【西大寺】「叡尊上人」の活躍で有名なかつての大寺院は「近世建築の宝庫」

西大寺とは?

西大寺(さいだいじ)は、奈良市内の西部、東大寺・興福寺・奈良公園などのある奈良駅周辺の観光ゾーンからは平城宮跡などを挟んで西に離れた近鉄「大和西大寺駅」近くにある比較的大規模なお寺です。

西大寺は奈良時代には「南都七大寺」として大いに繁栄し、その後一時衰退を挟みつつも鎌倉時代には叡尊上人の活躍により大いに復興を成し遂げ、その後は衰退傾向となりつつも現在も比較的広い境内を残しているお寺となっており、奈良時代からの「南都仏教」の雰囲気をそのままに感じさせる東大寺や興福寺、唐招提寺などといったお寺とは少し違った雰囲気を持つお寺となっています。

現在の西大寺は、「大茶盛」と呼ばれる多人数で巨大なお茶碗を回し飲みするというユニークな体験がして頂ける場所としても有名な存在となっており、とりわけ新春、1月に行われる大茶盛は新聞やテレビで取り上げられる奈良の風物詩の一つとなっています。

歴史-奈良時代の大寺院から「鎌倉仏教」の拠点へ

西大寺の歴史は、東大寺といった奈良を代表するその他のお寺とは少し異なり、「南都仏教」の拠点としての役割から、「鎌倉仏教」文化の拠点へと変化するというユニークな系譜を持つお寺になっています。

お寺の創建は奈良時代の後期、天平宝字8年(764年)9月にさかのぼり、「恵美押勝の乱」と呼ばれるクーデター的な反乱が起こる中、当時の「孝謙上皇(反乱平定後は称徳天皇)」が、情勢の安定を願って四天王像を造立したことがその創建の由来であるとされています。

東大寺・興福寺などと比較すると創建は比較的遅かった西大寺ですが、その後は急速に境内(伽藍)の整備が進み、推定では現在の10倍ほどの敷地に「金堂」・「東西両塔」・「四王院」・「十一面堂院」・「食堂院」・「正倉院」などといった100棟を超える仏堂などが立ち並んでいたともされ、「南都七大寺」の一つとして東大寺などに匹敵する規模を持っていたとすら考えられています。

その後平安時代には多くの奈良の寺院と同様衰退、荒廃への道を進むことになる西大寺ですが、鎌倉時代になると「叡尊上人」と呼ばれる僧侶の活躍によりその他のお寺以上に復興を成し遂げ、仏教戒律の研究拠点として再び大いに繁栄することになりました。この時期には現在残されている貴重な文化財も数多く蓄積され、現在に引き継がれる西大寺の歴史は概ねこの時代以降に形成されたものとなっています。

鎌倉以降は再び衰退傾向になる西大寺ですが、江戸時代にはかつての規模を確保することは叶わずとも現在の重厚感あふれる本堂をはじめ多数の仏堂建築が建立(再建)され、現在ご覧いただける境内の風景の基盤が生み出されるなど「近世」の色合いも強いお寺となっているほか、廃仏毀釈の嵐の影響を興福寺などと比較すると受けなかったため現在も般若寺や海龍王寺など多くのお寺を統括する中心的なお寺として機能し続けています。

主な仏像・文化財について

西大寺は、主に鎌倉時代以降に造立された多数の仏像をはじめ、「聚宝館」には宝物も展示されているなどその歴史を物語る多数の貴重な仏像・文化財を所蔵しています。

本堂には本尊であり、鎌倉時代に叡尊が京都の清凉寺にある仏像をモデルに造立させたとされる釈迦如来立像(重要文化財)やこちらも鎌倉時代に造立された「獅子」の勇壮な姿が特徴的な文殊菩薩騎獅像及び四侍者像(重要文化財)や弥勒菩薩坐像が安置されています。

