興福寺の各みどころ・観光スポットを全てご紹介!(境内の穴場スポット等も)

各種お役立ち情報

奈良の玄関口「近鉄奈良駅」から徒歩5分程度でアクセス可能な世界遺産「興福寺」

興福寺は東大寺のような大規模な境内地は有していませんが、五重塔・東金堂や2018年に再建された中金堂などのみどころを多数有するほか、仏像については東大寺を上回る国宝所蔵数となっており、阿修羅像をはじめとする「仏教美術の極み」とも言える世界を体感して頂ける空間として知られています。

こちらのページでは、興福寺境内・興福寺に関係する各仏堂などのみどころを一覧形式でご案内していきます。五重塔をはじめとする有名な場所から、境内にありながら余り知られていないような場所、またかつての興福寺に関連する境内外の観光名所まで、「みどころ」と呼べる場所は全てご紹介してまいります。

当サイトの情報は原則としてコロナ前のもので「アーカイブ的」な内容となっており、状況が異なっている場合があります。最新の状況については、各寺社仏閣などの公式的な情報や観光協会などの発信する情報をご確認下さい。

全体地図

興福寺境内は東大寺と比べ面積は小さくなっており、スムーズに各みどころを巡ることが可能です。

なお、上記の地図では境内外、奈良ホテル近くに位置する「名勝旧大乗院庭園」は表示していません。

中金堂

建立年代奈良時代初頭創建・平安時代以降計7回の焼失・平成30年(2018年)8度目の再建
規模東西約37メートル・南北約23メートル・高さ約20メートル
文化財本尊木造釈迦如来坐像
木造四天王立像(国宝

木造薬王・薬上菩薩立像(重要文化財)
厨子入り木造吉祥天倚像(重要文化財)
木造大黒天立像(重要文化財)
拝観時間9時~17時(入館は16時45分まで)
※拝観可能かも含め、最新の状況は興福寺様の公式情報をご確認下さい。
拝観料大人(大学生以上)500円・中高生300円・小学生100円

概要

興福寺境内で最大規模の仏堂である「中金堂」は、平成22年(2010年)から復元(再建)へ向けての工事が開始され、平成30年10月には落慶法要が行われ一般公開が開始されました。

現代における木造建築としては国内最大規模である中金堂の建築は、東金堂などとは異なり朱色が美しく映える華やかな佇まいであるため興福寺の「象徴」として非常に目立つ存在となっており、再建された堂内には華やかな色彩の中に複数の仏像も祀られているため、実に壮観で見ごたえのある空間となっています。

五重塔

建立年代奈良時代の天平2年(730年)創建・室町時代の応永33年(1426年)頃再建(5代目)
※建造物として国宝に指定
規模 高さ50.1メートル・初層(1階部分)は8ートル四方
文化財薬師三尊像(月光菩薩・薬師如来・日光菩薩)
阿弥陀三尊像(勢至菩薩・阿弥陀如来・観音菩薩)
釈迦三尊像(普賢菩薩・釈迦如来・文殊菩薩)
弥勒三尊像(大妙相菩薩・弥勒如来・法苑林菩薩)
拝観情報内部については、初層部分に限り特別公開が行われたことはありますが、概ね2~3年に1回程度秋季に実施されるという傾向となっており、拝観できる機会は少なくなっています。

◇概要

興福寺「五重塔」は、興福寺境内にある建物の中では、中金堂や南円堂以上に観光客からの知名度が高い「興福寺の顔」とも言える重厚な建物であり、高さは50メートルに及ぶその姿は京都の東寺にある五重塔と双璧を成す存在ともなっています。

当初は光明皇后の発願により創建された五重塔は、創建後は何度も焼失し、現在は室町時代に再建された5代目の塔となっていますが、その様式は奈良時代の創建期のものを踏襲した復古的なものとなっており、現在もその佇まいを伝え続けています。

