【平城宮跡】かつての日本の首都=奈良の都の中心部は広々とした草原が広がる

概要

平城宮跡(へいじょうきゅうせき)は、奈良時代に「日本の首都」として設けられていた「平城京」のうち、宮殿などがあった「大内裏」の部分の遺跡であり、古都奈良の観光地として東大寺・興福寺・春日大社などに匹敵する知名度を誇る奈良を代表する空間の一つです。

奈良駅周辺と奈良市西部のベッドタウン地域の間の市街地にぽっかりと巨大な穴を開けたように広がる巨大遺跡は、南北・東西ともに1キロ以上の長さを持つ規模を持ち、その敷地内は基本的には復原された建築や基壇・観光施設を除いてはほぼすべてが自然豊かな「草原」となっています。都市の中心部にこのような巨大遺跡、草原を持つのはこの奈良のまちだけであり、古代日本の歴史をじっくりと体感することが出来る貴重な空間となっています。

歴史

平城京時代

平城京の歴史は、その大部分は学校の授業で習うように「奈良時代」の幕開けとともにはじまり、「奈良時代」の終結とともに終わりを見せる存在となっています。

奈良時代が始まるまでの飛鳥時代は「藤原京」が当時の首都となっていましたが、藤原京には排水の問題などもあったとされ、「四神相応の地」として地相の良い平城京が遷都の適地とされることになり、和銅元年(708年)2月には元明天皇により「平城遷都の詔」が発せられます。その後造平城京司と呼ばれる整備を担当する役所を設置し、和銅3年の11月からは既に平城京の建設が開始されていたと考えられており、2年も経たない和銅3年(710年)3月には実際に平城京に遷都が行われることになり、その後宮殿(大極殿など)のある大内裏「平城宮」の部分が先行する形で、一般の住民も含めて居住する大部分の区画も含めて整備が図られていくことになりました。

平城京の整備にあたっては、中国(当時は唐)の巨大な都である長安をモデルに建設が進められ、現代の図り方では東西約4.3km・南北約4.8kmの長方形の京域東側の東西約1.6km・南北約2.1kmの外京(現在の奈良町エリアはこの外京にあたります)を加えた総面積は約2500ヘクタールにのぼる壮大な都が建設されることになりました。実際の建設作業にあたっては、宮殿や寺院については藤原京からの移築もあったために比較的スムーズに建設が進むことになりますが、「都市」そのものは遷都後すぐに完成した訳ではなく、奈良時代の間を通してじわじわと建設が進められていくような構図であったとも考えられています。また、平城京のうち「平城宮」の部分についてには天皇が「朝議」として重要な政務を執り行う「大極殿」、また天皇の居住空間である内裏など、朝廷の根幹を支える拠点施設が設けられることになりますが、「大極殿」については奈良時代の前半には現在の復元された第一次大極殿の位置に大極殿が、また奈良時代の後半には現在基壇部分のみが復元されている「第二次大極殿」の部分に大極殿があったとされており、必ずしも主要な建物が一貫して同じ場所に設けられていた訳ではなかったようです。

なお、奈良時代は基本的に平城京の時代として語られることが基本ですが、途中に一時的な遷都を挟んでいます。天平12年(740年)には現在の奈良市の隣にあたる木津川市にあった「恭仁京」に、天平15年(743年)には現在の滋賀県甲賀市にあった「紫香楽宮」に、翌年天平16年(744年)には現在の大阪市にあった「難波宮」に次々と遷都するなど混乱し、その間平城京・平城宮も不安定な立場に置かれることになりました。但し、天平17年(745年)には結局平城京へ戻ることになり、この再遷都以降先述の「大極殿」の場所の入れ替えが発生したと考えられています。

その後も奈良時代の間は日本の首都として大いに栄えることになった平城京ですが、784年(延暦3年)に長岡京に遷都され、その後すぐに平安京に遷都された後は「都」ではなくなります。平安遷都後もなお平城京という空間自体はしばらくの間は残り続け、平城宮にも新しく「平城西宮」を設置して「平城上皇」の住居として用いられるなどしましたが、時間の経過とともに京域は衰退し、最終的にはほぼ全ての京域が農地や荒れ地に変わることになりました。

