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【奈良・佐保路】謀反を起こした皇子の墓「大山守命墓(那羅山墓)」ってどんなところ?歴史などを徹底解説!

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大山守命墓(那羅山墓)

ごあんない

歴史ある「佐保山」にひっそりと広がる陵墓

大山守命墓(おおやまもりのみことはか・那羅山墓)は、奈良市街地の北側に広がる「佐保山」「平城山」エリアに位置する陵墓です。

この墓はなだらかな里山の周辺に小規模な住宅街が広がるごく普通の家並みの中に位置しており、その入り口も一般の住宅に挟まれた細い小道から入る事になり、しっかりとアクセスルートを把握しておかなくては比較的見つけにくい位置になっています。

奈良時代以前における「謀反」の歴史を背負う

埋葬されているとされる「大山守命(大山守皇子)」は、応神天皇の第一皇子で、仁徳天皇や莵道稚郎子の異母兄に当たる人物とされています。一方大山守命は、皇位継承過程で兄である自分が皇太子になれなかった事を恨み、 応神天皇が崩御した後に皇位奪還を目指した謀反を起こすこととなりました。しかし弟である莵道稚郎子(皇太子)を殺害するため挙兵したものの、 その謀反を察知した大鷦鷯尊(後の仁徳天皇)と莵道稚郎子によって謀反は抑えられ、乗っていた船が転覆させられ死亡したとされ、現在の京都府京田辺市付近で発見されたその遺体がこの奈良山の地に葬られたとされています。

陵墓自体は周辺が一般の住宅地であることもあり、その風景には必ずしも特筆すべき点はありません。しかし黒髪山周辺や狭岡神社周辺など、奈良市街地北側に広がる奈良時代やそれ以前の歴史の痕跡が深く残る神秘的なエリアの「歴史散策」の折に立ち寄り古代ロマンに思いをはせるにはよいスポットとなっています。

大山守命墓(那羅山墓)の風景

大山守命墓前景

その他の古墳(天皇陵)よりは少し小ぶりな雰囲気の「大山守命墓」。写真では山林に囲まれているように感じるかもしれませんが、実際は墓への参道は一般の民家に分厚く取り囲まれたような形になっています。

大山守命墓の木標

「那羅山墓」と記された木標。大山守命の知名度自体がかなり低く、歴史愛好家らのみ知るややマニアックな存在であるため、このお墓も「観光スポット」とは決して言えないスポットとなっていますが、このような隠れた歴史スポットが多いのが「奈良のまち」の特徴とも言えます。

アクセス

各駅からのアクセス

奈良交通バス

JR、近鉄奈良駅から「西大寺駅」・「航空自衛隊」行き乗車、「教育大附属中学校」下車、北に徒歩12分

近鉄奈良駅から北西に徒歩30分

JR奈良駅から北に徒歩30分

※アクセスは、「教育大附属中学校」バス停近くから北に伸びる道を基本的にはひたすら進んでいくことになります。途中「狭岡神社」付近で道が二手に分かれる所では左側の太い道を辿りますが、それ以外はお墓の参道に至るまでただ「直進」するのみです。但し、余りにも平凡な住宅街、郊外の町並みを進んでいくことになりますので、かえって道が正しいのか心配になってしまうかもしれません。しかしあくまでも「直進」すればよいだけとなっています。

近隣スポット

ウワナベ古墳から北東に徒歩8分、狭岡神社から北に徒歩9分、不退寺から北東に徒歩11分、コナベ古墳から東に徒歩15分、長慶寺から北西に徒歩15分、興福院から北西に徒歩18分、海龍王寺から北東に徒歩18分

大山守命墓(那羅山墓)周辺地図

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