また、愛染堂にはJR東海のキャンペーンでも紹介された憤怒の表情と端正な表情を併せ持つ鎌倉時代の秘仏「愛染明王坐像」があるほか、西大寺の仏像としては初めて「国宝」に指定された「木造叡尊坐像」も安置されています。また四王堂に安置されている堂々たる平安時代の十一面観音菩薩立像、またその脇にある鎌倉時代の四天王像も西大寺を代表する仏さまとなっており、四天王像に付属する「邪鬼」に関しては西大寺唯一と言ってよい奈良時代の創建期から残されるものであり、長い歴史を物語る貴重な存在になっています。なお、宝物としては聚宝館に展示されている金銅宝塔(鎌倉時代)が国宝に指定されています。

西大寺のみどころ・風景

本堂

西大寺の「本堂」は、愛染堂と同じくらいの規模を誇る比較的大きな仏堂建築であり、創建は江戸時代後期の1805年(文化2年)と比較的新しいですが、土壁を用いずに板壁のみで構成される重厚感ある近世仏堂建築として重要文化財に指定されています。

内部には本尊釈迦如来立像をはじめ複数の仏さまが安置されているほか、堂内の照明として用いられる美しい灯籠の光も印象的な空間となっています。

【西大寺本堂】独特の近世建築で鎌倉時代の仏教美術をじっくり味わう

東塔跡

東塔跡は、本堂のほぼ真正面の位置に残されている巨大な石の基壇跡であり、かつて室町時代までは立派な東塔が建っていた跡となっています。鎌倉時代には叡尊による復興が図られる際には伽藍の中心的エリアとされ、一帯は「宝塔院」と呼ばれていたと考えられています。

【西大寺東塔跡】創建期からの歴史を受け継ぐ五重塔の基壇跡

愛染堂

愛染堂は、本堂の南西側すぐの位置にあるお堂であり、本堂に匹敵する規模を有していますが、元々は江戸時代中頃にあたる明和4年(1767年)に京都にあった近衛家の邸宅(御殿)の寄進を受けて移築されたものであり、その建築様式は「寝殿造」という珍しい仏堂となっています。内部には有名な愛染明王坐像、そして国宝の叡尊坐像などが安置されています。

【西大寺愛染堂】圧巻の愛染明王坐像はかつての「近衛家」の住まいにお祀りされる

四王堂

四王堂は、本堂の東側に位置するお堂であり、現在のお堂は江戸時代前期にあたる延宝2年(1674年)に再建されたものとはいえ、本堂や愛染堂とは異なり奈良時代の基壇が正面に残されているなど、長い歴史を有する存在となっています。

内部にはその「四王」の名の通り奈良時代の「邪鬼」が付属した鎌倉時代の「四天王像」が創建の由緒を伝えているほか、それ以上に目立つ存在として京都白河十一面堂院から移転された「客仏本尊」である十一面観音立像がその堂々たる姿を見せています。

【西大寺四王堂】美麗な十一面観音立像がお祀りされる空間には創建時の「邪鬼」も残される

不動堂(護摩堂)

不動堂は、本堂の東側すぐの位置に建つ小さくも美麗なお堂であり、江戸時代の前期にあたる寛永20年(1643年)頃に建立されたものとなっています。内部には宝山寺の開基かつ仏師でもあった「湛海」作の不動明王坐像がお祀りされています。

【西大寺不動堂】すっきりとした美しさを感じさせるお堂には不動明王坐像が祀られる

大師堂

愛染堂の南側に位置する大師堂は、建立は昭和の戦後と新しいですが、石造の「弘法大師坐像」を安置する空間となっており、大師信仰に基づき現在でも「初大師供」や「寺山大師講大祭(護摩祈願)」などといった行事が行われています。

【西大寺大師堂】石仏の「弘法大師坐像」をお祀りする小さなお堂

大黒堂

大黒堂は、愛染堂の北側、また本堂の西側すぐの位置にある小さなお堂であり、かつては「三光院」と呼ばれる現在は廃絶した西大寺の塔頭寺院の本堂であった建物を移築したものと伝わっています。堂内には室町時代に造立された「大黒天半跏像」を安置しています。

【西大寺大黒堂】かつての塔頭寺院の本堂には室町時代の大黒天像をお祀りする

南門

南門は、大和西大寺駅に近い東門からは南西に離れた場所にある西大寺境内への入り口の一つです。門は観光客の出入り自体はそれほど多くないものの、東門以上に重厚感を感じさせ、かつ建造年代は鎌倉時代~室町時代頃と推定されるなど西大寺では最古級の建造物となっています。

