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【ならまち】独特の石造物が面白い?「徳融寺」のみどころ・仏像・歴史等を徹底解説!【石造物】

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徳融寺ってどんなお寺?

場所・基本情報

徳融寺(とくゆうじ)は、奈良有数の観光ゾーンである「ならまち」エリアのやや南東よりの町並みの中に位置し、ならまちエリアでは「元興寺(極楽坊)」に次ぐ規模を持つ比較的大きなお寺です。周辺には奈良市音声館や元興寺小塔院、誕生寺などもあり、元興寺一帯ほどではありませんが観光客も大勢行き交うエリアとなっています。

宗派としてはかつては元興寺の一部として真言宗に所属していましたが、現在は融通念仏宗のお寺となっており、江戸時代に定められた「大和北部八十八ヶ所霊場(現在では全ての寺院が残っているわけではありません。)」では第四番札所に指定されています。

歴史・由緒

徳融寺の歴史は、かつてならまちエリアの別の場所に建っていた「元興寺の子院」にその創建の由来をたどることになります。現在の場所での歴史は、江戸時代になる直前の天正18年(1590年)にこの地に移転してきてからのものであり、現在ある本堂などはその後江戸時代の寛文7年(1667年)に整備されたものであり、基本的には近世の香りが漂うお寺となっています。

また、近くにある「誕生寺」「高林寺」などと同様、「当麻曼荼羅」を生み出した人物としてとりわけ現在の「葛城市」ではゆるキャラにもなっている「中将姫」ゆかりのお寺になっており、このお寺は中将姫の父親である藤原豊成の邸宅跡に建っているとされているほか、中将姫が生まれ育った地という伝説にちなんだスポットが境内にあり、豊成と中将姫の2人をお祀りした石塔(墓所)なども設けられています。

おもな仏像・石仏など

本尊阿弥陀如来立像

本堂に安置されている阿弥陀如来立像は、鎌倉時代の作とされており、元々は源頼朝の妻である北条政子が「念持仏」として自ら所有していた仏像を、北条氏との関わりも深かった西大寺ゆかりの「忍性」菩薩が受け取り、最終的にはこのお寺に安置されることになったとされています。

子安観音立像

観音堂にある平安時代の作と伝わる「子安観音立像」は、生まれてすぐの赤ん坊を「抱きかかえる」のではなく手指で慎重に持ち上げるようなお姿を表現した大変珍しい仏像であり、日本仏教というよりは西洋における宗教的モチーフのような雰囲気すら感じさせる独特の佇まいをしておられます。

薬師如来坐像

こちらも観音堂に安置されており、やはり平安時代の作と伝わる「薬師如来坐像」は、厨子の中に納まる小さなサイズとなっていますが、どっしりとお座りになった姿は思いのほか重厚感を感じさせるものとなっています。

吉村長慶氏の墓所及び関連石造物

後ほど「みどころ」の欄でもご紹介して参りますが、明治から昭和にかけての奈良町において様々な商売や政治活動、社会運動に精を出した「豪傑オヤジ」とも言える存在として一部の歴史愛好家にはよく知られた存在である「吉村長慶」氏はその墓所をこのお寺の敷地に有しているほか、奇妙な石像物を奈良周辺に数多く建立した長慶氏の「遺物」としてそのユニークな石造物の一部がこのお寺の敷地にも設置されており、「近代の奈良」らしい雰囲気を感じて頂くことも可能なお寺になっています。

徳融寺のみどころ・風景

山門周辺

徳融寺の山門

「餅飯殿商店街」・「下御門商店街」周辺からそのままならまちエリアの町並みを南に進んでいくと、坂道を下って「奈良市音声館」を通り過ぎた付近で右手に比較的立派な徳融寺の山門が見えて参ります。

徳融寺の2つ目の門

山門をくぐり抜けると、比較的立派な参道が設けられており、見方によっては「元興寺(極楽坊)」よりもしっかりとしたお寺の「伽藍」が残されたような貴重な空間になっています。

徳融寺の案内板

門のそばにある徳融寺の案内板。中世から近世にかけての歴史を積み重ねて来たお寺は、まさにその時期に発展していった「奈良町」の歴史とも切り離せない存在であったことが想像できます。

本堂周辺

鐘楼(徳融寺)

門を抜けて境内地に入っていくと、まずはしっかりとした鐘楼が目に入ってきます。

徳融寺本堂周辺の風景

本堂周辺の広場は、観光客がふらりと立ち寄るにはもってこいの気持ちの良い空間となっています。なお、左手にある建物が、子安観音立像・薬師如来坐像を安置している「観音堂」の建物となっています。

徳融寺の本堂

観音堂よりも西側には、近世建築である「本堂」の建物があり、こちらに本尊である阿弥陀如来立像が安置されています。

徳融寺の本堂入り口

本堂の入り口付近に立つと、その静かな風情の割には、江戸時代に発展したお寺らしいどこか「親しみやすい」雰囲気を感じることもできます。

毘沙門堂周辺

徳融寺毘沙門堂

本堂の南側、様々な墓所や石仏、石碑が立ち並ぶエリアの中心部に建っているのは「毘沙門堂」。こちらは寛永9年(1632年)の建築と本堂よりも少し古い建築となっており、こちらも江戸時代の小規模な仏堂建築らしい雰囲気を現在もしっかりと感じさせる存在になっています。

