【佐紀盾列古墳群】主要古墳の一覧を写真付きでご紹介(日本有数の古墳群)

佐紀盾列古墳群とは?

数十もの古墳が密集する日本有数の古墳群

佐紀盾列古墳群(さきたてなみこふんぐん・「たたなみ」とも)は、奈良市の「平城宮跡」の北側、近鉄大和西大寺駅や新大宮駅などから徒歩圏のエリアに広がる日本最大級の「古墳群」です。

古墳は東西2㎞ほどの地域にはしっかりご覧いただけるものから、事実上埋没・破壊されたり周辺の風景に紛れて確認できないものも含めると50基程度の古墳が確認(実際に目視できる古墳は十数基程度)されており、全長200mを超える巨大な前方後円墳も7基あるなど、世界遺産に指定された百舌鳥・古市古墳群などに匹敵する古墳群となっています。

平城宮跡北側の散策しやすい環境です

古墳群は、奈良有数の観光地である「平城宮跡」エリアの北側にあり、「第一次大極殿」や「平城宮跡資料館」などの主要観光スポットからは、徒歩5分ほどで古墳のある空間を訪れることが可能です。

古墳を沿うような形では、東の「佐保」エリアから続く奈良市が整備した「歴史の道」の道しるべもあり、歴史散策には非常に適した環境が広がっています。

各古墳の場所・案内図

佐紀盾列古墳群は、東西に古墳が点在しており、主要な古墳をすべてめぐる場合、2時間程度の時間を想定して頂く形になります。

主な古墳一覧(全長200m以上)

神功皇后陵(五社神古墳・約275m)

形式前方後円墳
規模全長約275m・後円部高さ約27m
築造年代4世紀末頃

神功皇后陵は、佐紀盾列古墳群の最西端に位置する古墳であり、規模は古墳群では最も大きく日本全国でも12番目の規模を誇る巨大古墳です。

宮内庁により三韓征伐を指揮した神功皇后の陵墓に治定されており、陵墓の周辺には参拝用の歩道が設けられています。なお、古墳を取り巻く周濠については後世に造成されたものと推定されています。

ウワナベ古墳(約255m)

形式前方後円墳
規模全長は約255メートル
後円部の全長約129m・高さ約20m
前方部の全長約127m・高さ約20m
築造年代5世紀中頃

ウワナベ古墳は、佐紀盾列古墳群の東端部に位置する古墳であり、全長約255mと神功皇后陵に次ぐ巨大古墳となっています。古墳は隣接するコナベ古墳と同様に巨大な周濠が「水辺」の風景を生み出していることでも知られます。

古墳は(宇和奈辺陵墓参考地)として仁徳天皇皇后・八田皇女の陵墓の可能性がある場所に指定されています。

成務天皇陵(佐紀石塚山古墳・約219m)

形式前方後円墳
規模全長は約219メートル
後円部の全長約132m・高さ約19m
前方部の全長約121m・高さ約16m
築造年代4世紀末頃

成務天皇陵は、佐紀盾列古墳群内でも特に古墳の密集度合いの高い近鉄平城駅南東側のエリアにある古墳であり、全長約218mの前方後円墳です。

宮内庁により成務天皇の御陵として治定された古墳は、周濠をはじめ水辺や木々の織りなす風景が美しい空間となっています。

磐之媛命陵(ヒシアゲ古墳・約219m)

形式前方後円墳
規模全長は約219メートル
後円部の全長約124m・高さ約16m
前方部の全長約145m・高さ約14m
築造年代5世紀中期~後半頃

磐之媛命陵(ヒシアゲ古墳)は、佐紀盾列古墳群の東側エリア、コナベ古墳から少し離れた場所にある大規模な古墳です。

宮内庁により仁徳天皇皇后「磐之媛命陵」の陵墓に治定された古墳は「二重の濠」が設けられていることが特徴となっています。

日葉酢媛命陵(佐紀陵山古墳・約207m)