門からは東塔跡・本堂が真っすぐに見渡せる風景も広がっているため写真撮影にも適した環境となっており、西大寺に訪れた際はぜひ足を運んでおきたいスポットとなっています。

【西大寺南門】本堂・東塔跡を望む境内最古の建物

東門

東門は、西大寺へアクセスする際に観光客の多くが利用する事実上の正門となっています。その重厚感や歴史は「南門」ほどではないようですが、門から見渡せる「石畳」が愛染堂・本堂一帯に渡って続く風景は西大寺の落ち着いた佇まいを感じさせる味わい深い風景となっています。

鐘楼

西大寺の鐘楼は、本堂の南側、東塔跡のすぐそばにある立派な鐘楼で「袴腰」と呼ばれる末広がりの建築様式を持つ建築となっています。この鐘楼は元々は現在の兵庫県川西市にある「多田神社」がかつて「多田院」と呼ばれるお寺であった時代のもの(江戸時代)を移築した歴史を持ち、ユニークな系譜を持つ存在となっています。

【西大寺鐘楼】豪華な雰囲気を感じさせる「多田院」ゆかりの建築

本坊

西大寺「本坊」

唐破風の表玄関を有する「本坊」は、書院である「西室」そしてその奥の「奥書院」が並ぶ建物となっており、愛染堂とも廊下で接続された建物となっています。歴史は鎌倉時代に中興の祖である叡尊上人がこの周辺に「西僧坊」を築いて住んでいたことに遡るとされ、その後は「二聖院」という子院を経て現在は本坊が「寺務所」・「宗務所」となっています。

法寿院

法寿院(西大寺)

境内の北東端にある塔頭寺院の一つ「法寿院」は、叡尊上人の長兄乗現房禅心上人により開基された「饒益坊」のうちの一つ(この他真如庵・松林庵がかつてはありました)であり、鎌倉時代にさかのぼる歴史を持っています。現在の本堂にあたる阿弥陀堂は江戸時代前期の明暦2年(1656年)5月に再建されたものとなっており、近隣の檀家寺としての役割も果たしています。

阿弥陀堂内には本尊阿弥陀如来坐像(江戸時代)をお祀りし、この他には不動明王立像(江戸時代) ・禅心上人坐像(江戸時代)もお祀りしていますが、塔頭寺院でもあるため拝観は出来ません。

清淨院

清淨院(西大寺)

湛海作と言われる本尊不動明王坐像(江戸時代)をお祀りする清淨院は、四王堂の向かい側にある塔頭となっています。清淨院は元々「東室」と呼ばれるエリアに含まれていたものであり、再建・火災・再度の再建などを経て現在に至っています。なお、塔頭寺院でもあるため原則拝観は出来ません。

増長院

増長院(西大寺)

平安時代初期のものと推定される本尊不動明王坐像を安置する増長院は、明治期に一時廃絶後、昭和に再び復興された歴史を持つ塔頭寺院であり、華蔵院の西隣に位置しています。こちらも塔頭寺院でもあるため原則拝観は出来ません。

華蔵院

華蔵院(西大寺)

増長院の東側に位置する華蔵院は、かつては四之室とも呼ばれた塔頭の一つであり、江戸時代の永禄年間に再建された存在として知られており、高栄大徳が本尊不動明王を造立したとされています。こちらも増長院と同様明治期に一時廃絶、その後復興した歴史を持っています。原則的に拝観は出来ません。

護国院

護国院(西大寺)

鎌倉時代の弘安6年(1283年)に叡尊上人(興正菩薩)が建立した護国院は、本尊は不動明王であり、正式名称を宝生護国院とも言う比較的古い歴史を持つ空間となっています。歴史としては室町時代の炎上後、天正元年(1573年)には高承大徳により再建されたほか、敷地内の客殿持仏堂は江戸時代の享保年間に建立された歴史などを持っています。拝観は基本的にはできません。

