【手向山八幡宮宝庫】「法華堂経庫」とともに現存する奈良時代の校倉造

概要

手向山八幡宮宝庫(神宝殿)は、東大寺鎮守神として長らく歴史を歩んできた「手向山八幡宮」の社殿の西側に建つ校倉造りの宝庫です。

この宝庫は、北側すぐの位置にある「東大寺法華堂経庫」とほぼ同じような様式・建立年代となっており、いずれの建物も奈良時代の創建とも考えられています。

なお、手向山八幡宮が東大寺と強い関係を有していたこともあり、この宝庫は元々は東大寺の現在の「食堂跡」近くにあった「油倉」にあったものとなっており、現在は公開されていない東大寺「本坊」の経庫とともに建っていたとされています。油倉からは江戸時代中頃の正徳4年(1714年)に現在の場所に移転され現在に至りますが、重要文化財に指定されている宝庫は、法華堂経庫と並び同じく校倉造の正倉院よりも気軽に奈良時代の面影を味わえる貴重な空間となっています。

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アクセス

手向山八幡宮周辺へのアクセス情報は、以下の記事で詳しく解説しています。

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