西照寺

【西照寺】徳川家康の位牌を安置する奈良駅近くの小寺

ごあんない

西照寺(さいしょうじ)は、奈良の中心街である「三条通り」界隈から少し奥まった空間、JR奈良駅と近鉄奈良駅の間に位置する「開化天皇陵」に隣接する位置にある浄土宗の小さなお寺です。

歴史としては、鎌倉時代に西大寺の中興に大きな役割を果たした叡尊上人が「禅松庵(ぜんしょうあん)」と呼ばれる真言律宗の草庵として開基したことが創建の由来とされており、現在の西照寺という名前はその後戦国時代の弘治2年(1556年)に庭の松に曼荼羅をかけて講を開いた際に、三笠山の方角から紫色に光輝く雲が庭の松を照らしたという出来事にちなんで興福寺の別当から授けられたとされ、その時期に浄土宗へと改宗されたと言われます。

その後江戸時代には「徳川家」をお守りするための「東照宮」が寺内に設けられ、現在に至るまで徳川家康の位牌・墓碑も安置されるなど幕府との結びつきの強いお寺となり、幕末の「名奉行」として知られる川路聖謨をはじめ歴代の奈良奉行はこのお寺を参拝したとも言われています。なお、徳川家康をお祀りするようになった理由は不詳ですが、周辺の「念佛寺」などにも伝説が残されているように、この近辺は徳川家康が大坂冬の陣の際に真田軍から逃げ抜き「桶」に隠れて生き延びた伝説のゆかりの地であることに関わるものと考えられます。

本尊としては源義仲の母である栄松院が安産祈願のために造立したと伝わる「腹帯阿弥陀如来」と呼ばれる仏さまを安置しており、腹帯を巻いた姿がユニークな仏さまは、その伝承通り平安時代の造立とも、また江戸時代に漆箔が施されたことから平安以降の作とも推定されています。また、本尊の脇檀には善導大師と法然上人の両祖師像が安置されているほか、先述した徳川家康の位牌、また中興を図った今川義元の子である良阿上人の像があり、境内には観阿弥の能楽に登場する人物である「百萬」の供養塔と家康の墓碑も設置されています。

アクセス

念仏寺から南西に徒歩4分・開化天皇陵から西に徒歩4分(三条通り方面から迂回)

JR奈良駅から北東に徒歩8分

近鉄奈良駅から南西に徒歩7分

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