なお、堂々たる外観のみが注目されがちな五重塔ですが、内部には曼荼羅風に並べられた三尊像があり、圧巻の風景を生み出していることでも知られています。

しかしながら上述した通り「拝観」については不定期にしか実施されておらず、内部を見ることが出来る機会はかなり限定されている状況となっています。

通常時にご覧いただけるものとしては、昼間の外観もさることながら夜間に実施されるライトアップが実に美しくなっており、昼間と異なり人通りも比較的少ない静かな環境で贅沢に「興福寺の象徴」を眺めて頂けるようになっています。

東金堂

建立年代奈良時代の神亀3年(726年)創建・室町時代の応永22年(1415年)再建(5代目)
※建造物として国宝に指定
文化財本尊銅造薬師如来坐像(重要文化財)
銅造日光・月光菩薩立像(重要文化財)
木造四天王立像(国宝)

木造十二神将立像(国宝)
木造維摩居士坐像(国宝)
木造文殊菩薩坐像(国宝)
拝観時間9時~17時(入堂は16時45分まで)
拝観料大人300円・中高生200円・小学生100円
国宝館との共通拝観券の場合、大人900円・中高生700円・小学生350円(発売は毎日16時15分まで)

関連記事:【興福寺東金堂】たくさんの国宝と出会える空間は奈良時代の面影を今に残す


◇概要

興福寺「東金堂」は、中金堂の東側、五重塔とは南北に並び立つ位置にある興福寺に古くから残されてきたものとしては唯一の「金堂」建築です。

聖武天皇が叔母の元正天皇の病気治癒を願い建立した東金堂は、五重塔と同様何度も焼け落ち倒壊する歴史を辿り、現在は室町時代に再建された建物が残されている状況ですが、建築様式は奈良時代の創建当初のものを強く受け継いだものとなっており、「中世の建築」らしさというよりは「天平建築」と呼ぶにふさわしい佇まいを残しています。

堂内には国宝館ほどではありませんが、比較的多くの国宝・重文指定の仏像が安置されており、温和な表情の本尊「薬師如来」さまのみならず大変肉付きのよい体形をした「四天王像」なども必見の存在となっています。

南円堂

建立年代平安時代初期の弘仁4年(813年)創建・江戸時代中期の寛政元年(1789年)頃再建(4代目)
※建造物として重要文化財に指定
文化財本尊木造不空羂索観音菩薩坐像(国宝)
木造四天王立像(国宝)

木造法相六祖坐像(国宝)
拝観情報拝観は年間1日のみ、「大般若経転読会」の行われる毎年「10月17日」に特別公開が行われます(2019年は特別公開期間が別途設定)。
当日は9時~17時(最終入堂16時45分・午後1時ごろから法要実施により1時間ほど拝観不可)まで拝観可能となっています。
拝観料金は大人300円・中高生200円・小学生100円です。

◇概要

興福寺「南円堂」は、興福寺境内の西側にある「朱色」の美しい八角円堂です。

興福寺創建期の奈良時代ではなく藤原家の権勢が一層強まった平安時代初頭に建立されたお堂は、その他の建物と同様複数回の再建を経て現在は江戸時代中期に再建されたものとなっていますが、北円堂などにも少し似た様式を保つなど、華やかな印象を感じさせつつも古風な佇まいを残した存在となっています。

堂内には康慶一門の作による本尊不空羂索観音菩薩坐像があり、金色の部分が多く残る華美なお姿は大変印象的な存在として知られています。

なお、東金堂などと異なり拝観は毎年10月17日のわずか1日のみ(特別公開実施時を除く)となっているため、仏さまを目にする機会は少なくなっています。

北円堂

建立年代奈良時代初期の養老5年(721年)創建・鎌倉時代初期の承元四年(1210年)頃再建
※建造物として国宝に指定
文化財本尊木造弥勒如来坐像(国宝)
木造無著菩薩・世親菩薩像(国宝)

