【近鉄の歴史】平成以降の軌跡を追う【効率化と攻めの経営】 | 奈良まちあるき風景紀行

【近鉄の歴史】平成以降の軌跡を追う【効率化と攻めの経営】

奈良の歴史解説

奈良・大阪から京都・名古屋・伊勢志摩へ路線網を広げ、令和になった現在も路線網ベースで「日本一の私鉄」である近鉄電車(近畿日本鉄道)

本ページでは、近畿日本鉄道の歴史について、平成以降の状況について年表形式で・時系列でご紹介してまいります。

なお、掲載している情報は主に2010年より前については『近畿日本鉄道100年のあゆみ : 1910〜2010』(2010年12月・近畿日本鉄道発行)を参考にしており、近年については本サイトが一般的な事項として把握している情報等を掲載しています。

1989年~1999年の出来事

1989年(平成元年)10月3日:20100系あおぞら号の老朽化に伴い、18200系を改造した「あおぞらII」が投入されました。
1989年(平成元年)5月29日:名古屋近鉄ビルにあった名古屋営業局を近鉄四日市駅のそばに移転しました。
1989年(平成元年)6月1日:内部・八王子線(現・四日市あすなろう鉄道)のワンマン運転が開始されました。

1990年(平成2年)3月15日:吉野線の一部特急に26000系「さくらライナー」が投入されました。
1990年(平成2年)春:駅員及び乗務員の制服が灰色地のものに変更されました。
1990年(平成2年)11月23日:団体列車用車両20000系「楽」が登場しました。デザインはその後のシリーズ21の先駆けとも言えるものであり、従来の車両デザインからは一変しました。
1990年~1991年(平成2年~3年)前後:近畿日本鉄道・傘下の奈良交通バスの「輸送人員」がこの頃最も多くなりました。この後はほぼ一貫して輸送人員の減少が続きます。

1991年(平成3年)7月:80年代より計画が進められてきた志摩スペイン村の工事に着工しました。

1992年(平成4年)3月19日:汎用特急車両として22000系「ACE」が登場しました。車両はこれまでの特急用車両とは全く異なるものであり、2年前に登場の20000系「楽」と同様、近鉄の車両史に新しい局面を切り開きました。
1992年(平成4年):列車運行管理システム「KOSMOS」の本格的な導入(奈良線・難波線全線)が開始されました。

1993年(平成5年)9月21日:志摩線の大半の区間が複線化され、線内最高速度が90キロから120キロに向上しました。

1994年(平成6年)3月15日:23000系「伊勢志摩ライナー」が登場し、まずは阪伊特急・名伊特急での運行が開始され、同時に近鉄初の最高速度130キロ運転が開始されました。
1994年(平成6年)3月22日:奈良市にある故佐伯勇会長の自宅敷地を利用した「松伯美術館」が開館しました。
1994年(平成6年)4月22日:スペインを題材にしたテーマパーク「志摩スペイン村(パルケエスパーニャ)」が開業しました。
1994年(平成6年)10月:乗車券の発売に関する「発売・収入管理システム」の運用を開始しました。

1996年(平成8年)1月30日:近畿日本鉄道公式ウェブサイトである「K’s PLAZA」が開設されました。

1997年(平成9年)8月1日:ロングシートとクロスシートの両方に対応したデュアルシート車(L/Cカー)である5800系が登場し、奈良線系統に投入されました。
1997年(平成9年)11月:乗車区間を確認するシステムとして「フェアシステムK」がまずは南大阪線系統の一部で導入されました。

1998年(平成10年)7月:事業環境が悪化していたホテル事業の再編のため、株式会社近鉄ホテルシステムズが設立され、翌年には都ホテルを合併する等急速な経営改革が進められてきました。

1999年(平成11年)10月1日:これまで近畿日本鉄道の直営であった自動車局(バス部門)を事業環境の悪化に伴い近鉄バス・近鉄観光バスに分社化し、採算の改善を図りました。

