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【柳生街道】巨石のある摂社で知られる「夜支布山口神社」ってどんなところ?境内を写真でご紹介!

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夜支布山口神社の鳥居

ごあんない

「大柳生」の里を包み込むような立派な神社

夜支布山口神社(やぎゅうやまぐちじんじゃ)は、奈良市街地から東の山間部へと伸びる「柳生街道沿い」の山里「大柳生」地区に位置する比較的大きな神社です。神社はその創建年代は不詳ですが、大柳生地区の氏神様として平安時代の延喜式に既に記されていたという由緒と歴史を有する神社であり、「山口神社」という呼び名は、その他の奈良県内の山間部にも数多くみられる名前で、その名の由来としては、朝廷が宮殿などの建物を建立する際に供出する木材を切り出すにあたり、「山の入り口(山の口)」にお祀りする神様として設けられた神社となっています。

なお、神社の御祭神は「素盞嗚命(スサノオノミコト)」となっています。

境内社「立磐神社」はおなじみ「春日移し」の重要文化財

さて、そんな歴史ある夜支布山口神社ですが、本殿の近くには立派な摂社として夜支布山口神社の設置以前からあったとも言われる摂社「立磐神社」があり、この「立磐神社」は奈良市内周辺にその他にも多数存在するかつての春日大社本殿の建物を移築した「春日移し」の建築となっています。

この「春日移し」の場合は、春日大社本殿のうち「第四殿」の建物を、江戸時代の中期である延享四年(1747年)に移築したものとなっており、300年近く経った現在も比較的当時の部材が残されているなど、その美しい姿を参拝者に見せてくれています。

また、この摂社立磐神社は、そのご神体が地上に突き出した立派な「巨石」となっているユニークな神社でもあり、巨石は少し見えにくい位置にありますが、独特の丸みを帯びた不思議な姿を目にすることが出来ます。

近年まで行われていた名物行事「太鼓踊り」

神社は大柳生地区の氏神として、現在でも「回り明神 」として、大柳生地区の長老の家に夜支布山口神社の神様の分霊をお迎えする独特の儀式が行われているなど深い信仰を集めていますが、2012年までは毎年10月18日の例祭においても、「太鼓踊り」と呼ばれる若者たちが太鼓を持って踊る行事が行われていました。

太鼓踊りは県内でも有名な伝統的な民俗文化の一つとして知られていましたが、現在は見ることが出来ません。しかし民俗文化研究家の方により以下、動画が残されていますので是非ご覧ください。

夜支布山口神社のみどころ・風景

鳥居

夜支布山口神社の鳥居

夜支布山口神社の入り口は、参道と石段が交差するような独特の造りとなっており、石段を登る正面の鳥居以外にも神社の南側に鳥居が別途設けられています。

拝殿・本殿

夜支布山口神社の拝殿

石段を登ると本殿などのある境内の中心部がすぐに現れ、正面には堂々たる拝殿を見ることが出来ます。

夜支布山口神社の扁額

夜支布山口神社の本殿

拝殿の裏手には本殿があります。間違えやすいことですが、こちらが「春日移し」の本殿である訳ではありません。

摂社立磐神社

夜支布山口神社摂社立磐神社の鳥居

本殿の少し北側にあるのが摂社である立磐神社。夜支布山口神社の境内の造りとは全く違う形で参道や鳥居が設けられている様子は、この立磐神社の方がこの地に古くからあったと言われている事実を裏付けるような風景となっています。

夜支布山口神社摂社立磐神社の本殿(旧春日大社本殿第四殿)

「春日移し」の本殿である立磐神社の本殿は、時折改修されながら往時の姿を現在にとどめています。なお、ご神体である巨石はこの裏手の地面から突き出すような格好になっています。

その他境内社など

夜支布山口神社の鎮守の森

境内は北側の社叢の中にも複数の境内社があり、小さなお社が点々と建つうっそうとした森の中は神秘的な雰囲気に包まれています。

祓戸神社

戸隠神社

靖国神社

八幡神社

春日神社

白山神社・宗像神社

御年神社・津島神社

外側から見る社叢(鎮守の森)

夜支布山口神社の社叢

大柳生の里から見る夜支布山口神社の社叢(鎮守の森)は、見るからに神々の鎮座する空間らしい雰囲気を漂わせるものとなっており、境内の外からも神聖な雰囲気を感じ取ることが出来ます。

案内板

夜支布山口神社の案内板

アクセス

各駅からのアクセス

奈良交通バス

・JR奈良駅西口、近鉄奈良駅から「柳生」・「邑地中村」・「石打」行き乗車、「大柳生」下車、南に徒歩12分

近隣スポット

水木古墳から西に徒歩4分・南明寺から南西に徒歩約30分・円成寺から北東に徒歩約30分

夜支布山口神社周辺地図

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