乾漆造四天王立像(国宝)
拝観情報拝観は基本的に春と秋の特別公開期間のみとなっています。
例年の公開期間は、概ね春の特別公開期間は4月の第4土曜日~5月の第2日曜日、秋の特別公開期間は10月の第4土曜日~11月の第2日曜日となる傾向にあります。
拝観時間9時~17時(入堂は16時45分まで)
拝観料大人300円・中高生200円・小学生100円

◇概要

興福寺「北円堂」は、興福寺境内の北西端、南円堂の北側に位置する八角円堂です。

藤原不比等の一周忌に際して建立されたその建物は、現在は鎌倉時代初期に再建されたものとなっていますが、現在の興福寺境内の建築物としては最古級であるほか、南円堂と異なり華美な印象は感じさせないその佇まいとなっており、時に「日本で最も美しい八角堂」とも呼ばれるほどの名建築となっています。

また、堂内に安置されている国宝についても、本尊の弥勒如来さまの美しさもさることながら、見る者を圧倒する神聖な表情を見せる「無著菩薩・世親菩薩像」日本の仏教彫刻の最高峰とも呼ばれるほどの評価を受ける存在となっており、毎年特別公開期間にはその「美しさ」を味わおうと大勢の拝観者でにぎわいを見せる空間となっています。

三重塔

建立年代平安時代の康治2年(1143年)創建・同治承4年(1180年)頃再建
※建造物として国宝に指定
規模高さ20メートル・初層(1階部分)は5メートル四方
文化財本尊弁才天坐像
十五童子像
壁面仏画
拝観情報通常は非公開ですが、毎年七夕の日(7月7日)の(9時~16時)のみ特別公開されます。
拝観料は無料です。

◇概要

興福寺「三重塔」は、興福寺に現存する建築の中では、その古さと規模の割には知名度が低い存在として挙げられます。

五重塔ほどの規模はありませんが、高さは約20メートルもあり、建立年代は興福寺の建物の中では最も古く、12世紀末の平重衡に依る南都焼討の後、すぐに再建されたものが現在も残されています。

三重塔は、通常時は外観のみの拝観となりますが、毎年七夕の日(7月7日)には特別公開が行われ、当日はなんと三重塔の近くのみならず内部にも入って頂くことが出来ます。内部にはご本尊である弁才天坐像などが安置されており、当日はそれも含めて拝観して頂けるようになっています。

基本的に通常時は三重塔周辺は閑散としており、昼間でも静かな雰囲気を味わえるほか、夕方や早朝の美しい塔のシルエットを写真に納めるのもおすすめとなっています。

仮講堂

興福寺仮講堂
文化財阿弥陀如来坐像(重要文化財)
薬師如来坐像(重要文化財)
地蔵菩薩立像(重要文化財)
梵天立像(重要文化財)
銅造梵鐘(国宝)
拝観情報通常は非公開
特別公開が行われたことはありますが、今後の公開予定は未定です。

◇概要

興福寺「仮講堂」は、興福寺境内の北側、奈良県庁やバス通りから近いエリアにひっそりと建つ中規模のお堂です。

江戸時代に中金堂が焼失し、その後小さな規模で「仮堂」として一応の復興が図られた建物をルーツとする仮講堂は、昭和45年(1975年)にその仮堂の近く(講堂跡)に新たに建てられたものであり、中金堂が出来るまでは「仮金堂」と呼ばれていました。

建物自体は南円堂や北円堂のような目を引く形状ではなく、東金堂のような年季の入った佇まいでもないため注目されにくい存在ですが、中金堂完成後は「講堂」として再整備がされる方向で検討されているため、今後は注目を集めるような存在になると考えられます。

国宝館

文化財乾漆八部衆立像(国宝・阿修羅など)
乾漆十大弟子立像(国宝)
銅造仏頭(国宝・旧東金堂本尊)
千手観音菩薩立像(国宝)
金剛力士立像(国宝)
十二神将立像(国宝)