遺跡としての歴史

大部分が農地や荒れ地に戻った平城京は、その後奈良町エリアとして発展することになる外京の一部を除き、1000年以上に渡り完全に「忘れられた存在」として歴史から切り離されたような状況が続くことになります。しかしながら、かつての歴史遺産が地中に残された「遺跡」であるという認識が芽生えるのは近代になってからではなく、既に江戸時代の終わりごろには「平城宮」の存在が認知されるようになります。

国学の系譜に位置づけられる在野の研究者であり、天皇陵の調査などを精力的に行った現在の奈良市古市地区出身の「北浦定政」氏嘉永5年(1852年)に「平城宮大内裏跡坪割之図」を完成させ、ここに平城宮の空間構造が約1000年ぶりに明らかにされることになりました。

その後近代に入ってからは、東京大学教授を務めた建築史家である関野貞氏によって詳細な研究が進められることになり、明治40年(1907年)にはかつての建築の配置などについて考察した「平城宮及大内裏考」を発表し、この記事に触発される形で平城宮跡保存運動に名を残した人物である「棚田嘉十郎」氏らが保存への活動を開始することになります。

棚田嘉十郎氏は奈良在住の一般市民(植木職人)であった人物ですが、尊王思想の篤い存在として知られ、平城宮の跡地が堆肥置き場となっている様子などに心を痛め「平城宮阯保存会」などを結成、同じく平城宮保存に情熱を注いだ溝辺文四郎氏らとともに保存運動を進め、現在のJR奈良駅前に大極殿方面を示す石標を設置したり、幅広くロビー活動なども行ったことで知られています。保存運動は棚田氏の存命中に実を結ぶことはありませんでしたが、棚田氏の死後すぐの大正10年(1921年)には平城宮跡の中心部が民間資金で買い取られた後に国に寄付され、翌年の大正11年(1922年)には「平城宮址」としてついに国の史跡に指定を受けることになります。

その後はやや保存運動は下火になりますが、戦後になると保存運動のみならず「発掘調査」が本格化することになり、昭和27年(1952年)には国の特別史跡にも指定されたほか、昭和37年(1962年)には多数の木簡群が発見され、奈良時代の政治・経済・社会の実態を解き明かす上で重要な役割を果たすことになりました。その後も昭和63年(1988年)には有名な「長屋王」の邸宅跡も発見されるなど発掘調査が進む一方、平成になると建物自体の復原も進むことになり、平成9年(1998年)には朱雀門が復原平成22年(2010年)には第一次大極殿が復原され、現在は複数の展示施設なども完備された「観光拠点」としての整備が進んでいます。

平城宮跡のここがおすすめ!

市街地の真横に広大な「草原」が広がる日本唯一の空間

平城宮跡は、一部の復原建築や展示施設を除き、そのほとんどは遺跡が地中に埋まったままの「草原」が広がっています。市街地の真横にこのような遺跡、草原が広がっているようなエリアは日本全国でもこの平城宮跡のみであり、草原は一部ぬかるんでいる所や草が高く生い茂るところなど立ち入りしづらい箇所もありますが、犬の散歩を自由にしたり子どもたちが元気よく遊べる空間になっているところも多く、「奈良時代」の面影を味わいつつもあふれる自然を体感して頂けるという実に贅沢な空間となっています。

「お金」がかかりません

奈良でも、京都でも「お寺」の拝観などには拝観料がかかりますが、ここ平城宮跡の施設・遺跡は、全ての場所が「入館無料・見学無料」となっています。

奈良時代の貴重な歴史遺産を見るのも、圧倒的なスケールの復原建築をじっくりと味わうのも、全て無料。そのような贅沢な「観光スポット」はここ平城宮跡を除いて基本的に存在しません。拝観料などは4人家族であれば2000円くらいになってしまうこともありますが、平城宮跡ではそんな心配をすることもなく、自由に見学をして頂けるようになっているのです。

混雑を気にすることなく「のんびり」過ごせます

平城宮跡は、平城京天平祭などの一部のイベント開催時を除いては、まず「混雑」することがありません。東西・南北1キロ以上の規模を持つ平城宮跡は観光スポットとしては類を見ない広さを持っており、復原された大極殿なども巨大なスケールを持ち、その上平城宮跡資料館・遺構展示館など見学できる施設が複数に分散しているため一か所に観光客が集まることが少なくなっています。近年では航空自衛隊の「ブルーインパルス」が平城宮跡上空で展示飛行を行った際には混雑が最寄り駅から宮跡エリアにかけての広い範囲で人混みが発生しましたが、そのような特殊なイベントが開催されない限り、平城宮跡が酷く混雑することはまずありません。東大寺や春日大社が観光客でごった返すような時でも、平城宮跡なら自然に囲まれながらのんびりと過ごせるようになっているのです。