形式前方後円墳
規模全長は約207メートル
後円部の全長約131m・高さ約21m
前方部の全長約87m・高さ約12m
築造年代4世紀末頃

日葉酢媛命陵(佐紀陵山古墳)は、成務天皇陵などのすぐそばにある大規模古墳であり、宮内庁により垂仁天皇皇后にあたる「日葉酢媛命」の陵墓として治定されています。

一帯は古墳が密集しているため独特の風景が広がっており、水辺の風景・自然が織りなす風景が大変美しい空間にもなっています。

コナベ古墳(約204m)

形式前方後円墳
規模全長は約204メートル
後円部の全長約125m・高さ約20m
前方部の全長約129m・高さ約18m
築造年代5世紀前半頃

コナベ古墳は、佐紀盾列古墳群の東端部に「ウワナベ古墳」と並列する大規模古墳です。ウワナベ古墳と同様周壕の「水辺」の風景が印象的な空間として知られています。

古墳は宮内庁により小奈辺陵墓参考地として「磐之媛命」を埋葬した可能性がある場所に定められています。なお、磐之媛命陵として治定されたヒシアゲ古墳はコナベ古墳の北西側に位置します。

平城天皇陵(市庭古墳・復元全長約250m)

形式前方後円墳
規模復元全長は約253メートル
※現在の規模は長さ103m・高さ13mの後円部のみ残る
築造年代5世紀前半頃

平城天皇陵(市庭古墳)は、佐紀盾列古墳群に含まれる古墳のうち、平城宮跡に最も近い場所にある古墳となっています。

規模としては現在は100m規模の中規模古墳ですが、平城京造成時に前方部が破壊された可能性が指摘されており、元来の規模は250m程度のかなり大規模な古墳であったと考えられています。

なお、奈良時代前から存在した古墳であったと推定されることから、本来の被葬者は平城天皇ではない可能性が高くなっています。

その他主要古墳

孝謙天皇陵(佐紀高塚古墳)

形式前方後円墳
規模全長約127メートル
後円部の全長約84m・高さ約18m 前方部の全長約70m・高さ約13m
築造年代5世紀前半頃

孝謙天皇(称徳天皇)陵(佐紀高塚古墳)は、近鉄大和西大寺駅から北東に比較的近い場所にある古墳です。なお、築造は5世紀に遡るとされるため、実際の被葬者については孝謙天皇ではないと推定されます。

古墳は大規模ではありませんが「西」を向く珍しい形状となっており、北側・東側には成務天皇陵・日葉酢媛命陵に隣接しています。

塩塚古墳

形式前方後円墳
規模全長105m
後円部の直径65m・高さ3.2m、前方部の直径が52m・高さ8.5m
築造年代5世紀中頃

塩塚古墳は、歴史散策のルートから少し外れた古墳群の北側エリアにある中規模古墳です。

観光客はほとんど見られない空間ですが案内板などが整備されているほか、墳丘の東半分は植生がないため、前方後円墳としての形状をしっかりと確認できるようになっています。

瓢箪山古墳

形式前方後円墳
規模全長約96メートル
後円部の全長約60m・高さ約10m、前方部の全長約45m・高さ約7m
築造年代5世紀前半頃

瓢箪山古墳は、日葉酢媛命陵の東側に位置する中規模古墳です。訪れる人は多くありませんが、史跡公園として整備されているため、また陵墓としての指定を受けていないため、墳丘のあるエリアへ立ち入ることも可能な貴重な空間となっています。

その他の古墳

上記でご紹介した古墳の他には、猫塚古墳・オセ山古墳といった小規模古墳や、各陵墓の陪塚などもあり、事実上目視できないものも含めると、多数の古墳が点在しています。

なお、一般的な「歴史散策」上で「みどころ」としてご覧いただけるような古墳は、上記でご紹介した10基の古墳のみとなっています。

まとめ

以上、佐紀盾列古墳群のうち主要な古墳の概要について一覧でまとめてまいりました。

古墳はいずれも近鉄大和西大寺駅などからも徒歩圏であり、平城宮跡の歴史散策と合わせて訪れやすい場所にもなっています。

陵墓・古墳という性質上、大規模な古墳も含めて決して有名な観光地という訳ではありませんが、奈良時代以前に遡る歴史のロマンを感じて頂けますので、歴史・考古学に少しでも興味がある場合はぜひ訪れてみることをおすすめします。