興福寺国宝館

【興福寺国宝館】有名な阿修羅像・千手観音立像など興福寺が誇る文化財が一堂に会する空間

ごあんない

他の追随を許さない規模の「仏像の宝庫」

興福寺国宝館は、奈良を代表するお寺である「興福寺」の境内北側に設けられた興福寺が所蔵する国宝・重要文化財などを展示するための施設です。興福寺所蔵の文化財は、東金堂・南円堂など各お堂にも安置されていますが、全体数でみると、半数を優に超える仏さまが国宝館に安置されており、奈良では「東大寺ミュージアム」や「奈良国立博物館」を上回る規模の施設となっています。

目玉となる存在としては、中央に安置されている千手観音菩薩立像のほか、東京などでも展示された日本を代表する仏像の一つである「阿修羅像」が有名ですが、仏像ファンでもすべては覚えられないほどの文化財が収蔵されているため、何度も訪れるリピーターが非常に多い施設として知られています。また、仏像に留まらず典籍・古文書・絵画・工芸・史料なども多数収蔵、展示しているため「興福寺の総合博物館」とも言える施設となっており、興福寺に訪れた時には必ず訪れておきたい場所となっています。また、館内にはミュージアムショップもあり、グッズなどを気軽にお買い求め頂くことも可能です。

主要な仏像(文化財)について

国宝館に収蔵、展示されている仏像・工芸品などの文化財の数は非常に多くなっており、1度の訪問では全てをじっくりとご覧いただくことは現実的ではないほどの「文化財の宝庫」となっています。ここではごく一部の国宝について、その概要のみをご紹介してまいります。

国宝乾漆八部衆立像

興福寺国宝館に安置されている仏像を代表する存在、また日本を代表する仏教美術の一つとして名高い「国宝乾漆八部衆立像(かんしつはちぶしゅうりゅうぞう)」

こちらは、インドにおける8つの異教の神を仏教の守護神として表したものであり、有名な阿修羅(あしゅら)像をはじめ武装した五部浄(ごぶじょう)・沙羯羅(しゃがら)・鳩槃荼(くばんだ)・乾闥婆(けんだつば)・迦楼羅(かるら)・緊那羅(きんなら)・畢婆迦羅(ひばから)像が奈良時代に造立され、かつて存在した西金堂の本尊釈迦如来の周囲に並べられていた存在となっています。

阿修羅像

八部衆立像の中で最も有名な存在として名高い「阿修羅像」は、3つの顔と6本の腕を持つ「三面六臂」のお姿で、「少年」のような眼差しの中にまるで「世界の全て」が凝縮されているかのような表情を見せる、他に類を見ない圧倒的な佇まいを見せる仏さまとなっています。見る者の全てを魅了するとすら言える阿修羅像は、日本の仏教美術の中で最も知名度が高く、また最も人気を集める存在とも言えるものであり、興福寺国宝館から移動して東京で展示が行われたことなどもあり、現在でも常に阿修羅像を見ようと大勢の拝観者が訪れる「興福寺の顔」とも言える存在になっています。

国宝銅造仏頭(旧東金堂本尊)

国宝銅造仏頭(どうぞうぶっとう)は、興福寺が所蔵する文化財としては最も古いものの一つとなっており、奈良の都に遷都する以前の白鳳時代(飛鳥時代)に飛鳥の地、「山田寺」において造立された巨大な本尊薬師如来像の「頭部(大きさは1メートル程度)」となっています。

この薬師如来像は、山田寺から興福寺中興の時代を迎える鎌倉時代に事実上略奪される形で興福寺東金堂の本尊薬師如来像として迎えられた後、室町時代の応永18年(1411年)に発生した火災によって頭部を残して焼け落ちてしまうことになりました。その後頭部は新本尊の内部に納められ、長らくひっそりと眠っていましたが、昭和になってからその存在が再び発見され、現在は国宝として国宝館において展示がなされています。

頭部のみとなっている銅像仏頭ですが、その表情は白鳳美術の典型とも言える美麗なもので、眉や目などの曲線美やふっくらとしつつ凛々しい佇まいなどは若々しさも感じさせるものであり、実に魅力的な存在となっています。

