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【東大寺】大仏殿の近くの秘境「一乗院宮墓地・東大寺西塔跡」ってどんなところ?【散策】

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ごあんない

東大寺境内地に設けられた皇族方の墓所

一乗院宮墓地(いちじょういんのみやぼち)は、東大寺境内地の大仏殿や南大門などといった最も観光客が多いエリアの間近にある「皇族」方の墓地です。

墓地は「興福寺」の門跡寺院であり、廃仏毀釈の時代まで存続した「一乗院」の門跡(出家なさった皇族)の墓所となっており、墓所にある五輪塔はいずれも清水寺と興福寺の別当も務めた後陽成天皇の皇子である尊覚(そんかく)親王 後水尾天皇の皇子である真敬(しんけい)親王のものとなっています。ちなみに、同名の「一乗院宮墓地」は西大寺や薬師寺などから近い位置にある「喜光寺」にもあることで知られています。

墓所の隣にはかつて存在した巨大な「塔」跡も

なお、一乗院宮墓地の西側一帯かつて東大寺に存在した東西2つの巨大な塔のうち、「西塔」の跡地となっています。現在の周辺はシダに覆われたり「森」のような風情を漂わせていたりと「遺跡」として立ち入ることが出来る環境ではありませんが、現在も土檀が残されており、少し丘のように膨らんだ場所がその目印となっています。

東大寺西塔奈良時代に創建され、平安時代中期の承平4年(934年)には落雷に伴う火災で一度焼失し、その後再建が試みられますが長保元年(1000年)に「再建途中」で不幸にも再度焼失してしまい、その後は再建されることは一切なかったという歴史を持ち、もう少し後世まで残されていたとされる「東塔」と比べて短命の塔となっています。塔の高さは70メートルとも、また100メートルとも言われるなど、東塔並みに巨大な塔であったとされており、現在存在する奈良県内のあらゆる建築物よりも高い建物であったと考えられています。ちなみに今後は「東塔」で行われている「再建」を前提とした発掘調査のみならず、西塔でも本格的な発掘調査が行われる予定となっています。

一乗院宮墓地、西塔跡周辺は観光客の動線に近いにも関わらず、いずれも東大寺境内地で最も人通りが少ない非常に静かな空間となっています。すなわちこれら2つのスポットは観光客にはほとんど知られておらず、墓地の前の小道は南大門方面から戒壇堂・清涼院方面へ抜ける近道として、地元住民の散歩ルートとして活用されているような状況です。

いわゆるメジャーな「観光」目的で訪れるような場所ではありませんが、東大寺境内地にしては珍しい静かさとどこか不思議な雰囲気を感じられるエリアですので、大仏殿などの参拝の折には帰路などに少し違う雰囲気を味わうために通ってみるとよいかもしれません。

一乗院宮墓地・東大寺西塔跡の風景

一乗院宮墓地への参道

東大寺南大門近くから入江泰吉旧居など「きたまち」の東端エリアに下る道沿いに、一乗院宮墓地を示す木標と墓地へ向かう参道があります。

一乗院宮墓地の墓標

参道沿いに進むと小さな墓標がたくさん並んでいます。一乗院宮墓地は皇族の方の集団墓地となっていますが、古墳のような形にはなっていません。

埋葬者が記された石柱(一乗院宮墓地)

墓地の西側にはシダが生い茂る神秘的な空間が広がっていますが、この周辺がかつての「東大寺」西塔跡と呼ばれています。

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