般若寺経蔵

【般若寺経蔵】「元版一切経」を収蔵した空間には「超昇寺」由来の仏像をお祀りする

概要

般若寺「経蔵(きょうぞう)」は、般若寺境内の東側に位置し、中国が南宋~元の時代であった頃に現地の大普寧寺において開版された経典「元版一切経」(約800巻が現存)を収蔵する施設として利用されてきた鎌倉時代築の建物です。この建物は建立当初は現在のような収蔵庫らしい空間ではなく、床もない開放的な建物であったとされ、建立当初の使用目的が明らかになっていない建物ですが、その後経蔵として利用されるようになった歴史を持っています。一切経については毎年4月25日に執り行われる「文殊会式」ではそこから1週間かけて読経を行う「一切経転読供養」が行われて来ましたが、現在は読経は大幅に省略され文殊会当日のみに実施されています。

なお、「経蔵」をめぐるエピソードとしては、「太平記」において後醍醐天皇皇子の「大塔宮護良親王」が奈良の地で「元弘の乱」に合わせて討幕活動を実施した際に幕府に追われ、この般若寺にかくまわれ、経蔵の大般若経を収納する唐櫃に身を隠したという逸話も残されています。このほかには、経蔵は仏堂ではありませんが本尊を有しており、本尊は明治初頭の廃仏毀釈で失われた「超昇寺」(佐紀エリア)の脇仏であり室町時代の作である「十一面観世音菩薩」となっています。

般若寺経蔵の風景

アクセス

般若寺へのアクセス情報は以下の記事に詳しく解説しています。

【コスモス寺】奈良「般若寺」の歴史・みどころを徹底解説!【写真多数】

般若寺経蔵周辺地図