天然記念物である「奈良の鹿」の「定義」について考える

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この記事では、天然記念物として保護されている「奈良の鹿」の定義・対象とされる範囲について見て行きます。

具体的には、「一般の野生の鹿との違い」や「農業被害」などの観点から考えていきます。

「奈良の鹿」としてひとくくりにされる存在は、果たしてどのような存在なのでしょうか。

天然記念物としての「奈良の鹿」

奈良観光には欠かせない存在であり、長い歴史の中でも奈良を象徴して来た存在である「奈良の鹿」。奈良の鹿は、国の「天然記念物」にも指定されています。

「天然記念物」というと、聞いたことはあっても一体どのような仕組みなのかよくわからない方も多いかもしれませんが、ざっくりと言ってしまえば「国の許可なくしては狩猟・採集などをしてはいけない保護すべき動植物など」を指す名称です。奈良の鹿は、春日大社や奈良市の働きかけによって、1957年(昭和32年)に国の天然記念物に指定(1947年には既に仮指定を受けています)されました。

すなわち、「奈良の鹿」は、奈良のまちで大切に守られてきたのみならず、現在では国(文化庁)によっても保護される存在となっているのです。

「奈良の鹿」は特別な種類なの?

天然記念物として保護される「奈良の鹿」。

春日山一帯など、原始的な環境が残される自然の中に生きる鹿が天然記念物指定を受けているということで、「奈良の鹿」は、一般的な鹿とは違う「特別な種類」であると思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、奈良の鹿は、種類的には日本に一般的に生息している鹿「ホンシュウジカ」となっており、各地の野山で時折見ることが出来る鹿と基本的に違いはありません。

奈良の鹿は人間と共生していることから、おじぎ(エサの催促)をする奇妙な仕草を身に付けたり、他の野生動物をあまり気にする必要がないためにのんびりとしているといった特徴はあるかもしれませんが、動物の種類として、何か別の名前が付いている存在ではないのです。

但し、種類は同じであっても、神の使いとして保護されるという特徴的な環境で生息してきた結果として、大きくニュースにもなっている通り、独自の遺伝子型を持っているという研究成果が出ています。

「奈良の鹿」の生息区域は「奈良市一円」?

奈良の鹿を、天然記念物指定を受ける上で議論されることになったのは、動物としての種類などではなく、むしろその「保護の範囲(生息区域)」でした。

そもそも、いくら「奈良の鹿」と言われる奈良公園一帯に住む鹿がいるとは言っても、見た目・動物の種類としては日本のあちこちにいる鹿と変わりなく、目視で遺伝子配列などを知ることは出来ませんので、この鹿が「奈良の鹿」である。と決めることはそれほどたやすいことではありません。

天然記念物指定を受ける上では、奈良市などは春日大社境内・奈良公園・春日山周辺といった比較的狭い範囲を想定していたようですが、実際に国による指定を受けることになった際には、なんと「奈良市全域」が天然記念物としての保護区域として指定を受けることになりました。

奈良市全域が保護区域になってしまったということは、農業が主産業である東部山間部の田原エリア・柳生エリアなどで鹿が生息している場合でも、同じように「奈良の鹿」として捕獲が禁じられてしまうということになります。

奈良の鹿については、とりわけ近代以降には「農業被害」をもたらす存在として戦前から大きな問題となってきた歴史もあり、その上で鹿を捕獲してはいけないという天然記念物指定を受けることになってしまったため、農業者の怒りは相当なものでした。

「天然記念物指定」の難しさと折り合い

農業被害を受けたとしても鹿を捕獲してはいけない状況になってしまった農業者は、その後「鹿害訴訟」を起こします。鹿害訴訟はかなり長期間続くものとなりましたが、昭和の終わり、1985年(昭和60年)には和解によって奈良市内を4つのA地区~D地区という地域区分に分け、それぞれで保護のあり方を変えることが出来るようにして、D地区では捕獲することも出来るように制度を変えました。

もっとも、その後も長らく鹿が捕獲されることはなく、基本的には柵などによって管理される状況が続き、「鹿害」が減ることもありませんでした。

具体的な対策が講じ始められたのは2017年。山間部・農村部の「D地区」の鹿について、農業被害の拡大を防ぐために奈良県は文化庁に捕獲の許可を申請し、その許可が下りたため、捕獲が開始されることになりました。120頭の捕獲枠に対し、初年度は16頭の捕獲に留まりましたが、翌年以降捕獲頭数が増え、捕獲枠もその後160頭に増えて上限頭数が捕獲されるなど、しっかり捕獲活動がなされるようになっています。奈良市内の鹿に関する取り扱いは、エリア限定とは言えこれまでとは大きく異なった方向性へと舵を切ることになったのです。

なお、この「捕獲」を巡っては、鹿を殺してしまうことになるため、様々な批判が寄せられていることも事実ですが、奈良県としては保護と農業被害の対策を両立するために必要な事業であるとしているほか、奈良公園一帯に生息するのんびりとした鹿と、山間部に出没する鹿は個体が違うものであるとしており、理解を求めている状況となっています。

まとめ

・奈良の鹿は、1957年(昭和32年)に国の天然記念物に指定され、捕獲などが禁じられる法的な「保護」対象となりました。

・天然記念物指定を受けている「奈良の鹿」は、種類としては日本のあちこちに生息する「ホンシュウジカ」であり、区分としては特別な存在ではありません。但し、ニュースにもなった通り遺伝子型に独自の特徴があるという研究成果が存在します。

・天然記念物指定においては、その生息区域を「奈良市全域」としたため、山間部で農業被害が出ている場合でも対策を取ることが出来ず、農業者は「鹿害訴訟」を起こして長年争って来ました。

・現在では奈良市内を4つの区域に分け、地域に応じ保護のあり方を変えられるように制度変更が加えられ、一部山間部では実際に鹿を捕獲する事業が開始されています。