【海龍王寺】平城宮の歴史と深いつながりを持つ寺院は「雪柳」の名所としても名高い

ごあんない

概要

海龍王寺(かいりゅうおうじ)は、平城宮跡の東側、法華寺とほぼ隣接する位置にある比較的小さなお寺です。お寺は藤原不比等・光明皇后・玄昉といった奈良時代を代表する人物と深いつながりのある歴史ある寺院となっており、本尊の十一面観音菩薩、西金堂に安置されている五重小塔など美しい文化財を見ることが出来るお寺にもなっています。

また、春先には「雪柳」が境内一円に咲き乱れることでも知られており、奈良市内では最大級の「雪柳」の名所、「花の寺」としても有名な存在になっています。

歴史

海龍王寺の歴史、それは「伽藍」の存在として考えると奈良時代以前にまでさかのぼるとも考えられ、平城遷都前からこの地にあったとされる豪族「土師氏」由来の寺院がそのルーツとされますが、その詳細や創建の由来については不祥な点が多くなっています。

奈良時代になると、その土師氏由来のお寺の敷地が有名な「藤原不比等」の邸宅の敷地となり、不比等の死後はその娘である光明皇后(聖武天皇の妻)がその邸宅を受け継ぐことになりますが、この時期もお寺は残され続けました。

現在の「海龍王寺」に直接つながる歴史を歩み始めることになるのは天平3年(731年)のことであり、光明皇后が奈良時代に活躍した僧侶であり、「唐」に留学して仏教文化を日本に伝える役割を果たすことになる玄昉の帰国に際し、その無事などを願い「宮内寺院」として伽藍を整備することになったことで一定の規模を持つ寺院として歩み始めることになったとされています。なお、「海龍王寺」という寺号についてはその当初から使われていた様子はなく、平城宮の東の隅にあることから当初は「隅院」と呼ばれたりしていた記録が残されています。

伽藍の整備によって、東西の金堂、中金堂などが整備されたほか、現在も西金堂に所蔵されている五重小塔は、伽藍の規模が小さく大きなスケールの「東塔・西塔」が建立できないために小さなスケールで同様の精巧さをもった「建築物(ミニチュア)」を造り上げたことに由来するとも推定されています。

なお、詳細な歴史については不確かな点も多いですが、唐への留学から帰国した玄昉は聖武天皇・光明皇后からこの海龍王寺の住持に任命されたともされており、奈良時代の海龍王寺は唐から持ち込んだ仏教文化を広く伝えていく拠点として、また聖武天皇・光明皇后・藤原宮子(聖武天皇の母)への祈祷を行うなどと天皇家と非常につながりの深い寺院として大いに栄えたともされています。

平安時代以降の海龍王寺はその他の奈良の寺院と同様類にもれず衰退の歴史を歩み、鎌倉時代には西大寺を拠点に奈良の寺院の復興に尽力した叡尊上人の力により復興が図られ、戒律研究の拠点として西大寺長老を輩出するなど中興の時代となります。しかし、その後は再び衰退し、江戸時代には一定の規模を守りつつも、近代以降は一時荒廃状態に陥り、昭和以降に復興が進められ現在に至っています。

文化財(仏像)

国宝十一面観音菩薩立像(本尊)

海龍王寺のご本尊であり、特別公開期間のみ本堂でご覧いただける秘仏「国宝十一面観音菩薩立像」。こちらは奈良時代に光明皇后が造立させた像をモデルに鎌倉時代に再度慶派の仏師が造像したものとなっており、細やかな装飾の数々や金色が全体で残される保存状態の良さが特徴となっており、均整の美を感じさせる佇まいは日本を代表する十一面観音菩薩として高く評価される存在となっています。

国宝五重小塔

西金堂の内部に設置されている国宝五重小塔は、高さは4メートルほどと小さいながらも「建築物」として国宝に指定されているユニークな仏塔であり、外観に関しては細部まで綿密に造られた佇まいは、奈良時代の比較的早い時期における仏塔建築の事例として貴重な存在になっています。

