雪の奈良町庚申堂

【ならまち名物】「身代わり申(庚申さん)」について簡単にまとめてみた【由来・行事など】

ならまちを歩けばよく見かける、町家の軒先に吊るされた「赤いぬいぐるみ」。それが「身代わり申」。

今や全国的な観光エリアとなった歴史的町並みが残る「ならまち」エリア。

ならまちエリアは「歩いて楽しむ」エリアとなっているため、古い町並みが続く狭い道を多くの観光客が行き交う姿が見られますが、そんな際には、古い家の軒先に必ずと言ってよいほどに吊るされている「赤いぬいぐるみ」を見かけることになります。

遠くから見るとりんご飴か果物を干しているようにすら見える彩り豊かなぬいぐるみ。これは、「身代わり申(さる)」と呼ばれるものです。

「身代わり申」とは簡単に言えば「お守り」であり、いわゆる「庚申信仰」に基づくものなのですが、「お猿さん」を家の前に吊り下げたりするなんて、随分ユニークな風習が奈良にもあるものです。

この記事では、そんな「身代わり申」について、その歴史や由来、また現在も行われている「行事」、そして観光客が「庚申さん」をお買い求めいただける場所などについてなるべく簡単にご紹介してまいります。」

「身代わり申」とは結局なんなのか―歴史・由来

伝承では奈良時代周辺に遡る

ならまちエリアだけで見ることが出来る「身代わり申」の風習。

その由来はなんと奈良時代周辺にさかのぼるとも言われています。

伝承としては「文武天皇」の時代に疫病が流行した際に、かつての「元興寺」の高僧「護命菩薩」が仏さまにその加護を祈っていると、突如青面金剛が現れて「汝の至誠に感じ悪病を払ってやる」と言って消え去り、その後疫病が収まったと言われるエピソードがあり、その「霊験」が起きたとされる「1月7日」は「庚申の年」の「庚申の月」の「庚申の日」に当たっていたため、この地に青面金剛を祀ることになり、悪病を持ってくる災いの元である「三戸(さんし)の虫」の退治を願ったと言われています。

なお、ならまちエリアは、かつてはほぼ全域が元興寺の境内地であり、中世や江戸時代に元興寺の衰退とともに次第に商人などが住み着いて市街化されてきた歴史を持っています。そのため、ならまちエリアではとりわけ江戸時代などに様々な住民により生み出された生活に根差した民間信仰が発展した歴史があるため、庚申信仰が本格化したのもその時期ではないかとも考えられます。

庚申信仰とは

さて「庚申信仰」と呼ばれるものは、決してならまちエリアだけの存在ではなく、元々は道教などの中国文化に由来し、その後日本に伝来し広く信仰されるようになったものであり、その基本的な枠組みはいわゆる「十干」・「十二支」の組み合わせ「かのえ・さる」となる日に災いが来るとされるものとなっています。

「かのえ・さる」の日には60通りの組み合わせがあり、それが60日に1回巡ってくるため、当日は様々な活動を控えたり(禁忌)、様々な儀式を行って魔除けを行って万全を期すことが信仰の主な内容となっており、特に当日「徹夜」で寝ずに過ごすという「守庚申」「庚申待」と呼ばれる行事はかつての日本で広く行われてきたと言われています。

身代わり申の由来

話をならまちエリアの庚申信仰に戻せば、先ほど述べた、ならまちの庚申信仰で災厄をもたらす存在として伝えられてきた存在「三戸(さんし)の虫」は、コンニャクが嫌いであると言われており、60日おきにやってくる庚申の日には、ならまちの住人はコンニャクを食べて過ごしたと言われているほか、「三戸(さんし)の虫」は、「猿」が嫌いであったとも言われています。

なぜ、「猿」が嫌いなのかと言うと、猿が毛づくろいをする姿が、「三戸(さんし)の虫」にとって自らが食べられているように見えてしまうからであると言われており、猿を見ると虫たちが恐れをなして逃げて行ってしまうことから、ならまちの軒先には「猿」をかたどったぬいぐるみである「身代わり申」を吊るして魔除けを行ったと言われている訳なのです。

ちなみに、庚申信仰においては「三戸(さんし)の虫」はそれ自身が悪魔的な存在であるというよりは、人が行って来た悪事を庚申の日に天に伝えに行く使者のようや役割を担う存在であるとされているそうです。

信仰の拠点「奈良町庚申堂」

さて、ならまちエリアの「身代わり申」の聖地とも言うべき庚申信仰の拠点としては、「奈良町庚申堂」と呼ばれる施設があります。

庚申堂は「奈良町にぎわいの家」や「奈良町資料館」からほど近い町並みの一角にあり、「庚申さん」「青面金剛」といった文字が書かれた提灯が目印となっています。お堂自体は小さなもので、通常時は中に入ったりするようなことは出来ませんが、時折地元の方や観光客が手を合わせる姿が見られるなど、現在も信仰の拠点として大切に守られています。

なお、この庚申堂では毎年「3月の第2日曜日」と「11月23日」には、「庚申祭り」としてこんにゃくなどを使った田楽が振る舞われる行事が開催されるという事です。

「身代わり申」お守りを購入したい方へ

さて、これまでならまちエリアの象徴とも言える庚申信仰、身代わり申の風習について簡単に見てきましたが、吊り下げられている「身代わり申」は、実は観光客の方でも「お守り」としてご購入頂くことができます。

販売場所は「庚申堂」から北にすぐの位置にある「奈良町資料館」。この資料館は、幻の「レインボーラムネ」を販売している施設としても知られていますが、ここの資料館を運営されている方が「手縫い」でお作りになった「身代わり申」が様々なサイズに応じ、特大(4320円)から小鈴(864円)まで販売されています。また、ならまちの町家に吊り下げられているようないくつもの身代わり申がひとまとまりになったものも販売されています。

身代わり申のある風景を味わうだけでなく、自らもお家に吊ってみたいと思われた方は、ぜひ奈良町資料館に足を運んで頂き、身代わり申をご購入いただければと思います。

まとめ

以上、この記事では「ならまち」エリアの「身代わり申」についてまとめてきました。身代わり申が見られるエリアは、奈良市内でもならまちエリアの中心部に限られ、きたまちエリアなどではまず見かけることがない風景となっていますが、庚申堂のある奈良町資料館・奈良町にぎわいの家一帯だけは、現在も「庚申さんのまち」として「申のいる風景」を楽しんで頂くことが出来ます。

身代わり申のぬいぐるみは、余りにも歴史的な町並みに似合った雰囲気を醸し出しているため、赤色の目立ちやすい存在の割には観光客の方が気づかずに素通りしてしまうこともありますが、庚申さんの信仰についてあらかじめ知っておけば、あの風景に秘められた意味を理解しながら散策を楽しんで頂くことができます。

庚申さんについて知る。というと、なんだか難しそうな雰囲気が漂いますが、これまでも述べてきたようにならまちの庚申信仰は、あくまでも生活の中で生み出された「民間信仰」ですので、「お猿さん」「こんにゃく」「虫」にまつわる話といったどこか微笑ましいエピソードがほとんどであり、子供でも理解可能なテーマとなっています。

ぜひ、ならまちを歩きながら、みなさんも江戸時代などにならまちの人々が繰り広げた民間信仰のありよう、「生活の知恵」のようなものを体感してみてくださいね。