平城宮跡のみどころ・風景(施設情報)

主要スポット

※平城宮跡の施設は全て入場無料です。

第一次大極殿

第一次大極殿(だいいちじだいごくでん)は、平成22年(2010年)に復原された高さは27メートル、正面の幅は44メートルに及ぶ巨大な建物であり、現在の奈良では東大寺大仏殿の次に巨大な建造物となっています。大極殿という施設は、かつては天皇が重要な政務を行う「朝議」の空間として用いられていたと考えられており、天皇の住居である内裏などと並び平城宮では最も重要な建物の一つであったと考えられています。

なお、復原にあたっては、正確な歴史資料は残されていないことから発掘調査や同じく奈良時代の法隆寺・薬師寺の建築などを参考にかつての姿が想定され、復原されたものとなっています。

◇見学時間:9時~16時半(入場は午後4時まで)

◇休館日:月曜日(月曜日が祝日の場合はその翌日)・年末年始

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第一次大極殿院復元工事

第一次大極殿本体の建物の周囲では、現在「第一次大極殿院」復原工事として、「築地回廊」・「南門」・「東西楼」・「内庭広場」を順に整備していくための工事が行われています。工事が完成後は第一次大極殿は回廊に囲まれ、南側には朱雀門に匹敵する南門が建つ形となり、現在以上に壮大な風景が生まれることになります。なお、復原工事については大極殿の南東側に設けられている「復原事業情報館」においてわかりやすく展示などによって解説が行われています。

◇復原事業情報館の開館時間 10時~18時(入館は17時半まで)※夏季期間(6~9月)は18時30分まで開館(最終入場18時)

◇復原事業情報館の休館日 2月・4月・7月・11月の第2月曜日(祝日の場合は翌日)・12月29日~1月1日

朱雀門ひろば

朱雀門ひろばは、平城宮跡エリアの南側「朱雀門」周辺の通称であり、ランドマークである朱雀門以外にも平成30年春に国に整備されてオープンした「平城宮いざない館」と呼ばれる展示施設及びその他グルメ・物販施設なども設けられる「平城宮跡の拠点」ゾーンとなっています。

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朱雀門

朱雀門(すざくもん)は、平成10年(1998年)に復原工事が完成した建物であり、かつての「平城宮」への入り口にあたる巨大な門となっています。高さ20メートル・東西25メートルに及ぶ巨大建築は、第一次大極殿完成後も平城宮跡内でよく目立つ存在となっており、ライトアップされた姿も美しいほか、近鉄電車の車窓から間近に見ることが出来ることでも知られています。

◇公開時間 9時~16時半(入場は午後4時まで)

◇休館日 月曜日(月曜が祝日の場合はその翌日)・年末年始(12月29日~1月3日)

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平城宮いざない館

平城宮いざない館は、平城宮跡の歴史、文化財などについて総合的に楽しみながら学ぶことができる巨大な展示施設であり、平成30年(2018年)にオープンした真新しい施設になっています。展示空間は大きく4つに分かれており、「出土品」や「遺構」を実際にご覧いただけるコーナーもあるなど、「ここでしか見られない」貴重な展示も多くなっています。なお、こちらも入館料は無料となっています。

◇開館時間 10時~18時(最終入場17時30分)※夏季期間(6~9月)は18時30分まで開館(最終入場18時)

◇休館日 2月・4月・7月・11月の第2月曜日(祝日の場合は翌日)・12月29日~1月1日

【平城宮いざない館】「奈良時代の営み」を気軽に体感して頂ける巨大展示施設

観光交流施設

平城宮いざない館の西側には、遣唐使に関する展示やレストラン・カフェのある「天平うまし館」特産品の物販のある「天平みつき館」VRシアターや展望台のある「天平みはらし館」、休憩スペースのある「天平つどい館」など飲食・物販も含めた「観光交流施設」が設けられています。平成30年のオープンまでは長らく平城宮跡には自動販売機しかない状況でしたが、現在はグルメも含めて平城宮跡内でお楽しみいただけるようになり、「観光拠点」にふさわしい環境が整備された状況になっています。