独特の風景が広がる徳融寺の「裏庭」

石仏などが多く点在する毘沙門堂一帯は、近隣の元興寺塔跡、鎮宅霊符神社、元興寺小塔院、厳島神社といったスポットと同様、ならまちの町並みの「裏庭」らしい風情があふれており、有名観光スポットでは味わえないならまちの「生活文化」にも思いを馳せることが出来そうな空間になっています。

石仏・石碑・墓所が広がる徳融寺南側のエリア

なお、毘沙門堂周辺は、これから下記でご紹介していくように、一般の石仏のみならず「中将姫」や「吉村長慶」関連の石塔・石造物でにぎわいを見せる空間となっています。

豊成公中将姫石塔

豊成公中将姫石塔

まず目立つ存在となっているのが「中将姫」ゆかりの石塔。よく見ると「豊成公中将姫御墓」と書かれており、左右に藤原豊成と中将姫の2つの石塔(墓所)が並ぶ形になっています。なお、この石塔はこちらも中将姫ゆかりの近隣の「高林寺」から延宝5年(1677年)に移設されたものとも言われています。

吉村長慶墓所・関連石造物

吉村長慶の墓と小さな神社

そして、とりわけユニークな存在が近代奈良の「豪傑オヤジ」吉村長慶氏ゆかりのスポット。まず、毘沙門堂の脇には吉村長慶氏本人の大きなお墓が設置されています。

吉村家累代の墓と徳融寺本堂

吉村家の墓と毘沙門堂(徳融寺)

また、毘沙門堂脇の本堂寄りの場所には吉村長慶氏の代々のご先祖様の巨大な墓所も設置されています。

 

如来志希女霊(吉村長慶の石造物)

吉村長慶氏は自らの理念、考え方、宗教観を反映した独特の石造物を奈良周辺の各地に設置した人物として知られており、奈良市内でも本人が設立した寺院である「長慶寺」や佐保川沿いなど、複数の場所にユニークな石造物が設置されています。本人の墓所のあるこの徳融寺にも、石造物が複数設置されています。

世界二聖・大日如来像(吉村長慶)

こちらは長慶氏らしい石造物「世界二聖・大日如来像」キリストと釈迦の間に「長慶氏」自らを描いたというやや自己顕示的な作品ですが、このような作風が「豪傑」らしい長慶氏の真骨頂。なお、記されている内容に問題があるとして戦前の官憲に目を付けられたため、秘仏扱いとなっていたというこれまたユニークな歴史を持っています。

世界二聖・大日如来像に描かれた仏さま

キリスト・釈迦・長慶氏本人が描かれた裏面には、こちらはシンプルな大日如来像が描かれています。

吉村長慶像(徳融寺)

極め付けは山門から近い位置にある、この「吉村長慶像」。他のゆかりの地にも複数見られる「長慶像」の中でもとりわけスマートな像となっており、像をよく見ると「帝国憲法」などと記されたものを握りしめる様子も描かれているなど、近代日本を生き抜く中で自分なりの「表現」を行ってきた様子がよくわかるものにもなっています。

拝観情報

拝観時間

9時~17時

拝観料

境内拝観は自由

◇観音堂などを拝観する場合は事前予約を行うことが無難です(TEL:0742-22-3881)。拝観料は「志納」(料金は定められておらず、任意の金額を納めて頂くことになります。)となっています。

徳融寺へのアクセス情報

徒歩を使ったアクセス

近鉄奈良駅から南に徒歩13分

・近鉄奈良駅東改札を出て、「行基像」のある噴水前から「東向商店街」・「餅飯殿商店街」・「下御門商店街」を抜けて頂き、更にならまちエリアの町並みの中をしばらく南に進むと、「奈良市音声館」と呼ばれるホールを過ぎてすぐ左側に徳融寺の山門が見えて参ります。

JR奈良駅から南東に徒歩20分

・JR奈良駅からは、様々な近道を考えることは出来ますが、わかりやすく迷いにくいルートは、「三条通り」をひたすら東に進んで頂き、猿沢池の手前で「餅飯殿商店街」に入り、あとは近鉄奈良駅からと同様南に進んで頂くルートがおすすめになっています。

奈良交通バスを利用したアクセス

JR・近鉄奈良駅から奈良交通バス「市内循環内回り」乗車、「北京終町(きたきょうばてちょう)」バス停下車、北に徒歩3分

※バス停前のコンビニの横から北に進む道を歩いて頂き、一つ目の交差点を過ぎて坂道を下る途中の左側に徳融寺の山門がございます。

近隣スポットについて

「中将姫伝説」ゆかりの地としては、南東側すぐに「誕生寺」が、南東に徒歩3分の位置に「高林寺」がございます。

また北にすぐの位置には「西光院」「元興寺小塔院跡」といったスポットもございます。

誕生寺―その名の通り「中将姫」生誕の地と伝わる寺

高林寺―奈良町に点在する「中将姫」ゆかりの寺院のひとつ

西光院―「弘法大師像」で知られる小寺は外側の白い土壁も美しい

元興寺小塔院跡―桜の木と共にひっそりと佇む「三つ目の元興寺」

徳融寺周辺地図

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