【般若寺本堂】コスモス畑に包まれたお堂の中には多数の仏像が安置される

概要

般若寺の顔である「本堂」は、「コスモス寺」として知られる般若寺境内の中央部にある般若寺最大のお堂です。

堂内には般若寺でご覧いただける仏像の多くが安置されており、ご本尊である重要文化財の「文殊菩薩騎獅像」は、藤原(伊賀)兼光らによって造立が図られ、慶派の仏師である「康俊・康成」により鎌倉時代に製作されたものとなっており、鎌倉幕府の打倒を目指していた「後醍醐天皇」の御願仏として造立されたものとされています。なお、仏さまの佇まいは厳かな雰囲気が漂う存在というよりは仏道に励む「童子」を見ているような気分になる独特の佇まいとなっており、獅子の上に乗る菩薩さまの大きさもどちらかと言えば小さなものとなっています。

なお、歴史的には「本尊」としてこの文殊菩薩騎獅像とは別の文殊菩薩像があったとされ、こちらは般若寺を鎌倉時代に復興させた叡尊により造立されたものとされており、現在の文殊菩薩様は経堂の秘仏とされてきたものが、当初の本尊が失われたために代替として本尊になったものとされています。

本堂には、このほかには江戸時代に造立された仏像としては、赤々とした火焔の光背と厳めしい表情が印象的な不動明王坐像、また比較的よく確認できる程度に彩色が現在も残されている持国天・増長天・広目天・多聞天の四天王像が安置されています。また弘法大師像や戒律を普及させつつ弱者救済にも尽力した般若寺中興の祖である興正菩薩叡尊上人の像なども安置されています。

本堂の建物自体は、楼門などと比較すると歴史は比較的浅く、戦国時代の1567年(永禄10年)に松永久秀らにより奈良町周辺に大きな被害をもたらした「三好・松永の戦い(東大寺大仏殿の戦い)」でその他の建物の多くとともに焼失することになったかつての本堂を、江戸時代に入ってからの1667年(寛文7年)に妙寂院高任・妙光院高栄の勧進により復興したものとなっています。本堂の佇まい自体はシンプルなものですが、コスモス畑に包まれた風景が見られるのは般若寺ならではであり、多くの拝観者が本堂とコスモスの映る風景を写真におさめる姿が見られます。

般若寺本堂の風景

般若寺本堂

アクセス

般若寺へのアクセス情報は以下の記事に詳しく解説しています。

【コスモス寺】奈良「般若寺」の歴史・みどころを徹底解説!【写真多数】

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