◇営業時間

・天平うまし館内レストラン「tokijiku kitchen (トキジク・キッチン)」:11時~14時・17時~22時(ラストオーダー21時)

・天平うまし館内カフェ「IRACA COFFEE (イラカ・コーヒー)」:9時30分~22時(ラストオーダー21時30分)

・天平うまし館内展示:9時30分~22時

・天平みつき館内物販「平城京肆」:9時30分~21時

・天平みつき館内観光案内所:9時30分~18時

・天平みはらし館:9時30分~17時

・天平つどい館:9時30分~18時

※基本的に無休、天平みはらし館は月曜日(祝日の場合は翌日休)、年末年始休業

復原遣唐使船

復原遣唐使船(ふくげんけんとうしせん)は、朱雀門ひろば内「天平うまし館」内の受付を通った先の屋外に展示されている巨大な船の模型であり、かつて奈良時代などに日本から中国(唐)へ先進文化・技術を学ぶために派遣された「遣唐使」らが乗っていた船を緻密に再現したものとなっています。「船」という存在自体が海のない奈良県では珍しいものですが、遣唐使船はスケールもまた大きなものとなっているため、周辺では巨大な朱雀門と同じくらい目を引く存在になっており、近くを通る「大宮通り」を走る車からもよく見えるようにもなっています。

◇見学時間 9時30分~18時(受付で観覧証をお受け取りの上ご見学ください。)

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朱雀大路

朱雀大路

朱雀門の南側には、かつての平城京のメインストリートである「朱雀大路(すざくおおじ)」が再現されています。道幅は約74メートルと現在では考えられないようなスケールとなっており、実に広々とした空間が広がっています。

二条大路

朱雀大路

朱雀門の正面には東大寺方面などと平城宮を結んだ「二条大路」も再現されています。こちらも道幅約37メートルと広々とした空間となっています。

東院庭園

東院庭園(とういんていえん)は、平城宮跡の南東端に位置する「奈良時代の庭園」を丁寧な考証のもとに復原した空間であり、国の特別名勝にも指定されています。庭園はいわゆる「日本庭園」が生み出される前のものであり、中国文化の影響と日本の独自性が混じり合いはじめた時期の折衷的な風景をご覧いただけるようになっており、秋には紅葉が美しいことでも知られています。

◇開園時間 午前9時~午後4時30分(入園は16時まで)

◇休園日 月曜日(月曜日が祝日の場合はその翌日)、年末年始休園

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遺構展示館

遺構展示館は、平城宮跡エリアの発掘調査において実際に発掘された「遺構」を保存しながらそのまま展示するというユニークな施設であり、井戸枠やレンガ積みの建物跡、発掘された柱や瓦など様々な遺構・出土品が展示されています。その他の展示施設とは違い、歴史を学ぶというよりは発掘の成果を「ありのまま」に知ることが出来る空間となっており、考古学に関心のある方には必見の施設にもなっています。

◇開館時間 9時~16時30分(入館は16時まで)

◇休館日 月曜日(月曜が祝日の場合その翌日)・年末年始期間(12月29日~1月3日)

【平城宮跡遺構展示館】平城京の「発掘調査」の成果をそのままご覧いただける貴重な空間

平城宮跡資料館

平城宮跡資料館は、発掘調査・研究を担う「奈良文化財」が運営する資料館であり、発掘の成果などについてわかりやすく展示が行われています。実際の研究の立場からの展示ということで、修学旅行生などにもおすすめの「学べる」展示内容となっており、朱雀門・大極殿からは少し離れたエリアではありますが、ぜひ訪れておきたい施設となっています。

◇開館時間 9時~16時30分(最終入場17時30分)

◇休館日 月曜日・年末年始(12月29日~1月3日)

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第二次大極殿跡

第二次大極殿跡は、奈良時代の後半に「第一次大極殿」の東側に新たに設けられた大極殿の跡であり、第一次大極殿が完全な復原を目指しているのに対しこちらの復原は基壇部分のみとなっています。建物が復原されていないことから基壇上からの眺めは非常によく、平城宮跡エリアの「自然」を味わいながらゆったりとした時間を過ごして頂ける空間になっており、「何もない」ことがむしろ魅力とも言える穴場スポットになっています。