をはじめ多数収蔵
拝観時間9時~17時(入館は16時45分まで)
拝観料大人700円・中高生600円・小学生300円
東金堂の共通拝観券の場合、大人900円・中高生700円・小学生350円(発売は毎日16時15分まで)

◇概要

興福寺「国宝館」は、興福寺が所有する国宝・重要文化財の過半数を安置、所蔵する空間として昭和34年(1959年)に建設された建物です。

内部では大変有名な「阿修羅像」をはじめ、飛鳥時代の「白鳳文化」を象徴する「銅造仏頭」など、日本の仏教美術史を象徴するような名高い仏さまをじっくりと味わって頂けるようになっており、その「国宝館」という名の通り、名実ともに全国最大規模の「国宝の宝庫」となっています。

なお、国宝館の場所はかつての「食堂」・「細殿」跡にあたり、現在も地下には奈良時代にまでさかのぼる食堂の遺構がそのまま保存されていることでも知られ、国宝館の建物も食堂・細殿を一体化したような存在として「双堂」形式で設計されたものとなっています。

不動堂

関連記事:【興福寺不動堂】ススで覆われた仏さまが安置される「護摩供養」の空間


概要

「不動堂」は、興福寺境内南側、南円堂のほぼ真向かいに位置する小さなお堂です。

建物自体は仏堂のようには見えない不動堂は、火を焚きあげて行われる「護摩法要」の舞台として知られており、堂内に安置されている不動明王さまなどの仏像は、いずれもススで真っ黒になっています。

なお、小さなお堂ですので、内部には入ることは出来ないものの、外側から内部の様子をしっかりと望むことが可能となっています。また、護摩木の奉納も300円でして頂けるようになっています。

一言観音堂


◇概要

「一言観音堂」は、南円堂のすぐそばにある小さなお堂であり、内部には「一つの願いを真心こめてお祈りすると、その願いを叶えて下さる」という一言観音様がお祀りされています。

一言観音堂は「参拝」のみであれば自由にして頂けるようになっていますが、すぐ東側にある納経所においては、南円堂の御朱印の授与のほかにもこの「一言観音」様で御祈祷を行う申し込みも出来るようになっています。

なお、一言観音堂前の広場は、毎年4月17日には「放生会」の会場となり、その名の通り「生き物」を放つ儀式として「鯉」や「金魚」が桶に入れて並べられ、読経の後猿沢池に放流される姿を見ることが出来ます。

大湯屋

◇概要

「大湯屋(おおゆや)」は、現在の興福寺境内の最東端、奈良公園の緑豊かな自然に包まれた空間に単独で建つ比較的大きな建物です。

「大湯屋」という名前の通り、この施設は興福寺の僧侶らが身を清めるために使用する「浴場=お風呂」として使用されてきたものであり、現在の建物は室町時代に建てられたものが残されているほか、建物の内部には鉄の「湯釜」が残されています。

なお、拝観・見学については一切行われておらず、外観を離れた場所から見ることが出来るのみとなっています。

南大門跡

◇概要

南大門跡は、「中金堂」の真正面、南円堂と五重塔の中間点にあたる位置にあるかつての「巨大な山門」があった空間です。江戸時代までは金剛力士像も擁する立派な南大門があった場所には、現在は立派な基壇が復元されており、高台となった基壇の上からは美しい中金堂の姿を最もよい角度から眺めて頂けるようになっています。

西金堂跡(八重桜)