その他の文化財

仏像としては、このほか本堂に本尊が非公開の時期も拝観して頂ける文殊菩薩像(鎌倉時代・重文)・愛染明王像(室町時代)・不動明王像(造立年代不詳)・毘沙門天像(平安末期~鎌倉初期)などが安置されています。また寺宝としては、天平三年(731年)に聖武天皇により下賜された「海龍王寺」と記された檜造の「寺門勅額(重要文化財)」、奈良時代に書写がなされた般若心境である「隅寺心経」、金銅製の台座の上に乗り火焔宝珠形の繊細な彫金細工が施された「舎利塔(重要文化財)」、海龍王寺成立前の歴史にも関わると考えられる平安時代の「毘沙門天画像」を所蔵しており、本尊の公開と合わせて実施される寺宝展などで拝観できる機会も設けられています。

海龍王寺のみどころ・風景

表門・参道

室町時代に建立された海龍王寺の山門である「表門」は、最寄りの法華寺バス停にも近い道路沿いに建っています。表門からは比較的長い参道が伸びており、茂みに囲まれたその雰囲気は古代からの歴史を背負った「奈良のお寺」らしい雰囲気を醸し出しています。

【海龍王寺表門】美しい参道の入り口に設けられた室町時代の四脚門

境内の雪柳(ユキヤナギ)

海龍王寺は、季節ごとの風景の美しさでも知られるお寺になっていますが、とりわけ白いお花が美しい春先の「雪柳(ユキヤナギ)」は境内を埋め尽くすように咲き誇り、奈良随一はおろか、日本有数の雪柳の名所とも言える圧巻の風景を生み出します。

海龍王寺の雪柳

本堂

特別公開期間には海龍王寺のご本尊である十一面観音菩薩立像を、また通常期にも仏像文殊菩薩像・愛染明王像・不動明王像・毘沙門天像など多くの仏像を拝観することが出来る「本堂」は、近世の建築ながらも古代の様式を踏襲した佇まいとなっており、こじんまりとした海龍王寺の境内にふさわしい建物となっています。

【海龍王寺本堂】光明皇后ゆかりの「十一面観音菩薩立像」が安置される空間

西金堂・五重小塔

本堂の南西側にある西金堂は、部材などは奈良時代のものが数多く残されるなど、創建当初から残される唯一の建物となっており、内部には国宝「五重小塔」が設置される空間となっています。

【海龍王寺西金堂】奈良時代の精密な「五重小塔」を安置する創建当時からの建物

精巧な外観で知られる国宝五重小塔は、奈良時代の姿のまま残される大変貴重な存在ながら、西金堂の外側(正面)から比較的間近にご覧いただけるようになっており、自由に写真撮影もして頂けるようになっています。

経蔵

鎌倉時代に叡尊上人が海龍王寺を復興した時期に建立された経蔵は、高床式の倉となっており、雪柳などの自然があふれる境内の風景の中でもしっかりとした存在感を放つ建築となっています。

【海龍王寺経蔵】「雪柳」の咲き誇る空間に浮かび上がる鎌倉時代からの建築

東金堂跡

海龍王寺「東金堂」跡

西金堂と向かい合う位置には、かつて明治時代まで存在した「東金堂」の跡地(基壇跡)があります。この東金堂にも西金堂と同様「五重小塔」が設置されていたとされており、かつての海龍王寺は「東西金堂」と「東西小塔」を備えた寺院であったと考えられています。

生木地蔵堂

境内南東側には、「生木地蔵堂」も設けられており、大変小さなお地蔵さまが複数安置されています。

その他境内の風景

拝観受付の近くにも小さな地蔵菩薩が設けられています。

西金堂の南側すぐの位置にも小さなお堂がありますが、ミツバチの巣が保護されているために近づくことができません。

海龍王寺の拝観情報

拝観料:大人500円・中高生200円・小学生100円(特別公開時は大人600円・中高生300円・小学生100円)

拝観時間:9時~16時30分(本尊公開中は17時まで・受付は拝観終了30分前まで)

※御朱印は拝観受付で頂くことが出来ます。

アクセス

各駅からのアクセス

JR・近鉄奈良駅から奈良交通バス「大和西大寺駅」行き乗車、法華寺バス停下車、北西に徒歩2分

近鉄大和西大寺駅から奈良交通バス「JR奈良駅西口」行き乗車、法華寺バス停下車、北西に徒歩2分

近鉄新大宮駅から北西に徒歩15分

※拝観受付まで

近隣スポット

法華寺から北東に徒歩4分・ウワナベ古墳から南に徒歩6分・コナベ古墳から南に徒歩6分・宇奈多理坐高御魂神社から北東に徒歩9分・東院庭園から北東に徒歩10分

海龍王寺周辺地図