【第二次大極殿跡】大変眺めのよい「もう一つの大極殿」

推定宮内省

推定宮内省は、遺構展示館の南側に位置する「復原建物」の一つであり、かつて天皇の身の回りに関わる業務を行う「宮内省」の建物が再現されています。建物は質素な檜皮葺となっており、再現されている机などの執務に関わる用具も含め、きらびやかな「大極殿」などとは異なる「普段の平城宮」とも言える雰囲気を味わって頂けるようになっています。

◇見学時間 9時~16時30分(入館は16時まで)

◇休館日 月曜日(月曜が祝日の場合その翌日)・年末年始期間(12月29日~1月3日)

【推定宮内省】奈良時代のお役所を復原した檜皮葺の建物が並ぶ空間

造酒司井戸

造酒司井戸(ぞうしゅしいど)は、遺構展示館の近くにある井戸の遺跡(現在の井戸枠は復原されたもの)であり、かつて宮中で用いる「お酒」を造る役所であった「造酒司」がお酒を造るための水を汲み上げるために使用していたとされています。

【造酒司井戸】平城宮の酒造用水を汲み上げていた井戸の遺構

宮跡庭園(平城京左京三条二坊宮跡庭園)

【平城京左京三条二坊宮跡庭園】知られざる奈良時代の遺構は商業施設などに囲まれる市街地に

宮跡庭園(平城京左京三条二坊宮跡庭園)は、現在の平城宮跡エリアからは少し離れた「ミ・ナーラ」と呼ばれる商業施設の南側に広がる「奈良時代の庭園」です。この庭園は復原された「東院庭園」とは違い、奈良時代の庭園の遺構がそのまま残されており、知名度の低さとは裏腹に非常に貴重な場所となっています。

建部門

建部門(たけべもん)は、東院庭園のすぐそばにある重厚な門であり、かつての「東院」エリアの正門を法隆寺の東大門をモデルに復原したものとなっています。

【建部門(東院南門)】平城宮跡東端部に法隆寺東大門をモデルに復原された重厚な門

内裏

内裏跡(だいり)は、かつて奈良時代に天皇がお住まいになっていた居住空間(お世話をする方々の空間も含む)の跡であり、基本的には柱の跡に植栽が設けられているのみですが、井戸のみ一部復原されています。

【内裏跡(平城宮跡)】緑の円柱が立ち並ぶエリアはかつての「天皇の住居」

平城宮跡のススキ

平城宮跡エリアは、ほぼ全域が秋になると「ススキ」の名所と言える空間となっており、「紅葉」とはまた異なった日本の原風景のようなのどかな風情が広がります。

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知られざるスポット

※平城宮跡の施設は全て入場無料です。

中央区朝堂院跡・東区朝堂院跡

「大極殿」を拠点施設とする形で宮城(大内裏)の中心部一帯は「朝堂院」と呼ばれ、大極殿のほか天皇が政務を行う「朝堂」や官人らの控室である「朝集殿」があったとされており、それら施設があったとされる東西2つの広大なエリアは現在は平城宮跡エリア最大規模の広場・草原となっています。

推定大膳職・推定内膳司

第一次大極殿などの北側一帯はかつて官人らの食事に関する業務等を行った大膳職、また天皇のお食事に関する内容を担当した内膳司と呼ばれる役所があったとされ、植栽で柱の跡が示されています。

兵部省

朱雀門の東側には奈良時代の軍事に関する管理などを行った「兵部省(ひょうぶしょう)」と呼ばれる役所の跡地があり、柱などの一部のみ復原が行われています。

【兵部省跡(平城宮跡)】式部省跡と並ぶ位置にある遺跡は基礎・柱の一部のみが復原される

式部省跡

兵部省跡の東側には、奈良時代の役人の「人事」に関する役所であった「式部省(しきぶしょう)」の跡地があり、こちらも一部のみ復原されています。

【式部省跡(平城宮跡)】兵部省跡と隣り合う位置にある部分復原された遺跡

壬生門跡

式部省の近くには「壬生門跡」と呼ばれる門の基壇部分のみ復原されており、比較的眺めの良い空間となっています。

【壬生門跡(平城宮跡)】基壇の上で気持ちの良い空気を味わって頂ける穴場空間

小子部門(的門)