2000年~2009年の出来事

2000年(平成12年)3月15日:京都線・橿原線・天理線・奈良線で新型通勤車両「シリーズ21」が営業運転開始し、この後導入される通勤車両のカラーリングが変化しました。なお、この後同系列は大阪線・南大阪線にも少数投入されます。また、同時に奈良線新大宮駅のホーム延長工事完成に伴い快速急行の停車が開始され、準急以下列車の大半が大和西大寺駅までの運行に短縮されました。この他、京都市営地下鉄烏丸線直通の急行が近鉄奈良駅~国際会館駅間で運行を開始しました。

2001年(平成13年)2月1日:関西私鉄・地下鉄線共通のプリペイド乗車券のシステム「スルッとKANSAI」に参加し、青山町駅以西でスルッとKANSAI対応カードが利用可能になりました。
2001年(平成13年)10月14日:青山町駅以西でJR西日本のプリペイド式カード「Jスルーカード」が利用可能になりました。なお、Jスルーカードが利用可能な関西私鉄は近鉄線のみでした。

2002年(平成14年)3月20日:特急列車車内での車内販売が一旦休止されました。
2002年(平成14年)3月:近鉄レジャーサービス株式会社を設立し、生駒山上遊園地をはじめとする事業等、レジャー部門の集約化を進めていきました。
2002年(平成14年)4月1日:近鉄不動産販売株式会社を新「近鉄不動産株式会社」とし、旧近鉄不動産(宅地開発事業)を近畿日本鉄道に合併する組織改革が実施されました。

2003年(平成15年)1月31日:伏見桃山キャッスルランド(遊園地)が閉園となりました。
2003年(平成15年)2月23日:奈良線八戸ノ里駅~瓢箪山駅間の連続立体交差化事業が着工されました。
2003年(平成15年)3月6日:名阪特急に21020系「アーバンライナーnext」が投入されました。
2003年(平成15年)3月19日:奈良線の一部朝ラッシュ時の電車に限り、「女性専用車両」の設定が開始されました。
2003年(平成15年)4月1日:北勢線を三岐鉄道へ譲渡しました。路線網の本格的な再編はこれが初めてであり、以降近畿日本鉄道としての営業キロ数は減少へと向かいます。
2003年(平成15年)6月28日:3営業局体制(上本町・天王寺・名古屋)から、大阪の営業局を統合して「大阪輸送統括部」と「名古屋輸送統括部」に再編が行われました。また、駅業務について子会社の近鉄ステーションサービスに移管され、駅係員の制服も変更されました。なお、同時に英語表記での社名について「Kinki Nippon Railway Co., Ltd.」から「Kintetsu Corporation」への変更も実施されました。
2003年度(平成15年):この年度以降、生駒山上遊園地が冬季休園を行うようになりました。

2004年(平成16年)2月4日:近鉄劇場が老朽化や経営改革の一環で閉館となりました。
2004年(平成16年)3月18日:ダイヤ改正において奈良線系統の夕ラッシュ時以降の快速急行の半数が急行に置き換えされ、準急の減便等が行われました。また名古屋線の一部区間でワンマン運行が開始されました。以降、基本的な利便性を維持しつつも少しづつ「ダウンサイジング」を行うようなダイヤ編成も目立つようになります。
2004年(平成16年)3月27日:1959年から放送されてきた近畿日本鉄道の提供番組「真珠の小箱」が2,314回目の放送をもって終了しました。
2004年(平成16年)6月6日:奈良線菖蒲池駅北側で営業してきた「近鉄あやめ池遊園地」が閉園しました。
2004年(平成16年)11月30日:長らく経営を続けて来たプロ野球球団「大阪近鉄バファローズ」について、その経営権をオリックス野球クラブ株式会社に売却し、大阪近鉄バファローズは「オリックス・バファローズ」となりました。

2005年(平成17年)12月1日:12200系を改造した団体列車用車両「新あおぞらII(15200系)」が運用を開始しました。

2006年9月1日:近鉄のバス部門のうち貸切バスを主としていた「近鉄観光バス」が近鉄バスに統合されました。
2006年(平成18年)3月1日:経営改革の一環で設置された近鉄ステーションサービス株式会社を合併し、駅業務を再び直営化しました。
2006年(平成18年)3月27日:工事が進められていたけいはんな線生駒駅~学研奈良登美ヶ丘駅間が開業し、同時に直通する東大阪線長田駅~生駒駅間もけいはんな線に改称されました。なお、けいはんな線には開業当初から駅番号が導入されました。
2006年(平成18年)11月3日:土日祝日の伊勢志摩ライナーに限り、2002年以降休止されていた車内販売の営業が再開しました。