一之室院

一之室院(西大寺)

現在は古めかしい土蔵のような庫裏の部分のみが残される「一之室院」は、旧本尊が如意輪観音となっており、鎌倉時代などにさかのぼる古い歴史を持っています。土蔵の佇まいは実に趣あるもので、お寺の境内らしからぬ独特の雰囲気を醸し出しています。

聚宝館

聚宝館は、西大寺が所蔵する宝物などを展示するための専用空間であり、国宝金堂宝塔(鎌倉時代)や重要文化財の吉祥天女立像(平安時代)など多数の仏像、文化財が所蔵されています。なお、公開期間は通年ではなく春・秋・冬の一部シーズンのみに限られていますのでご注意ください。

【西大寺聚宝館】寺宝・仏像を多数収蔵する空間は拝観期間限定の施設

その他のみどころ

百萬古柳周辺

西大寺の百萬古柳

東門からほど近い場所には、「百萬古柳」と呼ばれる柳の木があります。この柳の木は日本の細い葉を持つものではなく、中国由来の丸い葉を持つ「柳」であるため目につきにくい存在ではありますが、能楽「百萬」において主人公の百萬が子どもとはぐれてしまったとされる舞台となっており、その由来について記された案内板なども設置されています。

清瀧権現周辺

西大寺の清瀧権現

境内の南側、興正殿などの近くには真言密教の守護神である清瀧権現を祀る小社が池に浮かぶ形で設けられているほか、境内南端部には「西国三十三ヶ所観音」として小さな石像が並べられています。

西大寺の閼伽井戸

「西国三十三ヶ所観音」の石像近くには「閼伽井戸」も設けられています。

興正菩薩堂

境内南側の光明殿・大師堂に近い位置にある小祠は知名度は高い存在ではありませんが、興正菩薩の石像を祀る興正菩薩堂と小さな地蔵菩薩を祀る祠が2つ並んでいます。

大ケヤキ

西大寺の大ケヤキ

西大寺境内の北側にあるケヤキは奈良市の保存樹に指定されている巨樹であり、樹高は20メートル以上で幹周は4メートル以上となっており、市街地に隣接する場所にある樹木としては市内でも珍しい存在となっています。

歌碑

孝謙天皇の万葉歌碑(西大寺)

鐘楼のそばには孝謙天皇の歌碑が設置されています。歌碑は漢文で記されていますが、脇には口語訳した「この里は継ぎて霜や置く夏の野に わが見し草はもみちたりけり」が記された小さな碑も設置されています。また、この他にも多数の碑が境内には設置されています。

境内外

奥の院(法界躰性院)

奥の院は、本堂などのある境内地からは西に比較的離れた位置にある「叡尊上人」の御廟(お墓)のある空間となっています。境内は江戸時代に建立された地蔵堂などがある一方、一番目立つものは叡尊上人(興正菩薩)の巨大な「五輪塔」となっており、石造物が多数並ぶインパクトのある風景が広がっています。

【西大寺奥の院】叡尊上人の御廟所(お墓)には「日本最大級の五輪塔」も

石落神社

西大寺の東門のすぐそば(境内外)に建つ石落神社は、室町時代中頃に建立された檜皮葺の社殿が一つだけ建つ小さな神社となっており、かつて叡尊上人が少彦名命(石落神)をお祀りする形で創建した神社と伝わっています。なお、「石落神」は「秘薬」を授けたというユニークなエピソードも伝わっており、実際にそれにちなんだ「豊心丹」と呼ばれる漢方薬が造られています。

【西大寺石落神社】秘薬を産んだ神を祀る叡尊上人ゆかりの神社

年中行事

1月15日 「新春初釜大茶盛式」 場所:光明殿

・巨大な茶碗でたてたお抹茶を回し飲みするという西大寺の名物行事として知られる「大茶盛」。大茶盛は年3回実施されますが、その中でも新春の大茶盛は冬の風物詩として新聞やニュースなどでも頻繁に取り上げられる存在となっています。また、春や秋のものと比較すると予約不要でリーズナブルにお茶を楽しんで頂ける行事となっています。

