奈良に住んでいた時期に記したものであり、実際にその随筆を読んでみると、強い批判をする意味合いは読み取れませんが、観光産業が活発になる前の戦前期から少なくとも「そのようなイメージ」があったということになります。

実際に、2000年位までの奈良と言えば、「観光客」という立場からすれば、どこへ行っても満足できる「グルメ」が乏しい。見つからない。と言われる事が多い地域でした。街を歩いているだけでは多様な「グルメ」スポットにはありつきにくい(見つけにくい)環境であり、隠れた名店等も、本当に「知る人ぞ知る」お店であったため、多くの観光客の方からすると少し印象が悪かったかもしれません。

しかし、付加価値が重視されるようになった現代、日本のどこへ行ってもこだわり抜いた高品質のグルメが味わえる時代になりました。

奈良でも近年は良し悪しを問わずメディアへの露出も多いレストラン・カフェ等も増加しています。

また、ネット上で各事業者によって地元の魅力を積極的に発信したり、「柿」・「奈良漬」・「いちご」しかり、従来からの特産品を使った各種商品の開発も活発に行われています。

もっとも、「京都」や「大阪」・「東京」といった世界的名店がずらりと並ぶ地域と比較してどうか。と言われれば、奈良が突出してグルメな県。とは到底言えません。

しかし、「うまいものなし」は明らかな言い過ぎです。

この議論は、単に相対的な比較をしているに過ぎないため、規模が大きい場所や、グルメそのものが観光の主役となっている地域と比べれば見劣りするのは当然で、はっきり言って議論をする意味は余りないのです。

ステレオタイプに対する解釈は、「少なくとも最近ではそうでもない」・「そもそも美味しいグルメスポットはあったけど、知名度が足りなかった」・「他の地域と比べれば、特別にグルメが魅力の県とは言えないだけ」という解釈が本来は無難と言えるではないでしょうか。

奈良は「日帰りで十分」:高い交通利便性の裏返し

奈良観光の最大の特徴と言ってもよいポイントとしては、「日帰り観光客」が極端に多く、「宿泊者」が極端に少ないという点が長年指摘されて来ました。

この構図については、現在もなお大きな変化はなく、観光地でありながら全国で最下位に近い宿泊者数という「汚名」は中々返上できそうにもありません。

このような状況にあるのは実際に、観光に訪れる人の大半が「奈良は日帰りで十分」と思っておられる現実を反映しています。

奈良が日帰りで十分に見える理由としては、例えば以下のような理由があります。

・地方でありながら「公共交通機関(近鉄電車)」が非常に便利
・大阪、京都から県内の広い範囲が30分~1時間圏内
・交通が便利である以上、あえて奈良に宿泊する必要はなく、京阪神エリアの観光と一体的に扱いやすい
・奈良市内や飛鳥等、観光地が一つの地域にコンパクトにまとまっており、主要観光地を1日で「巡ったつもり」になりやすい

要するに、「日帰りで十分」なイメージは、奈良の地理的な条件・高い交通利便性の裏返しとも言えるのです。すなわち、観光インフラが充実しているという事でもあり、100%悪い事。とは言い難い側面もあります。

しかし、手短に「全部観光したつもり」になりやすいということは、本来もっとあるはずの「魅力・みどころ」をほとんど見過ごしてしまっている。ということでもあります。

例えば奈良市内で見ても、本来は東大寺だけでもじっくり拝観すれば2日くらいは掛かりそうな魅力を持っています。また、国宝や重要文化財を持つ小さなお寺等を巡っていけば、2泊3日でも足りないスケジュールになってしまうでしょう。

しかし、現実問題としてはそこまでして滞在するよりは、短い期間に複数の都市を巡ったり、便利な京都・大阪を拠点に奈良観光もしたい。というニーズの方が大きくなっています。

北海道や沖縄のように、奈良が明らかに離れた場所にあって、飛行機を使わないと行けない。宿泊しないと元が取れない。とかいった場合は話は別でしょうが、奈良は東京から新幹線を使って気軽に日帰りすら出来てしまう地域ですので、「日帰りで十分」という意識を覆す事は相当なてこ入れが求められます。

現実問題として交通事情と地理的なバランスが「利便性」と引き換えに「宿泊地」としての魅力を少なくする効果を持っている以上、日帰りでも何でも「リピーター」を一層増やす(継続的な奈良ファンを増やす)方が現実的な取り組みと言えるかもしれません。

奈良と言えば「大仏商法」?:一部事実も「のんびりした魅力」の勘違いを含む

奈良の観光に関わる「ステレオタイプ」としては、お寺や神社にお参りする観光客がたくさんいるので、積極的な商売をせずにじっと座ってぶっきらぼうに営業している。といった「大仏商法」というイメージも時折語られます。

これについては、特定の団体需要を一手に引き受けて均質的サービスを提供する一部の店舗等を見た場合、一部否定できない側面もありますが、そもそも「奈良そのもの」の性質に対する誤解も含まれていると言えるでしょう。

