【十輪院魚養塚】十輪院を創建した「書の達人」の墓所と伝わる空間

ごあんない

魚養塚(うおかいづか)は、ならまちエリアにある「石仏」で有名なお寺「十輪院」の境内の北東端に位置する小さな古墳のような空間です。

この空間は、十輪院を奈良時代に創建したとされる官人、朝野宿彌魚養(あさのすくねなかい)の墓所であるという伝承があり、実際にいわゆる「横穴式石室」であるように見える石の構造物が残されているほか、その「石室」らしき構造物の内部には如来像と思われる仏さまが刻まれています。

朝野宿彌魚養(あさのすくねなかい)は、官人であるとともに能書家としても知られ、弘法大師空海に書を伝授したという伝承や、薬師寺にあった大般若経を記した人物であるといった伝承が残される人物ですが、「魚養」という奇妙な名前を巡っては、遣唐使の子どもとして中国大陸で生まれた後、遣唐使である父が日本へと先へ帰ってしまい、母親が「遣唐使の子」という札を付けて子どもを海に流したという一層奇妙な伝説に由来するとも言われています。そして、流された子ども(朝野宿彌魚養)は、命を絶たれることなく、海を「魚」に乗って移動して日本へと戻ってきた結果、「魚養」と呼ばれるようになったとされています。

また、この伝説に関連してか、朝野宿彌魚養の父親は右大臣・遣唐使として派遣された人物である「吉備真備」の長男であったとも言われていますが、いずれも伝説であり、朝野宿彌魚養は正確な系譜が定かではない「謎の人物」となっています。

魚養塚(十輪院)

魚養塚(十輪院)

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アクセス

御霊神社から東に徒歩3分・今西家書院から南西に徒歩4分・元興寺(極楽坊)から南東に徒歩4分

奈良交通バス

・JR、近鉄奈良駅から「天理駅」・「下山」・「窪之庄」行き乗車、「福智院町」バス停下車、南西に徒歩3分

近鉄奈良駅から南東に徒歩18分

(※十輪院境内まで)

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