国宝木造千手観音菩薩立像

国宝木造千手観音菩薩立像かつて存在した「食堂」のご本尊であり、一時衰退した興福寺が復興される鎌倉時代に造立されたと考えられる像高5メートルを超える巨大な仏像(丈六仏)です。この仏さまは、鎌倉時代の前半に成朝と呼ばれる仏師により作られていましたが、途中で造像が中断され、最終的には別の仏師により完成されたという少し変わった経歴を有しているものの、無数に設けられた「手」のみならず身体の部分も重厚感ある造りとなっており、千手観音でありながらも均整の美を感じさせる存在になっています。また巨大な仏像に相応しく、仏像の内部には多数の納入品があることでも知られており、当時の状況を知る貴重な資料となっています。

国宝乾漆十大弟子立像

国宝乾漆十大弟子立像(かんしつじゅうだいでしりゅうぞう)は、お釈迦様の1250人の直弟子の中でもとりわけ優秀であった10人の弟子の姿を再現した像であり、興福寺のものは10人のうち須菩提(すぼだい)・富楼那(ふるな)・迦旃延(かせんねん)・羅睺羅(らごら)・目犍連(もくけんれん)・舎利弗(しゃりほつ)の6人の像が現存しています。

いずれの像も像高は1.5メートルほどであり、インド僧ではありながらも日本人の顔つきとして再現されており、髪を剃って袈裟を着て両足をそろえるといった佇まいは同じくしつつも、一人一人の表情は実に個性あふれるものとなっています。

国宝板彫十二神将立像

平安時代につくられた国宝板彫十二神将立像(いたぼりじゅうにしんしょうりゅうぞう)は、元々は東金堂本尊薬師如来の台座の周りに貼りついていたと考えられているものであり、厚さ3センチほどの檜板に十二神将の姿が透かし彫りされたという作例が少ないユニークな存在となっています。

十二神将はいずれも板彫像とは思えない程に立体感と迫力を感じさせるものであり、それぞれのどこか面白い表情・佇まいの中にも、必ずしも単なる誇張とは言えない「凄み」が隠されたものとなっています。

国宝木造金剛力士立像

鎌倉時代に造立された像高1.5メートルほどの国宝木造金剛力士立像は、東大寺のように門の内部ではなく、かつて存在した西金堂の須弥壇上に安置されていた像となっています。作者は興福寺で活躍した仏師定慶とも言われており、筋骨隆々とした写実的な雰囲気は鎌倉時代の彫刻らしさを十二分に感じさせるものとなっています。なお、有名な東大寺南大門の金剛力士と比較するととりわけ浮き上がる「筋肉」が目立つ佇まいになっており、少しほっそりとした雰囲気も有しています。

国宝木造天燈鬼・龍燈鬼立像

金剛力士像と同じくかつて存在した西金堂の須弥壇上に安置されていた国宝木造天燈鬼・龍燈鬼立像(てんとうき・りゅうとうきりゅうぞう)鎌倉時代の造立で、四天王像に踏みつけられることが一般的な「餓鬼」が独立した像となっています。いずれの像も「燈籠」を持って仏さまを照らす役割を果たしており、天燈鬼像は、三つの目を持ちつつ、左手で肩に乗せた燈籠を支えているほか、龍燈鬼像は燈籠を頭上に乗せるユニークな姿を見せつつ、右手で龍の尻尾をつかむ格好となっています。なお、造像は運慶の3男である仏師康弁によるものとされています。

施設情報

開館時間

9時~17時

※入館は16時45分まで

※年中無休

拝観料金

◇国宝館単独券

大人・大学生 700円
高校生・中学生 600円
小学生 300円

※30名以上の団体は100円引き

※障害者手帳呈示で半額となります。

◇国宝館・東金堂共通券

大人・大学生 900円
高校生・中学生 700円
小学生 350円

アクセス

各駅からのアクセス

近鉄奈良駅から東に徒歩5分

JR奈良駅から東に徒歩15分

奈良交通バス

・JR奈良駅から「市内循環外回り」・「山村町」・「藤原台」・「鹿野園町」・「春日大社本殿」・「天理駅」・「下山」・「窪之庄」・「県庁前」行き乗車、「県庁前」下車、南に徒歩2分

近隣スポット

東金堂から北東にすぐ・中金堂から東に徒歩2分・五重塔から北に徒歩2分・南円堂から北東に徒歩4分・北円堂から東に徒歩5分

興福寺国宝館周辺地図