2007年(平成19年)2月28日:近鉄百貨店の京都店が閉店となり、跡地はヨドバシカメラが出店することになりました。
2007年(平成19年)4月1日:ICカード「PiTaPa・ICOCA」サービスが開始されました。合わせて乗務員の制服が変更されました。
2007年(平成19年)10月1日:赤字が続く伊賀線・養老線をそれぞれ伊賀鉄道・養老鉄道(近鉄子会社・第二種鉄道事業者)の運営に変更しました。

2008年(平成20年)3月17日:GPSを用いた「運転士支援システム」を一部を除く近鉄線内全列車に導入しました。
2008年(平成20年)6月14日:難波線全線と大阪線・京都線・南大阪線・名古屋線の一部区間において、車上速度パターン照査式ATS(ATS-SP)の利用が開始されました。
2008年(平成20年)9月15日:Jスルーカード・パールカードの発売が終了しました。

2009年(平成21年)2月27日:東青山駅構内で分岐器の横取装置の取り外しを失念した事に起因する脱線事故が発生し、1名が負傷しました。
2009年(平成21年)3月1日:Jスルーカード・パールカードの自動改札機・自動精算機での利用が終了しました。なお、スルッとKANSAIカードについては以降も10年弱に渡り利用が可能な状態が続きます。
2009年(平成21年)3月20日:阪神なんば線と相互直通運転が開始され、快速急行が阪神神戸三宮駅~近鉄奈良駅間の直通運転を基本とする系統になりました。また、駅名称について近鉄難波駅から大阪難波駅へ、上本町駅から大阪上本町駅へ「大阪」を冠した形に改称されました。
2009年(平成21年)9月:乗り換え拠点でもある近鉄大和西大寺駅の橋上駅舎上に駅ナカ商業施設「Time’s Place Saidaiji」が開業しました。

2010年以降の出来事

2010年(平成22年)2月12日:傘下の子会社2社(近鉄ビルサービス・メディアート)の粉飾決算問題に伴い決算報告書の提出が遅れたため、一時的に近畿日本鉄道の株式が監理銘柄に指定されました。なお、決算報告書提出に伴い3月13日付で指定は解除されます。
2010年(平成22年):4月:あやめ池遊園地跡地に開発の「近鉄あやめ池住宅地」エリアについて、スーパーマーケット・学校(近大付属)等が開設される等本格的な利用が開始されました。
2010年(平成22年)8月26日:大阪上本町駅南側(近鉄劇場跡地)に、大阪新歌舞伎座などが入居する再開発ビル「上本町YUFURA」が開業しました。
2010年(平成22年)9月1日:子会社である「近鉄観光」が運営していた高速道路サービスエリア事業・旅館事業を会社分割により近畿日本鉄道の直営(旅館事業は子会社の近鉄旅館システムズに運営委託)とし、レストラン事業は近鉄リテールサービスに継承されました。

2012年(平成24年)3月20日:名阪特急について、同日のダイヤ変更で全列車が津駅に停車するようになり、名阪間のノンストップ特急はなくなりました。
2012年(平成24年)12月1日:JR西日本のICカード乗車券「ICOCA」について、近鉄でのICOCA・ICOCA定期券(JR西日本・京阪・阪神線との連絡IC定期も発売)・「KIPS ICOCAカード」の発売・発行を開始しました。

2013年(平成25年)3月21日:伊勢志摩方面への観光特急用電車として50000系「しまかぜ」の運行が開始されました。
2013年(平成25年)3月23日:交通系IC乗車カードの全国相互利用開始によりKitaca・Suica・PASMO・TOICA・manaca・SUGOCA・nimoca・はやかけんが近鉄線内で利用可能となりました。
2013年(平成25年)6月13日:大阪阿部野橋駅の再開発事業「あべのハルカス」について、まず百貨店部分(あべのハルカス近鉄本店)が先行開業しました。

