【円成寺】目を見張る美しさの庭園と華麗な仏像で知られる奈良の「隠れ寺」

円成寺名勝庭園 観光スポット・みどころ

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観光のご案内

歴史・概要

円成寺(圓成寺・えんじょうじ)は、奈良市東部山間部、「柳生街道」沿いにある真言宗御室派のお寺です。お寺は「庭園」の美しさや数々の貴重な仏像でも知られる空間として知名度は高く、交通アクセスはかなり不便な場所にありながらも奈良市有数の観光スポットとして数多くの参拝者が訪れる場所となっています。山号は「忍辱山(にんにくせん)」という珍しい名前ですが、この名称はかつて奈良のまちの東側に広がる山間部一帯に「鹿野園(ろくやおん)」・「誓多林(せたりん)」・「大慈山(だいじせん)」・「忍辱山(にんにくせん)」・「菩提山」とインドの仏教聖地に見立てた名称を与え、お寺を創建したことに由来するものであり、現在はこの忍辱山円成寺と市内南部の菩提山正暦寺のみが残されています。

円成寺の歴史は、天平勝宝8年(756年)に聖武上皇・孝謙天皇の勅願によって鑑真和上の弟子である唐からの渡来僧「虚滝和尚」が開山したとも、また平安時代の貞観期に創建されたとも伝わりますが、一般的には平安時代の中頃にあたる万寿3年(1026年)に命禅上人と呼ばれる僧侶が十一面観音を祀ったことが創建の由来であると考えられています。

その後天永3年(1112年)になると阿弥陀堂・阿弥陀如来像を「小田原聖」と呼ばれた経源と呼ばれる僧侶が設置したほか、仁平3年(1153年)になると広隆寺別当・東寺長者・高野山管長・東大寺別当を歴任したという経歴を有する京都御室仁和寺の寛遍上人が「忍辱山」に登って真言宗の一派「忍辱山流」修法を創始したとされ、平安時代から鎌倉時代にかけて、伽藍の堂宇の整備も含めてお寺の枠組みが整えられていくことになります。

一定の規模を持つ寺院として栄えた円成寺ですが、室町時代の文正元年(1466年)には兵火により多くのお堂が焼け落ちる被害を受け、その後子院の知恩院院主であった栄弘阿闍梨が中心となり復興を急ぎ、20年程で14の堂宇が再建されることになったとされており、江戸時代に入ってからはその復興期に円成寺に持ち込まれた「高麗版大蔵経」を幕府に献上したことから235石と比較的寺領が大きいお寺として23の子院を擁するほどに繁栄したとされています。

なお、明治に入り廃仏毀釈・神仏分離の時代を迎えると円成寺はその他寺院と同様急速に衰退し、一部の建造物を除き全ての子院などが失われることになりますが、その後はゆっくりとした復興の中で名勝庭園なども再整備されて現在に至っています。

主な仏像・文化財について

大日如来坐像(国宝)

円成寺唯一の国宝として知られる大日如来坐像は、平安時代末の安元2年(1176年)に、鎌倉時代にも活躍した有名な仏師である「運慶」によってつくられたとされている大変貴重な仏像です。運慶がそのキャリアの最初に生み出した仏さまの一つとして知られるこの仏像は、既にスマートで写実的な新時代の作風が表現されており、20歳代で生み出した作品とは思えない完成度の高さ、才能を感じさせるものとなっています。

収蔵場所はかつては多宝塔であり、そのご本尊でしたが、現在は受付の裏手にある真新しい専用空間(相應殿)において基本的には通年拝観可能となっています。

本尊阿弥陀如来坐像(重文)

本堂のご本尊であり像高1.5メートルほどの阿弥陀如来坐像(重文)は、平安時代の後半に造立された「定朝様」の典型とも言える丸みを帯びた少しふくよかな雰囲気も感じさせる仏さまであり、金箔もよく残されているため美麗な印象を感じさせるものとなっています。国宝の大日如来さまとは全く雰囲気の異なる存在ではありますが、静かに目を閉じて定印を結ぶその姿は本尊にふさわしい風格も感じさせる佇まいともなっています。

