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【ならまち】様々な石仏を味わえる「十輪院」ってどんなところ?境内を写真でくまなくご紹介!

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十輪院(奈良市)

ごあんない

場所・概要

十輪院(じゅうりんいん)は、ならまちエリアの中心部と言ってもよい、元興寺(極楽坊)・御霊神社などから近い町並みの中にあるお寺です。両隣には「法徳寺」・「興善寺」などのならまちの小寺院などもある一角はならまちの生活に根差した歴史を体感するにはぴったりの雰囲気が広がっており、元興寺、徳融寺と並ぶならまちを代表するお寺として多くの観光客が訪れています。

なお、山号は「雨宝山」となっており、 現在の宗派としては真言宗醍醐派に所属しています。

境内地はそれほど広くはありませんが、本堂や御影堂、護摩堂などがコンパクトに立ち並ぶ中で、夏に「蓮」が美しく咲き誇る庭園も持っていることが特徴であり、庭園の周辺には石仏や「曼荼羅石」などのみどころが多数見られます。

歴史

お寺の歴史は不詳な点が多く、創建時期などは定かではありませんが、伝承によると元正天皇の勅願寺として奈良時代に創建され、当時は巨大寺院であった「元興寺」の子院として機能していたとも伝えられています。なお、創建者は右大臣であり遣唐使として派遣された人物である「吉備真備」の長男とも言われる「朝野宿禰魚養(あさのすくねなかい)」とも伝わっています。

現在のように「十輪院」という名称が使用され始めたのは鎌倉時代頃からのようで、仏教説話集である『沙石集』においては、十輪院の地蔵菩薩が霊験あらたかな存在として描かれているほか、現存する本堂なども含め多くのみどころがこの時期に建立されたと考えられており、お地蔵さまを信仰するお寺として鎌倉時代に発展したことが伺えます。

その後は戦国時代には豊臣秀長に寺領を没収されるなどの憂き目に遭いつつ、江戸時代には徳川家より再び一定の寺領を保障されるなど安定した基盤を築き上げ、奈良町エリアの生活に根差した庶民信仰の拠点的な存在として歴史を積み重ねました。明治以降は一時荒廃し、宝蔵は東京国立博物館の所有になるなどしましたが、昭和以降は大修理などを行い再び観光寺院としても発展して現在に至っています。

仏像・石仏

石仏龕・本尊地蔵菩薩立像

十輪院最大のみどころと言っても過言ではない存在としては、本堂内部にある1つの花崗岩を掘りぬいて鎌倉時代に製作されたとされる巨大な「石仏龕」が挙げられます。「龕」という聞きなれない単語は、基本的には仏像を納める「厨子」と同じ意味であり、厨子のように広がる3メートル近い巨大な石本尊である地蔵菩薩、また釈迦如来・弥勒菩薩がそれぞれ彫られた形となっています。またその他にも仁王・聖観音・不動明王・十王・四天王・観音及び勢至菩薩を表す種子(文字)・星座の刻印などが地蔵菩薩の周りに繊細に彫り込まれており、当初は彩色が施されていたともい言われる石仏龕は、地蔵菩薩のおられる世界の極致を描きあげたかのような畏れ多い空間を生み出しています。

なお、この石仏龕の手前には、死者の棺などを安置するために設けられ、「金光明最勝王経」・「妙法連華経」の陀羅尼(呪文)が記された「引導石」と呼ばれる石が設置されており、かつては実際にこの石仏龕の前で亡くなった方を極楽浄土へお送りする祈りが捧げられていたことが想像されます。

不動明王・二童子立像

本堂ではなく、境内に入ってすぐ左手にある「護摩堂」には、毎月8日及び特別公開期間を除く通常時は公開されていませんが、天台宗の僧侶である円珍(智証太師)により平安時代に造立されたと言われる不動明王像と二童子立像が安置されています。

この2つの像はいずれも温和なイメージを感じさせることが特徴であり、不動明王像は、怒りの表情を見せる一方で巻き髪を持つふくよかな体つきをしており、どこか親しみやすさも感じるものとなっています。また矜羯羅(こんがら)童子と制多迦(せいたか)童子の二童子立像はなかなか見ることが出来ないようなユニークな表情をしており、公開されている際には「必見」と言ってもよい存在となっています。なお、「護摩堂」の名の通り火を焚く護摩行が行われるために、仏像はススが付着した姿となっていますが、これもまた趣ある雰囲気を生み出しています。

その他の仏像・石仏など

このほかには、アフロヘア―が特色であり、東大寺などにも同様の像が見られる江戸時代作の「五劫思惟阿弥陀仏坐像」、また鎌倉時代作の「地蔵菩薩立像」、室町時代作の「観音菩薩立像」・「多宝塔」、十輪院所蔵のものとしては唯一奈良時代にさかのぼる文化財である「誕生釈迦仏立像」などがお寺の所蔵となっています。