2014年(平成26年)3月7日:日本で最も高い(高さ300メートル)ビルである「あべのハルカス」が全面開業しました。建物はハルカス300展望台・ホテル・美術館・近鉄百貨店阿倍野店等を含み、近鉄グループが主体となった再開発事業としては過去最大のものでした。
2014年(平成26年)4月1日:消費税増税に伴う運賃改定が実施されました。これにより最安の特急料金は500円均一ではなくなりました(510円)。
2014年(平成26年)4月29日:奈良線の開業100周年を記念し、開業当時の車両の塗装を再現した列車「ヒストリートレイン(5800系を使用)」の運行が開始されました。
2014年(平成26年)4月30日:翌年の持株会社制移行時に近畿日本鉄道の鉄軌道事業を継承する事業会社として「近畿日本鉄道分割準備」が設立されました。
2014年(平成26年)7月10日 :傘下の近鉄バスにおいて、オープントップバスで運行の定期観光バス「OSAKA SKY VISTA」の運行が開始されました。

2015年(平成27年)4月1日:従来の近畿日本鉄道株式会社を持株会社化(近鉄グループホールディングス)し、鉄軌道事業については「近畿日本鉄道分割準備株式会社」を新「近畿日本鉄道株式会社」とする形で純粋持株会社制へと移行しました。また、英文社名を「Kintetsu Corporation」から「Kintetsu Railway Co., Ltd.」へと変更しました。同じ日には四日市市の内部・八王子線を四日市あすなろう鉄道(近鉄・四日市市が出資)に運営を移管し、公有民営方式が導入されました。その他、大阪輸送統括部・名古屋輸送統括部を大阪統括部・名古屋統括部とする組織改正も実施されました。
2015年(平成27年)8月20日以降:近鉄線の全路線に駅ナンバリングの導入が実施されました。

2016年(平成28年)9月10日:南大阪・吉野線特急で16200系電車を改造した観光特急「青の交響曲」の運行が開始されました。

2017年(平成29年)3月31日:ICカード導入後も10年程続いていた「スルッとKANSAI」カードの発売が終了となりました。
2017年(平成29年)4月1日:近畿日本鉄道が伊賀線の第三種鉄道事業を廃止、同時に伊賀市が伊賀線の第三種鉄道事業者となり、伊賀鉄道線に公有民営方式が導入されました。
2017年(平成29年)7月6日:近鉄グループホールディングスが台湾鉄路管理局と友好協定を締結しました。

2018年(平成30年)1月1日:近畿日本鉄道が養老線の第三種鉄道事業を廃止し、代わって一般社団法人養老線管理機構が同線の第三種鉄道事業者となり、養老鉄道線に公有民営方式が導入されました。
2018年(平成30年)1月31日:20年近く利用可能であった「スルッとKANSAI」カードの自動改札機での利用が終了しました。

2019年(令和元年)7月21日:喫煙ルームを除く近鉄線全駅の構内において、終日全面禁煙化が実施されました。
2019年(令和元年)10月1日:消費税増税に伴う運賃改定が実施され、普通運賃が一部値上げされた他、特急料金は520円~に値上げされました。

2020年(令和2年)3月14日:新型名阪特急として80000系「ひのとり」が登場しました。

まとめ

平成以降の近鉄の歴史は、これまでの拡大一辺倒とも言える景気の良い時代とは打って変わり、平成不況及び人口動態の変化による輸送人員の減少に伴い、経営環境は次第に悪化しました。

付帯事業については、バブル期からの計画を継承する形で「志摩スペイン村」を開業する一方、経営改革の一環ではあやめ池遊園地をはじめとするレジャー・文化施設の閉鎖、大阪近鉄バファローズの球団売却と言ったダウンサイジングが進められました。また、ダイヤについてもとりわけ2000年以降は利便性を確保しつつ、次第に効率化が進められました。

平成の半ば以降は経営改革の成果により状況は安定し、2014年には巨額投資による近鉄グループ最大の再開発事業として「あべのハルカス」が全面開業、また観光特急「しまかぜ」や新名阪特急「ひのとり」等付加価値を重視した鉄道サービスにも注力する等、近年は先進的な攻めの部分も目立つようになっています。
なお、2015年頃以降はインバウンドビジネスによる成果も百貨店事業や鉄道事業において顕著でしたが、2020年の新型コロナウイルスの影響に伴い内需も含め経営環境は一転厳しい状況となっています。