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【奈良・佐保山】元明天皇陵と東西に並ぶ「元正天皇陵」ってどんなところ?【黒髪山】

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元正天皇陵(奈良市)

ごあんない

「黒髪山」界隈にあるもう一つの古墳

元正天皇陵(げんしょうてんのうりょう・奈保山西陵)は、奈良市北部のなだらかな丘陵と森林が広がる「黒髪山」エリア周辺に位置する御陵であり、バス等が行き交う道路(旧大仏鉄道線跡)を挟んで東側には「元明天皇陵(げんめいてんのうりょう)」と隣接するような場所に位置しています。

陵墓は、母親であり簡素な埋葬を望んだ「元明天皇」の御陵と同じく簡素な雰囲気のもので、その100メートルほどの大きさを持つ小さな丘は現在こそ交通量の多い道路で分断されてしまっているものの、かつては隣接する元明天皇陵と一続きの存在であったとも推定されます。また、周囲には特に西側一帯には木津川水系の小川に沿った田園風景が広がり、隣接する元明天皇陵が資材置き場周辺に立地することと比較すると、すっきりとした風情を漂わせています。

一帯は黒髪山エリア(黒髪山稲荷神社・那富山墓)や大仏鉄道の遺構(鹿川隧道)、また東側に少し離れた位置には奈良阪町(奈良豆比古神社)、般若寺等のきたまちエリア北部にもアクセス可能な位置にあり、時折観光客の姿も見られるなど、市内北部の歴史散策の折に「元明天皇陵」とあわせ訪れやすいスポットとなっています。

退位後も聖武天皇の後見人として活躍した「女帝」

元正天皇は、隣に眠る「元明天皇」と父を天武天皇、母を持統天皇とする「草壁皇子」の子女であり、即位前は氷高皇女(ひたかのひめみこ)とも呼ばれていた人物であり、歴代天皇の歴史の中で唯一、平城遷都の時期に即位していた母である元明天皇からの直接の譲位を受けて、奈良時代に入って二代目の天皇として即位した「女帝」として知られています。

即位中には養老律令の制定日本書紀を完成させたり、水田の私有を認める「三世一身法」を制定し、律令制の秩序を変化させたことなどで知られ、奈良時代のキーマンとも言える「藤原不比等」を重用し続けたことでも知られています。なお、皇后等を経験せず、独身者として女帝になった存在としては初めての天皇であり、その譲位後は、聖武天皇の後見人として引き続き政務に関わり続け、聖武天皇が崩御される直前まで上皇として活躍し、天平20年(748年)に崩御されたとされています。

なお、元正天皇の死後の葬儀などは1年以上に渡り実施された比較的大規模なものであったとされ、葬儀を簡素化することを厳命した母親の元明天皇とは全く異なるものとなっています。しかしながら、陵墓自体は母親の元明天皇と同じく簡素な雰囲気を漂わせているため、「治定」されているこの古墳が本当に元正天皇陵なのかどうかは定かではありません。

 

アクセス

各駅からのアクセス

奈良交通バス

JR、近鉄奈良駅から「加茂駅」・「高の原駅」行き乗車、「奈保山御陵」下車、西に徒歩3分

※バス停を下車し、南に行って頂いてすぐの位置から西向きに伸びる小道(田園の中をやや下り気味に進む)を少しだけ進んで頂くと、北向きの御陵が見えて参ります。

近隣スポット

元明天皇陵から西に徒歩5分、黒髪山稲荷神社から北に徒歩12分、那富山墓から北に徒歩12分、鹿川隧道(大仏鉄道遺構)から南西に徒歩12分、奈良豆比古神社から西に徒歩20分、鴻池(陸上競技場)周辺から北に徒歩15分

元正天皇陵周辺地図

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