また、「風景・みどころ」の欄で詳しくご紹介してきますが、お堂の外側の境内地、庭園周辺には多数の石仏が設置されており、とりわけ石造の「不動明王立像」・「合掌観音立像」は重厚な佇まいを見せており、必見の石仏となっています。

拝観案内

十輪院は、庭園や石仏、またお堂を外側から眺める「境内拝観」については無料となっており、ならまち散策の折に自由に拝観して頂けます。なお、「護摩堂」内部は特別公開期間を除き、毎月8日以外は拝観頂けません。

本堂拝観時間

9時16時半

本堂拝観料

高校生以上400円・中学生300円・小学生200円(団体は50名以上で1割引き・10名以上の団体は事前連絡要)

休業日

月曜日(祝日の場合は翌日火曜日)、1月27日~28日・ 8月16日~31日・12月28日~1月5日

十輪院のみどころ・風景

山門

南都十輪院の山門

十輪院は、ならまちの町並みの中に突如現れる小さなお寺であり、この小さな山門がその目印となっています。小ぶりで簡素な印象の山門は十輪院が大いに発展した鎌倉時代前期の建築であり、重要文化財に指定されています。

本堂

十輪院(奈良市)の本堂

山門越しにすでに見える位置にある本堂は、内部にある「石仏龕」を見るための「礼堂」として鎌倉時代前期に建立されたものであり、江戸時代などには「灌頂堂」とも呼ばれていたとされています。

なお、間口が大変広く、軒や床面がかなり低い位置にあるという特徴は仏堂建築としては異例のものであり、どちらかと言えば中世の住宅建築に近いものとなっており、奈良市内では他に見ることができない風景を生み出しています。

御影堂

十輪院の「御影堂」

江戸時代初期の建築である「御影堂」は本堂の北東側に建っています。「位牌堂」とも呼ばれるお堂は、地下には納骨堂も併設されています。

弘法大師坐像(十輪院・御影堂)

御影堂の内部には、慶長17年(1612年)に造立されたとされている美しい「弘法大師坐像」がお祀りされています。

護摩堂

十輪院「護摩堂」

毎月8日及び特別公開の際のみ拝観可能な、「不動明王像」と「二童子立像」がお祀りされている「護摩堂」は、山門(南門)の脇にこじんまりと建っています。なお、扁額には「不動堂」とも記されています。なお、護摩祈祷を実施する際の護摩木の奉納を500円で行うことも出来ます。

魚養塚

魚養塚(十輪院)

御影堂の裏手、お寺の北東端には、少しわかりにくい場所となっていますが、「魚養塚」と呼ばれる小さな古墳の石室のような石造物があります。こちらはこの十輪院を創建したともされる「朝野宿禰魚養(あさののすくねのなかい)」のお墓であるとも言われており、石室の内部にも石仏が彫られています。

魚養塚(十輪院)

庭園

境内の南東側には、蓮などが美しい「庭園」エリアが広がります。庭園には季節ごとに様々なお花が咲き誇り、「ならまち」エリアでは貴重な「花の名所」の一つにもなっています。

十輪院の庭園

蓮池のある十輪院境内の庭園

石造不動明王立像

十輪院「不動明王像」

庭園の北側に伸びる小道沿いには多数の石仏があり、とりわけ巨大なものとしては、鎌倉時代に造立された石造不動明王立像があり、大変堂々とした姿を間近で見て頂くことが出来ます。

合掌観音(石造菩薩立像)

十輪院「合掌観音像」

不動明王立像の東側すぐの位置には、温和な表情が特徴の「合掌観音」さまがいらっしゃいます。合掌観音像は不動明王立像と異なり雨ざらしになっていますが、それ故一層大きな石仏であるように感じられるものとなっています。

興福寺曼荼羅石

興福寺曼荼羅石

お寺の南東端には、興福寺の伽藍・仏像を曼荼羅風に石に刻み込んだユニークな「興福寺曼荼羅石」があります。なお、現在は写真のように小堂に納められているため、常に見ることは出来ません。

その他境内地

十三重石塔

愛染曼荼羅石

その他

アクセス

各駅からのアクセス

奈良交通バス

JR、近鉄奈良駅から「天理駅」・「下山」・「窪之庄」行き乗車、「福智院町」下車、南西に徒歩3分

近鉄奈良駅から南東に徒歩18分

JR奈良駅から南東に徒歩25分

近隣スポット

興善寺は東隣、法徳寺は西隣、御霊神社から東に徒歩3分、元興寺塔跡から東に徒歩4分、今西家書院から南西に徒歩4分、元興寺(極楽坊)から南東に徒歩4分

十輪院周辺地図

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