長屋王邸跡

【長屋王邸跡】巨大商業施設が営業を行う「失われた遺構」には案内板のみが残される

ごあんない

長屋王邸跡は、近鉄新大宮駅の東側に位置する奈良市街地では最大級の商業施設「ミ・ナーラ」の敷地に存在した「かつての遺跡」です。

奈良時代の歴史に名を残す人物である「長屋王(ながやおう)」は、父親は天武天皇の長男にあたる高市皇子、また母親は天智天皇の皇女にあたる御名部皇女という「嫡流」に近い血筋の人物であり、奈良時代初頭には次々と要職を歴任、政界における昇進を重ね、権勢を振るった藤原不比等の死後は従二位・右大臣という地位に就き、事実上政治を主導する存在として不比等の政策を踏襲する形で社会不安の解消、安定や反乱鎮圧などを行っていきます。一方で、次第に不比等の子にあたる藤原四兄弟との関係性が悪化し、最終的には長屋王に関する密告や邸宅の包囲によって長屋王が自殺に追い込まれる「長屋王の変」により人生を終えることになるという運命をたどった人物として知られており、死後は藤原四兄弟の同時期の病死など、「長屋王の呪い」と呼ばれる不幸が数多く起こるなど、奈良における「怨霊伝説」にまつわる筆頭格の存在として知られてきた存在にもなっています。

長屋王邸跡は、その名の通りその長屋王が住んでいた邸宅の跡であり、かつ「長屋王の変」の舞台でもある空間となっており、長屋王の居住空間、事務スペース、使用人の空間などからなる6万平方メートルにも及ぶ広大な敷地を有する空間であったとされています。また、かつて行われた発掘調査によって4万点ものの大量の「木簡」が発見されており、奈良時代の貴族の暮らしぶりなどを把握する上で大変重要な歴史資料となっています。

現在の長屋王邸跡は、先述したように「ミ・ナーラ(かつてのイトーヨーカ堂奈良店・そごう奈良店)」と呼ばれる商業施設になっており、発掘された遺跡は保存されることなく商業施設が建設されてしまったため、長屋王邸跡を示す案内板などの他にはほとんど遺跡があった痕跡すら残されていない状況となっています。そのため、現地に「歴史散策」目的だけで訪れることはあまりお勧めできず、案内板をご覧になる場合は南側に残されている立派な奈良時代の遺構である「平城京左京三条二坊宮跡庭園」と合わせてご覧いただくことがおすすめとなっています。

【平城京左京三条二坊宮跡庭園】知られざる奈良時代の遺構は商業施設などに囲まれる市街地に

アクセス

「平城京左京三条二坊宮跡庭園」は道路を挟んで南側に隣接しています。

奈良交通バス

・近鉄、JR奈良駅から「学園前駅(南)※奈良市庁前経由」・「恋の窪町」・「二条大路南一丁目」行き乗車、「宮跡庭園」下車、北にすぐ

近鉄新大宮駅から西に徒歩12分

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