東院庭園の西側には、小子部門(的門)と呼ばれる門の基壇部分のみが復原されており、のどかな「憩いの場」となっています。

南面大垣

平城宮跡エリアの南東側、「ミ・ナーラ」に近いエリアでは一部の垣根が復原されています。

長屋王邸跡

現在は案内板以外ありませんが、大型商業施設「ミ・ナーラ」の敷地は奈良時代の有力貴族でありつつ非業の死を遂げた「長屋王」の巨大な邸宅跡であった場所となっています。

【長屋王邸跡】巨大商業施設が営業を行う「失われた遺構」には案内板のみが残される

平城宮跡で開催される行事・イベント

平城京天平祭

平城京天平祭は、平城宮跡を会場に春・夏・秋の年3回開催される大規模なお祭りであり、奈良時代の歴史や平城京に親しんで頂けるように多数のパフォーマンスイベント、伝統芸能の披露や地元グルメの屋台などの出店などが行われます。会場は朱雀門から近鉄電車の線路を渡って北側、大極殿からは南側にあたる広場で実施されており、開催日には近鉄大和西大寺駅からシャトルバスも運行されます。

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大立山まつり

天平祭が行われない「冬」の時期は奈良観光そのものがオフシーズンであり、観光客が比較的少なくなるシーズンとなっていますが、そんな静かな奈良を盛り上げようと奈良県が主導して近年開始された平城宮跡の「冬のお祭り」である「大立山まつり」。このお祭りはねぶたのような巨大な「大立山」と呼ばれる人形が練り歩くパフォーマンスが中心となっているほか、冬にうれしい温かい地元グルメも味わえるイベントにもなっています。

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平城宮跡へのアクセス情報

平城宮跡への交通アクセスは、「平城宮跡内のどこに行くか(どこからスタートするか)」によって利用するバス路線、最寄り駅などが異なりますので、詳しくは先に記した平城宮跡内の各スポットの情報をご覧ください。ここでは平城宮跡の主要な玄関口である「大極殿」と「朱雀門」へのアクセス情報などを中心にご紹介していきます。

大極殿周辺へのアクセス

JR・近鉄奈良駅から

・JR奈良駅西口15番バス乗り場、近鉄奈良駅13番バス乗り場から「大和西大寺駅」行き乗車、「佐紀町・大極殿」下車、南に徒歩2分(大極殿前まで)

近鉄大和西大寺駅から

・大和西大寺駅(北口)バス乗り場から「JR奈良駅西口」行き乗車、「佐紀町・大極殿」下車、南に徒歩2分(大極殿前まで)

・大和西大寺駅(北口)から東に徒歩13分

朱雀門周辺へのアクセス

JR・近鉄奈良駅から

・近鉄奈良駅11番バス乗り場、JR奈良駅西口13番バス乗り場から「学園前駅(南)」(※奈良市庁前経由)行き乗車、「朱雀門ひろば前」下車、北に徒歩2分(歴史公園周辺まで)

近鉄大和西大寺駅から

・大和西大寺駅(南口)から南東に徒歩18分(歴史公園周辺まで)

クルマでのアクセス・駐車場について

クルマでのアクセスについては、平城宮跡は大阪方面からの「阪奈道路」とつながっている「大宮通り」沿いにあるため、マイカーで観光に訪れようとする方もおられますが、基本的には公共交通機関の利用がおすすめとなっています。

平城宮跡には計4か所の駐車場があり、朱雀門近くの駐車場を除いては無料でご利用いただけますが、有料駐車場も含めて全ての台数を合わせても200台程度と、中規模のスーパーマーケットの駐車場程度のキャパシティしかありません。つまり、観光シーズンには満車になる可能性が高くなっており、満車の際には「クルマで来ても停める場所がない」という事態が起こりかねません。クルマで来なければならない特別な理由がない限り、マイカーでの観光はお控え頂くのが無難となっているのです。

各駐車場の概要・地図

交通ターミナル駐車場

料金:1時間200円 台数:42台・障害者用3台 利用時間:8時~23時

平城宮跡資料館駐車場

料金:無料 台数:20台 利用時間:9時~17時

遺構展示館駐車場

料金:無料 台数:100台 利用時間:9時~17時

東院庭園駐車場

料金:無料 台数:30台 利用時間:9時~17時