【那富山墓】奇妙な石像の置かれた空間は「聖武天皇皇子」の墓所とされる

概要

那富山墓は、奈良市街地の北部に位置する佐保山(平城山)、また「黒髪山」と呼ばれるエリアの山林の一角に位置する陵墓です。その名は「那富山」と書いて「なほやま」と読むなど難読名となっていますが、近くのバス停や地名には「奈保町」と言う形で「読みやすく」歴史が反映されています。

アクセスルートとしては、奈良交通バス「法蓮佐保山三丁目」バス停近くの小道を登り、かつて「奈良ドリームランド」と呼ばれる遊園地があった跡地を望みながらうっそうとした森に入っていくと、更に小さい小道があります。その小道をしばらく進むと柵で塞がれ行き止まりになり、その柵の向こう側には、その他の古墳と同様の鳥居や宮内庁による看板を望むことが可能であり、それが「那富山墓」と呼ばれるものです。アクセス自体は、観光案内等もほぼありませんのでかなり難易度が高い分類に入ります。地図の助けを借りなくては、バス停近くの小道にとりつくことすらままならない状況になることも想定されますので、なるべくスマホの地図等をご参考にアクセスされることをおすすめします。

大黒ヶ芝古墳とも呼ばれる那富山墓は、10メートル程度の長さを持つ小さな円墳であり、その墓は満1歳になる前に病気で亡くなってしまったとされる聖武天皇の皇子、基王(もといおう)の墓であるとされており、宮内庁の看板にもそのように記されています。基王は、聖武天皇と光明皇后の間に生まれた唯一の皇子であり、生後すぐに皇太子として即位する異例の待遇を受けますが、1歳を前に病気となりまもなく亡くなり、その死は長屋王の呪いとも言われるなど、その後の政局にも影響を与えたとも言われています。

また墓の周辺には、「隼人石」や「犬石」・「七匹狐」などと呼ばれる4つの不思議な石像が現存しており、その姿は獣の顔と人の体を持つ形になっており、ネズミ、牛、犬、ウサギなどのように見える石像は十二支を表現したものであると言われています。(※立ち入りできませんので、近くから石像を目にすることは出来ません。)

決して観光スポットと言える場所ではなく、夏には虫も多く、一部の歴史愛好家向けのスポットとも言える那富山墓ですが、その森の雰囲気もあいまって「黒髪山」周辺の神秘的雰囲気を体感するにはぴったりのスポットとも言える環境となっています。しかし立ち入りは一切認められていませんので、決して柵を超えたり小道を外れ、森を分け入るようなことはしないようにしてください。

那富山墓の風景

アクセス

JR奈良駅西口、近鉄奈良駅から奈良交通バス「加茂駅」・「南加茂台五丁目」・「高の原駅」行き乗車、「法蓮佐保山三丁目」下車、北西に徒歩3分

周辺地図