概要

西金堂跡は、光明皇后が建立し江戸時代まで存在した「西金堂」の建物があった空間です。

現在では仏堂の面影は石碑を除きありませんが「奈良八重桜」の名所として知られており、4月下旬頃の見頃になると、華やかな風景を楽しんで頂けます。

摩利支天石

関連記事:【摩利支天石】興福寺境内に現れる「宝蔵院流槍術」ゆかりの巨石

概要

摩利支天石(まりしてんせき)は、興福寺境内の南西側、三重塔とほぼ向かい合うような場所にひっそりと佇む「巨石」です。

この石は、かつて興福寺の勢力が大きかった時代に存在した子院「宝蔵院」の敷地にあったものであり、奈良発祥の武術「宝蔵院流槍術(ほうぞういんりゅうそうじゅつ)」の開祖宝蔵院覚禅房「胤栄」(いんえい)武士に好まれる神「摩利支天」をお祀りしたものであるとされています。

本坊

◇概要

興福寺の「本坊」は、五重塔・東金堂の更に東側、奈良公園の登大路園地と隣接する場所にある建物です。

こちらは観光スポットではなく、基本的には興福寺の寺務を執り行うスペースとして用いられていますが、「涅槃会」などの際には内部で儀式が行われます。

菩提院大御堂(十三鐘・興福寺子院)

建立年代鎌倉時代頃創建とも・現在のお堂は天正8年(1580年)に再建
文化財本尊阿弥陀如来坐像(重要文化財)
不空羂索観音菩薩像
稚兒観音菩薩像

関連記事:【興福寺菩提院大御堂】「十三鐘」と呼ばれる空間は貴重な興福寺の子院


◇概要

興福寺「菩提院大御堂」は、現在の興福寺の主要な境内地から南に道路を挟んだ傾斜地に位置する興福寺の「子院」です。

菩提院大御堂は、奈良時代の興福寺のキーマンとも言える僧侶「玄昉」が創建したとも言われていますが、この場所にこのような建物が創建されたのは鎌倉時代頃と言われています。

現在のお堂は江戸時代に入る少し前の天正8年(1580年)に再建されたものとなっており、境内には「十三鐘」としてお堂よりも古い永享8年(1436年)に鋳造された梵鐘を吊るす鐘楼や、鹿殺しの罪で死罪となった子供(三作石子詰伝説)ゆかりの塚などもあります。

関連記事:【伝説三作石子詰之旧跡】「鹿と子供」を巡る悲劇の伝説を現在に伝える空間

なお、興福寺に付属する子院はかつては「大乗院」をはじめ複数ありましたが、現在までこのように残されているものはこの「菩提院」のみとなっており、大変貴重な空間となっています。

旧大乗院庭園(境内外)

開園時間9時~17時
休園日月曜日(祝日の場合は翌日)・祝日の翌日(土・日曜日除く)・12月26日から1月5日までの年末年始期間(一部開館の場合あり)
入園料大人200円・小中学生100円

関連記事:【名勝旧大乗院庭園・文化館】水辺の風景が美しい「善阿弥」ゆかりの美しい庭園


◇概要

名勝旧大乗院庭園は、現在の興福寺境内からは少し離れた「奈良ホテル」の南側、ならまちエリアの町並みとも接する位置にある比較的大きな「庭園」です。

現在は「興福寺」と運営上は直接関係のある観光スポットではなく、奈良ホテルにより管理がなされています。

この庭園は、この周辺にかつて存在した興福寺の「門跡寺院」の一つである「大乗院」の庭園であったものであり、有名な善阿弥が作庭した美しい空間は長らく「奈良随一の庭園」ともてはやされるほどの人気を誇ったとされています。

大乗院そのものは廃仏毀釈の時代に完全に失われましたが、この庭園は所有者を転々とする中でどうにか生きながらえ、現在は大きな池と朱色の橋が美しい「かつての佇まい」を復原した上で一般公開されています。

會津八一歌碑

興福寺境内の東側、本坊や大湯屋へと抜ける道沿いには奈良を愛した歌人會津八一氏の短歌「はるきぬと いまかもろびと ゆきかへり ほとけのにはに はなさくらしも(春が来て、今はもう多くの人々が行き来するようになった。興福寺の庭には桜の花が咲き誇っているだろう)」が記された歌碑が設けられています。