その他の仏像

本堂には本尊の他にも複数の仏像が安置され、このうち鎌倉時代前半の建保5年(1217年)造立の四天王立像は、たくましさを感じさせる写実性を伴うものとなっているほか、鎌倉時代後半の延慶2年(1309年)造立で、聖徳太子が2歳の時の姿を表現した南無仏大師立像も安置されています。また平安時代中頃~後期、鎌倉時代に造立された2躰の十一面観音立像も安置されており、いずれもゆったりとした佇まいを感じさせる存在となっています。また平安時代後期に造立された薬師如来立像は、まるで誰かの顔を眺めているかのような気分になるような豊かな表情を見せつつ、衣の紋様や光背などは繊細な美しさを感じさせる仏さまとなっています。また、護摩堂には不動明王立像のほか、かつて存在した食堂のご本尊であり、開山の命禅上人のお姿を表したとされる僧形文殊菩薩坐像を安置しています。なお、多宝塔には現在は大日如来坐像の新調されたレプリカが安置されており、金色に光り輝く姿をご覧いただけるようにもなっています。

円成寺のみどころ・風景

名勝庭園

平安朝の優雅な雰囲気を感じさせる「浄土式庭園」の一例として知られる円成寺の名勝庭園。季節ごとの美しい風景と池や楼門が織りなす風景は、「極楽浄土」の世界を体現しているかのような幻想的風景となっています。

本堂

寝殿造のような建築である本堂は、室町時代に平安時代の本堂の建築をほぼそのまま再現する形で再建されたものであり、本尊阿弥陀如来坐像や四天王立像などを安置する空間となっています。なお、入り口付近の広々とした空間や内部の須弥壇周辺の豪華な佇まいなど仏像以外のみどころも多くなっています。

多宝塔

多宝塔は、平成になってから再建された真新しい建築であり、奈良市内では唯一の「多宝塔」となっています。かつてはこの内部に有名な大日如来さまが安置されていましたが、現在は拝観受付近くの専用空間に移転し、多宝塔には金色が光り輝く「レプリカ」が安置されています。

楼門

楼門は、室町時代に建立された円成寺の山門であり、現在はここからの出入りは出来ませんが、複雑かつ装飾性も感じさせる建築様式などを間近からご覧いただけるようになっています。

鎮守社春日堂・白山堂

本堂の東側には、お寺の鎮守社である神社「春日堂」と「白山堂」があります。これらは鎌倉時代の前半に春日大社本殿であった建物を移築したものであり、現在残されるものとしては最古の「春日造」の建築となっており、非常に貴重な存在として国宝に指定されています。

護摩堂

護摩堂は、本堂西側にある小さなお堂であり、内部には不動明王立像・僧形文殊菩薩坐像などを安置しており、毎月護摩供養も実施される空間となっています。

宇賀神本殿

白山堂・春日堂の東隣の覆屋内に建つ宇賀神本殿(鎌倉時代)は、弁財天と習合した神様として知られ、農耕の神や「蛇神」などとしても知られる宇賀神を祀る空間となっています。社殿は春日造社殿でありつつ、向拝部分は曲線状の唐破風となっており、重厚感を感じさせる社殿建築となっています。

鎮守拝殿

境内東側、鐘楼の手前にある「鎮守拝殿」は、江戸時代の延宝3年(1675年)の建立で、こぢんまりとした入母屋造の建物となっています。

鐘楼

境内東側にある鐘楼は江戸時代の寛文7年(1667年)の再建となっています。

次項では、拝観に関する情報を解説していきます。

拝観情報

拝観時間:9時~17時

拝観料:大人 500(450)円・中高生400(350)円・小学生100円

※括弧内は30名以上の団体料金

次項では、交通アクセスについてご案内致します。

アクセス(電車・バス)

近鉄・JR線各駅からのアクセス

奈良交通バス

JR奈良駅(西口)・近鉄奈良駅から「柳生」・「石打」行き乗車、「忍辱山(にんにくせん)」下車、西にすぐ

JR奈良駅・近鉄奈良駅からタクシーで約20~30分程度

駐車場について

円成寺には、拝観者専用の無料駐車場が境内南側に確保されています。拝観者が非常に多いケースを除いて満車になることはそれほど多くありません。

周辺のみどころ・観光スポット

一帯は「柳生街道」沿い・夜支布山口神社から南西に徒歩約30分・水木古墳から南西に徒歩約30分・柳生街道沿い「峠の茶屋」から北東に徒歩約60~90分

円成寺周辺地図