【観光】奈良・西大寺の「大茶盛式」ってどんな行事?【巨大茶碗】

1月15日~2月4日 「秘仏愛染明王御開扉(愛染堂)・聚宝館開館」

1月18日 「初観音供」 場所:四王堂

1月21日 「初大師供」 場所:大師堂

2月3日 「節分星祭祈願会」 場所:愛染堂

2月15日 「常楽会」 場所:愛染堂

3月最初の午の日 「初午厄除祈祷会」 場所:四王堂

3月彼岸の中日 「春の彼岸会、芝・野神垣内堂参り」 場所:法寿院・芝薬師堂・野神堂

3月下旬 「修二会」 場所:本堂

4月1日~5月31日 「聚宝館開館」

4月第2日曜日・その前日の土曜日 「春の大茶盛式」 場所:光明殿・境内一円

・春の秋の大茶盛会は、冬と違い予約制でややお値段は高くなりますが、大茶盛席のみならず煎茶席・点心席・本堂参拝・ 護摩祈願(古茶筅の供養)などお茶の回し飲み以外にもお楽しみ頂ける内容が多くなっています。

5月21日 「大師大祭・寺山大師講総会」 場所:大師堂・興正殿

7月20日 「饒益坊忌」 場所:法寿院

7月23日 「地蔵会式」 場所:奥の院

8月4日 「本願称徳天皇忌」 場所:愛染堂

8月16日 「施餓鬼会」 場所:法寿院

8月25日 「興正菩薩忌」 場所:愛染堂・奥の院

9月彼岸の中日 「秋の法寿院彼岸会、芝・野神垣内堂参り」 場所:法寿院・芝薬師堂・野神堂

10月3日~5日 「光明真言土砂加持大法会」 場所:本堂・境内一円

・西大寺本体のみならず、関連する寺院の僧侶らも含めて一堂に会する「光明真言土砂加持大法会」は西大寺の1年で最も大規模な儀式となっており、3日に渡り夜通し法要が行われ、本堂内部は厳粛な空気に包まれ続けます。

10月第2日曜日 「秋の大茶盛式」 場所:光明殿・境内一円

・春の秋の大茶盛会は、冬と違い予約制でややお値段は高くなりますが、大茶盛席のみならず煎茶席・点心席・本堂参拝・ 護摩祈願(古茶筅の供養)などお茶の回し飲み以外にもお楽しみ頂ける内容が多くなっています。

10月25日~11月15日 「秘仏愛染明王御開扉(愛染堂)・聚宝館開館」

12月31日 「除夜会」 場所:鐘楼堂・境内一円

拝観情報

拝観時間

本堂・四王堂:8時30分~16時30分

愛染堂・聚宝館:9時~16時30分

※愛染堂の秘仏愛染明王の公開期間は1月15日~2月4日・10月25日~11月15日

※聚宝館の公開期間は1月15日~2月4日・4月1日~5月31日・10月25日~11月15日

拝観料

本堂:一般(大学生以上)400円・ 中高生350円・小学生200円

(団体の場合一般350円・中高生300円・小学生150円)

愛染堂・四王堂・聚宝館:中学生以上300円・小学生200円

(団体料金等の設定はなし)

諸堂拝観共通券

・本堂、愛染堂、四王堂、聚宝館の四堂全てが拝観可能となっており、一人1000円となっています(料金区分はありません)。
・聚宝館を除く三堂の場合は一人800円で拝観して頂けます。

※西大寺の御朱印は、本堂・四王堂・愛染堂でそれぞれ授与して頂けるようになっています。

交通アクセス

最寄駅からのアクセス

近鉄大和西大寺駅から西に徒歩4分

※東門までのアクセス時間となっており、南門や本堂一帯へはもう少しだけ歩いて頂く必要があります。

※駐車場:境内南東側に有り(有料・普通車1時間300円、昼間時最大1500円)

近隣スポット

西大寺石落神社は東門の東側すぐ・西大寺天満神社から東に徒歩3分・西大寺奥の院から南東に徒歩8分・菅原天満宮から北に徒歩10分・菅原天満宮遺跡天神堀から北に徒歩12分

周辺地図