すなわち、奈良に訪れる観光客の方は、その目的地や楽しむ内容も様々なですが、全体として見た場合「京都やその他大都市にはない魅力がある」という点で「奈良ファン」になる方も多くなっています。

とりわけ首都圏の方からは、分厚い歴史遺産をそのまま残し・夜は静かで・いつ来ても大きな変化がなく・巨大な再開発等も少ない奈良の「穏やかさ」に惹かれ、定期的に観光に訪れるようにしている。といったような声も時折聞かれます。

例えば京都には華やかな京都らしい魅力がある一方、近年のインバウンド対策その他で様々な施設やエリアがしっかりと開発され、ある意味では一層都会化している現状もあります。

その点奈良は、近年は外資系高級ホテルやリゾート型ホテルなど「ある程度」の観光インフラが整備されてもなお、全体としては過度な変化は生じておらず、住む人もなんとなくゆるやかな雰囲気が漂っている、ある種貴重な空間であるとも言えるのです。

一方で、国際競争や地域間競争が激しいこの時代に、不断に変化し続けているような「アピール」を過度にせず・相変わらず夜になると静かで・極端に競い合う事をする訳でもなく・穏やかな観光地として機能している「風景」そのものが、競争性を重視する方からは否定的に「大仏商法」として捉えられることもあるでしょう。

もちろん、「都会化」や「収益化」が悪という訳ではなく、京都と奈良に優劣など付ける事はできませんが、余り観光客ビジネスに特化し過ぎていない・時代が過ぎても風景が変わらない(観光公害がそれほど酷くない)ことが「魅力」であるということは、裏返せばこの「変化の時代」に何もやってないように見えるため、「大仏商法」と笑われるリスクを現代では負っているとも言えるのです。

現実問題として、経済規模・観光消費の拡大という観点からは、奈良についてももっと「がめつい」くらいに競争性のある観光ビジネスをした方がよい。という解釈はあるでしょう。

他方、誘客の要因としての「奈良の魅力」と呼ばれるものは、「のんびりとして極端な変化はしない」点にも見出せるものであり、むしろその「価値」の希少性(変化の少ない要素こそ今は珍しい)が目立つ現代では、それらが需要を産み、直接的に経済的なメリットを及ぼし得るものである。という解釈もまた可能です。

少なくとも単に「昔と比べて変化が見えにくい」ことだけをもって「奈良=大仏商法」と言い切る事は、グローバル化した時代状況に応じたポジショントークに過ぎません。

また、必要な観光インフラの整備はある程度進められており、民間資本の投資も昔よりは明らかに増えていますので、特別に立ち遅れた場所という訳でもないでしょう。

大仏商法と言う言葉で批判を行う場合は、明らかに低品質・常に代替可能なサービスを、明らかな高額料金(観光地価格)で「限定的」に提供し、その上ふんぞり返った応対を行う「ごく一部」の店舗や宿泊施設に対してのみ用いるべきでしょう。確かにそういう事業者はまだ存在します。しかし、近年は明らかな減少傾向にあります。

奈良は夜8時以降何もない(夜が静か)=ある程度事実

奈良の観光に関するステレオタイプとしては、「夜間に何もない」とりわけ夜の8時を過ぎると何の店も営業していない。といったようなイメージも頻繁に語られてきました。

これは、現実的な側面からすれば、今現在も含め、あながち間違いとは言えません。新型コロナウイルスの関係で「夜の街」が議論になった際に、奈良県知事の方が「そもそも夜の街は奈良に存在しない」といった趣旨のお話をされたことに象徴されるように、奈良市を含む奈良県内は、他の自治体と比較した場合、明らかに夜間に営業している飲食店その他は少ない地域です。

もちろん、何もないというのは言い過ぎで、いわゆる典型的な歓楽街としては「新大宮駅周辺」などが存在しますが、規模面で言えば近畿各地のそれと比べ非常に小規模なものです。

また、観光客が多く訪れる近鉄奈良駅・JR奈良駅周辺についても、駅近くや猿沢池周辺など、一部には深夜も営業する各種飲食店や居酒屋などが存在することは確かですが、街全体の風景として見ると静かな光景が広がっていることも確かです。

観光客の動きは17時を過ぎると一気に減り、19時過ぎまでには人影は少なくなっていきます。20時台になると、商店街も三条通り界隈なども人影はわずかで、かなりがらんどうとしています。

奈良はベッドタウンとしての機能も強く、大阪から帰って来る通勤者の流れも駅周辺の市街地には向かわず、駅からバスや自転車・徒歩ですぐにおうちへ帰って行かれる方が大半なので、必ずしもにぎやかなナイトタイムエコノミーには直結しません。

夜の静かさは未だに議論されたり問題視されることがありますが、何も店がゼロという訳ではありませんので、そもそも地域の経済・地理的条件の一環と考えれば特段に問題視することではないのではないでしょうか。