大安寺塔跡の基壇と石碑

【大安寺塔跡】高さ70メートル程の七重塔が二基存在したとも言われるのどかな空間

ごあんない

巨大寺院「大安寺」のかつての七重塔跡

大安寺塔跡は、癌封じ「笹酒まつり」などで有名な「大安寺」がかつて巨大寺院であった時代に存在したとされる東西2つの巨大な七重塔の遺跡です。

大正時代から史跡として指定されてきた塔跡は、現在は遺跡らしさを体感できる広場として整備されており、礎石は全て失われていたものの、残された土檀の形をもとに塔の基壇(塔の基礎となっている四角い石造りの部分)も復元されています。なお、西塔跡には心礎と呼ばれる最も重要な礎石が残されていますが、西塔跡は東塔跡のように広場として整備されているわけではありませんので、立ち入ることが出来ません。

塔は奈良時代から江戸時代まで存在したとされています

かつての大安寺は「南都七大寺」の一つとして繁栄を極めたと言われているように、東西二つの巨大な塔をはじめ、巨大な金堂やそれらを囲む僧坊などが並ぶ壮大な境内(伽藍)を持っていたとされていますが、その苦難の歴史は奈良時代から早くも始まっており、天平神護2年(766年)には東塔に雷が落ち初の焼失を経験します。また平安時代の天暦3年(949年)になると今度は西塔が落雷を受け焼失してしまいます。その後東塔は平安時代後期の寛治4年(1090年)に金堂などの復興と合わせ、七重塔として再建されることになりますが、江戸時代に入る直前の慶長元年(1596年)に起きた大地震で東塔は倒壊し、そこからは再建されることはありませんでした。

なお、整備された現在は2016年に開催された「東アジア文化都市奈良」という行事の一環で、芸術家「川俣正」氏によるアートプロジェクトの舞台となり、かつての塔をイメージした構造物が期間限定で展示されるなどなど広く「活用」されはじめている東塔跡ですが、通常時は地域の人々の憩いの場として、市街地に隣接した田園地帯に囲まれたのどかな風景を味わうことが出来るスポットとなっています。

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大安寺塔跡の風景

大安寺塔跡の基壇と石碑

塔跡は基壇部分のみが復元されており、冬場を除き草が生い茂る基壇上には塔跡を示す石碑が設置されています。

大安寺塔跡の広場

塔跡の周辺は広場となっており、近隣の方々がジョギングをしたり犬の散歩をされる姿も見られます。

大安寺塔跡の説明板

基壇の上には、発掘調査の成果を伝える案内板も応急的なものながらも設置されています。

大安寺西塔跡を望む

アクセス

各駅からのアクセス

奈良交通バス

・JR、近鉄奈良駅から「白土町」・「シャープ前」・「イオンモール大和郡山」・「杏南町」・「杏中町」行き乗車、「南京終町」下車、北西に徒歩9分

※最寄りバス停は「南京終町」ですが、途中は生活道路となっており、道に迷うのが心配な方は、「大安寺」の最寄りである「大安寺」バス停からお寺の方角に向けて歩いて頂いても構いません。

近隣スポット

元石清水八幡神社(大安寺八幡神社)から南東にすぐ、大安寺から南東に徒歩3分、推古天皇社から南に徒歩3分、大安寺北面中房跡から南に徒歩5分、大安寺杉山古墳・杉山瓦窯跡群から南に徒歩8分

大安寺塔跡周辺地図